精神世界の鉄人

UFOやチャネリング、霊、輪廻、超古代文明などの不思議な話題から、ビジネス、経済、政治、歴史、文化などの社会問題、そして、恋愛や結婚、ダイエット、旅などの現実的な話題まで、幅広く、日々感じたことを、書き綴ってみますね。

天皇シークレットツアー 4 白石城

いよいよ、本格的に、「北緯38度線」を調査した話題です。

 

私たち一行は、山元町の中にある、このライン沿いを、車で走りました。

すると、このラインに近づくにつれて、明らかに凄い体感がありました。

手足が、ビリビリしたり、体温が上がって、温泉に入ったみたいに、ポカポカしてきました。

今後は、このラインを、「38度ライン」と呼びますね。

 

ちなみに、「山元町」の旗には、このシンボルが描かれています。

明らかに、この町を、特別なラインが横切っているということを示していますね。

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私たちは、「38度ライン」の最東端に向かいました。

ここは、日本だけでなく、おそらく、地球全体にとっても、陸上では、もっとも東側になる地点だと思います。

地図では、ここになります。

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面白いのは、ちゃんと、海から上陸してくるような道があったことです。

太古の昔、ここから、38の神様、つまり、「八百万の神々」が上陸したのかもしれません。

海岸の堤防で記念撮影です。

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なんと、目の前には、「ミステリーサークル」のような奇妙な跡がありました。

なんですかね?

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このサークルの延長線上に、古墳のようなものがありました。

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「38度ライン」の東端である始まりには、この古墳が、3つありました。

特に、2つの古墳の間が、ドンピシャの「30.00度」になっていて、まるで、参道の脇に、狛犬が2体置いてあるようなかんじになっています。

「狛犬」ではなく、「狛古墳」ですね。

 

この2つの古墳の間の距離は、400メートルくらいでした。

地図では、「線」ですが、実際の幅は、400メートルくらいなのかもしれません。

 

「38度ライン」に一番近い古墳です。

円墳ですね。

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小雨の降る中、頂上にのぼりました。

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この古墳から、もう一つの古墳を見ました。

遠くに、古墳がありますね。

この間には、ソラーパネルが、たくさん置かれていました。

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そして、この古墳から、歩いていける距離には、小さな神社がありました。

ちょうど、「38度ライン」が、通過するようになっています。

両脇には、旗を揚げるポールがありますね。

こういうものがある所は、天皇家が、お忍びでお祈りをしに来た時に、国家掲揚するためのものだそうです。

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「神明社」と書かれていました。

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祠の前で、記念撮影です。

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なんと、隣のお寺は、「海蔵寺という名前ですが、どうやら、山号は、「補陀落山」となっているようです。

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大感動しました~!

やはり、最需要な場所には、「補陀落渡海」の痕跡が残っていました。

「補陀山」と書かれていますね。

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入口付近には、立派な蔵もありました。

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意味深なシンボルですね。

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目の赤い狛犬です。

「コウノトリ」の意味だと思います。

「イザナギ」と「イザナミ」を暗示しています。

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山元町は、2011年の東日本大震災で、凄い被害を受けた町でもあります。

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本堂の前にあったものは、私には、マイブームの「フラットアース」に見えました。

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似ていますね。

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本堂前で、パチリ。

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宮城県での調査を終えた後、JR山下駅で、一旦解散しました。

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それから、JR仙台駅にあるカフェで、打ち上げをしました。

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この後、JR仙台駅周辺を、ブラブラ散歩してから、ホテルに戻りました。

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この駅の周辺を歩いたのは、本当に久しぶりでした。

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それから、翌日は、宮城県白石市に向かいました。

もちろん、「38度ライン」に沿っての調査です。

 

ここにも、面白い土地がありました。

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「苅田嶺神社」という神社にも立ち寄りました。

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山門です。

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拝殿です。

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やはり、このシンボルがありました。

これは、おそらく、「38度ライン」を通る、3つのエネルギーラインを表現しているのだと思います。

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「白鳥大明神」と書かれていますね。

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「白」という文字は、「白寿」という表現があるように、数字の「99」の意味です。

つまり、旅行記の前半で紹介したように、「天照派」の中の「99のグループ」の意味です。

「九十九王子神社」や「九十九里浜」を通ってきた一族ですね。

おそらく、昔、この土地にも住んでいたのだと思います。

「白石」

この名前は、

「99の意志」

この意味かもしれません。

つまり、「愛と平和のグループ」である、「天照派」の人々が、この土地で、「愛と平和」という自分たちの理想郷をつくろうとしたのかもしれません。


立派な鏡がありました。

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本殿の裏には、石碑もありました。

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「日本武尊」とも関係していますね。

「ヤマト」ですね。(笑)

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白石市の「38度ライン」には、そのままズバリ、「宮(三八)」という名前の土地もありました。

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その町の寺にも、立ち寄りました。

「三谷寺」という名前でした。

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「イザナギ」と「イザナミ」ですね。

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これは、その親子を表現しているのかもしれません。

99組の一族の意味かもしれません。

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「菊家紋」もありました。

「ミカン」のグループであり、「天照派」ですね。

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本堂です。

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本堂の横には、「天満宮」がありました。

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これは、「天神アン」の意味だと思います。

シュメール神話では、「アヌ王」であり、「エンキ」や「ニンフルサグ」の父親です。

「八咫烏」でもあります。



それから、今回の目的地の一つである、「白石城」に着きました。

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井戸がありました。

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ワシントンDCにある、「オベリスク」みたいですね。

「アヌ王」のシンボルでもあります。

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ここは、城の中に入れて、しかも、天守閣までのぼれます。

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最高に面白いのは、この天守閣を、「38.00度」のラインが、ドンピシャで通過しているのです。

「凸」のようなマークが、「白石城」です。

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こんな凄いラインが、天守閣を通っていることが、偶然だと思いますか?

違うと思います。

完璧に計算したうえで、設計され、築城されたのだと思います。

だとしたら、この城を建築したのは、やはり、人間ではなかったということになります。

 

ネットで調べてみると、白石城が、いつ頃、誰の手によって造られたのか、はっきりしたことはわかっていないそうです。

ただし、確実に言えることは、日本には、まだ、「北緯38度」という概念がない頃に、造られていたということです。

 

もしかしたら、日本における、本当の「皇居」は、ここなのかもしれません。

誰でも入城できる、「皇居」です。

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見てください!

この瓦を!

感動しますね~!

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天守閣です。

素晴らしいエネルギーが流れていました。

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景色も最高です。

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城の中には、意味深な旗が、たくさんありました。

古代ユダヤだと思います。

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「釣鐘」みたいな形ですね。

これは、おそらく、古代インドのUFOだと思います。

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この武将の後ろにも、ありますね。

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ちなみに、「白石市」の「シンボル(旗)」でもあるようです。

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多くの寺には、このような釣鐘がありますね。

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宇宙考古学的な解釈をすれば、この釣鐘は、太古の時代、インドで、核戦争をやった宇宙人グループが乗っていた、UFOの形と似ていることから、それを模した形の可能性も考えられます。

「アヌンナキ」のグループみたいです。

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この時の核戦争で、地球上に核爆弾を、108発投下したという説もあります。

大晦日に鳴らす鐘の音は、これからきているという話もあります。

「同じ過ちは、もう二度と繰り返さないぞ!」

こういう誓いを、毎年の最後に行う儀式が、「除夜の鐘」だということです。

 

わりと最近では、ナチスが、これと同じ形のUFOを製造していたみたいです。

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「インド」という土地は、太古の昔、「イナンナ」が治めていた国でもあったようです。

「インド」や「伊勢」など、頭文字が、「I」から始まる土地は、「イナンナ( INANNA)」の土地だったそうです。

 

「福島アースツアー」でも書きましたが、もう一度書きますね。

福島県の旅では、郡山市にある、「高屋敷稲荷神社」にも立ち寄りました。

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境内には、「白狐社」という摂社がありました。

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拝殿です。

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この文字を見ていたら、「白虎隊」と繋がりました。

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ここで、「お稲荷さん」のことも、簡単に、おさらいしておきましょう。

 

シュメール文明の石像です。
「イナンナ」だと言われています。

「レプティリアン(爬虫類人)」ですね。

子供を抱いています。

「聖母マリア」の正体も、この宇宙人だったようです。

ちなみに、陰謀論などで言われているような悪い存在ではありません。

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「イナンナ」の顔、「キツネ」に、そっくりではないですか?

昔の日本人で、「イナンナ」を見た人は、他にピッタリ当てはまる動物がいなくて、一番姿が似ている、「キツネ」だと認識して、それが全国に広まったんじゃないかな?

「稲荷(いなり)=イナンナ」

音も、そっくりですね。


昔から、日本の各地で、

「狐の嫁入りを見た!」

という目撃談がありますが、それは、「イナンナ」が、部下を引き連れて歩いていたのを、たまたま、目撃したんじゃないでしょうか?

 

これは、あるお祭りで、女性がキツネのお面を被って、花嫁衣裳を着ている姿です。
「イナンナ」が、上記のような素の顔で、頭からヘルメットのようなものを被って歩いていたら、こういう姿なんじゃないでしょうか?

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そもそも、もしも、「動物霊」が、それほど偉い存在なのであれば、なぜ、「キツネ」と、いつも、ペアで登場する、「タヌキ」の神社が、極端に少ないのでしょうか?

なぜ、「狐の婿入り」の姿は、見た人がいないんでしょうか?

こう考えていくと、

「お稲荷さん=イナンナ」

この説は、かなり状況証拠が、整っているように思えてきます。


日本で、一番勢力のある神様、「お稲荷さん」の正体は、地球の支配者であった、「イナンナ」でもあったのです!

特に、「白い狐」の姿の「お稲荷さん」は、「イナンナ」だと思います。

「白虎隊」というのは、「白狐隊」の意味も、隠されていたのかもしれません。

つまり、この隊には、霊的な存在として、「お稲荷さん」が背後についていたと思うのです。

 

「イナンナ」という女神は、「愛の女神」でもありますが、同時に、「戦闘の女神」でもあったのです。

「聖母マリア」でもあるのですが、この女神は、一般的なイメージでは、「やさしい神様」のイメージですが、同時に、「戦いの神様」でもあるのです。

そして、根源のルーツを探ると、この女神は、「ニンフルサグ」や「イザナミ」とも関係しています。

もちろん、今回のメインテーマである、「天皇家」のルーツの一つでもあります。

 

「聖母マリア」のソウルグループが、太平洋戦争を仕切っていたという状況証拠は、たくさんあります。

 

歴史を調べると、聖フランシスコ・ザビエルが、日本に初めて上陸した日が、1549年8月15日で、聖母被昇天の祭日だったそうです。
このように、上陸した日まで決まっていたのです。
これも、別に悪気があったわけではなく、ザビエル本人は、
「聖母の保護のもとに置けば、日本国民は、幸せになれると思った」
と記述しているそうです。

太平洋戦争が始まったのは、1941年12月8日ですね。
この日は、「無原罪の聖マリアの祭日」という記念日でした。
太平洋戦争が終わったのが、1945年8月15日です。
この日は、「聖母マリアの被昇天の祭日」です。
戦後のサンフランシスコ講和条約の調印の日は、1951年9月8日です。
この日は、「聖母マリアの誕生日」だそうです。

 

戦争などの本当の黒幕は、人間ではなかったのです。

「稲荷=聖母マリア=イナンナ」という女神だったのです。

私は、いろいろな状況証拠から、この結論は、間違いないと確信しています。

これは、絶対悪ではありません。

神の視点では、深い理由があって起こした戦争だったみたいです。

 

 

「白石城」の城内には、昔の城の地図もありました。

私は、この地図を見て、

「うわ~~!!」

と大声をあげてしまいました。

 

見てください!

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城の敷地のエリア、緑色で囲まれた部分が、「白い狐」になっていますね。

左側を向いているのが、わかりましたか?

ちゃんと、「細い目」や「耳」や「口」もありますね。

しかも、城壁の形は、「エンリル」のシンボルになっています。

 

つまり、「白石城」は、「イナンナ」の拠点だったということです。

繰り返しますね。

「白石城」の秘密を解くキーワードは、「イナンナ(白狐)」であり、「稲荷」だということです。

 

この城にいた時は、まだ、この意味がわかりませんでした。

しかし、この城の後に向かった先に、その答えが待っていました。

 

 

次回から、旅行記は、佳境に突入します。

お楽しみに!

 

 

 

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天皇シークレットツアー 3 戦艦大和

続きです。

 

私が、定期的に開催しているセミナー、「悪の根源」でもお伝えしていますが、「天照派」のグループは、究極の愛の存在であり、平和のグループでもありますが、同時に、世界中の戦争にも関わっています。


さらに彼らは、北緯38度線のライン上でも、いろいろな活動をやっていたようです。
例えば、北朝鮮と韓国の境にある軍事境界線、38度線は、日本にもあります。

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このライン、「北緯38.00度」が、ドンピシャで通過する土地が、「宮城県」と「新潟県」にあります。

そもそも、「宮城」とは、

「三八(みや)城(ぎ)」

こういう意味で、

「三十八の一族の城である」

こういう意味なのです。

 

一方の「新潟県」は、「佐渡島」に、このラインが通りますが、その理由は、旅行記の最後の方に書きますね。

 

ちなみに、このラインを基準にして、日本列島の植物たちの生態系などは、大きく違っているそうです。

自然や気候などにも、関わっているラインです。

私は、太古の日本においては、ある期間においては、この「北緯38度線」を境にして、北が「縄文人」で、南が「弥生人」という線引きになっていたと、推察しています。

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ご存知のように、この2つの土地から西に伸びるラインが、朝鮮半島を分断しています。
このことから、朝鮮戦争や戦後の特需、それから、北朝鮮の建国にも、この「八百万の神々」のグループが関わっていた可能性があることが、わかります。

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38度線です。

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考えてみれば、日本の戦後の高度経済成長は、このラインが原因でしたね。

ということは、日本の経済は裏で、このグループが動かしているということですね。

 

このラインは、地球全体で見ると、アメリカの「ワシントン」の近くも通ります。

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そして、カルフォルニア州の「サンフランシスコ」の近くも通ります。

一説によると、このラインの地下には、金の鉱脈があるという噂もあります。

カルフォルニア州での「ゴールドラッシュ」は、このラインだったという説もあるようです。

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さらに、マニアックな話をすると、有名な幕末の立役者である、ジョン・万次郎は、このライン沿いで、「ゴールド」を掘り当て、その大金を資金にして、アメリカから琉球に行き、その後、薩摩に上陸したようです。

それをキッカケに、日本の幕末と明治維新が始まっているわけだから、近代日本も、このラインから、始まったとも言えるのです。

地球における、最重要ラインの一つだと思います。

 

これは、読者の方から教えていただいた情報です。

新聞記事を読んでみてください。

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太平洋戦争の時、B29の爆撃の爆弾は、

「大きな親爆弾の中に、38発の子爆弾が入っていた」

と書かれていますね。

これも、何か関係しているのかもしれません。

 

余談ですが、日露戦争の時に、陸軍で使われていた、「三八式歩兵銃」にも、「38」のナンバーが入っていますね。

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他にも、日本の同盟国だった、ドイツ軍の拳銃、「ワルサーP38」にも、「38」が入っています。

アニメの「ルパン3世」でも出てきましたね。

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「平和にも関わっているが、同時に、戦争にも関わっている」

それが、このグループの本質なのです。

 

 

そろそろ、旅行記に入ります。

勘のいい方は、薄々気が付いてきたと思います。

そうです。

今回の調査は、前述したように、

「北緯38度線、このライン上を調査してみよう!」

こういう趣旨で、まわったのです。

実際に、現地調査をしてみると、驚愕するような事実が、バンバン出てきました。

 

8月8日(土)の夜から、仙台市に入りました。

久しぶりに、仙台の友人たちと、懇親会をやりました。

ここでも、地元のメンバーから、情報収集しました。

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翌日の8月9日(日)、いよいよ、出陣です。

まずは、山元町に向かいました。

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山元町役場です。

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今回も、素敵な女神たちが、同行してくれました。

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山元町にも、興味深い地上絵がありました。

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わかりましたか?

拡大しますね。て、赤線で補助線を描きました。

 

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わかりやすいように、赤線で補助線を描きました。

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「目」と「うで」と「たて」がありますね。

人間の姿の神様なので、シュメール神話の「エンリル」ですね。

狛犬の「阿」の方の神様です。

そして、「エンリル」の暗号のような数字は、「50」でしたね。

 

何度も書いているように、神様という存在は、時空間を超越して、なんでもお見通しです。

そして、偶然やシンクロで、メッセージを伝えることが多いです。

さらに、洒落や駄洒落など、ウイットに富んだ、ユーモアをまじえるのも、大好きみたいです。

 

地図を、もう一度見てください。

東側に、「国道6号線」がありますね。

「エンリル」の地上絵があります。

そして、その神様のナンバーは、「50」です。

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さらに、この町の名前は、「山元町」です。

「やまもと」ですね。

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そうです!

この地図の中には、

「山本五十六」

という暗号が、隠されていたのです!

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ちなみに、神様のメッセージというのは、沢山の人に送られることは、少なく、ほとんどの場合が、特定の個人に向けてのことが多いです。

この場合も、私個人にだけ、わかるように送られたのだと思います。

 

私は、この「山本五十六」というメッセージを受けて、すぐに、「戦艦大和」を思いうかべました。

有名な話ですが、「ミッドウェー攻略作戦」の時に、アメリカ軍の攻撃で、日本は、主力空母4隻を失うという大敗をするのですが、この時、山本五十六は、戦場の後方の「戦艦大和」にいたけれど、大敗の報告を受けても、静かに、黙々と将棋を指し続けていたそうです。

私は、この話がなぜか、常に頭から離れませんでした。

このことから、この人物は、太平洋戦争の真相を、全て知っていたのだと推察できます。

そして、「戦艦大和」が、何か重要なキーワードになっているような予感がしたのです。

 

そこで、連想ゲームのように、私の頭の中で、いろいろな情報が繋がっていくのですが、神様の計画というのは、この私の脳内での繋がり、そして、このブログを書いて、それを読む人たちの思惑まで、全て計算に入っているのです。

 

「戦艦大和」の沈没地点から、「山元町役場」まで、ラインで結んでみました。

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琵琶湖の近くを通ります。

竹生島がありますね。

「イザナミ」の島です。

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岐阜県の位山の近くも通ります。

「イザナギ」に関係している山です。

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それから、福島県の磐梯山や会津若松など、やはり、「天照派」や「八百万の神々」に深く関係している土地を通ります。

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会津若松のすぐ近くですね。

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そして、極めつけは、この地上絵でした。

「山元町」のエリア全体に、描かれている絵です。

わかりやすいように、90度回転させました。

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わかりましたか?

赤線で、補助線を描きますね。

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まだちょっと、わかりずらいかもしれませんが、「戦艦大和」の地上絵なのです。

艦体の真ん中には、「県道38号線」があります。

「右(北)」が、艦首です。

「司令室」が真ん中のあたりにありますね。

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 一番右端には、「鳥の海」という名前の小さな湾があるのですが、これを見た時に、すぐにわかりました。

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これは、「波動砲」なのです!

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だとしたら、これは、「戦艦大和」ではなく、それの進化系である、「宇宙戦艦ヤマト」だったのです!

大感動ですね~!

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「山元町」には、「宇宙戦艦ヤマト」の地上絵が描かれていたのです。

「戦艦大和」は、鹿児島県沖で沈没した後、見事に、ここに復活していたのです。

 

「司令室」の絵の近辺には、「アンテナ」の地上絵もありました。

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わかりましたね?

これです。

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そして、この地上絵の「宇宙戦艦ヤマト」は、艦首を、北東に向けているようにも見えるのですが、その先には、「ガリバー旅行記」という物語で書かれた、「ラピュタ」の位置になります。
「ラピュタ」は、日本列島の北東、太平洋上にあったことになっています。

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だとしたら、面白いことがわかります。

この地上絵を、拡大解釈してみましょう。

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宮城県の山元町に、「宇宙戦艦ヤマト」の地上絵がありますね。

その南には、「福島第一原発」があります。

ご存じのように、放射能騒ぎになった土地です。

そして、「福島アースツアー」で書いたように、「福島県=地球」でしたね。

さらに、ヤマトの北東には、幻の「ラピュタ」があったという位置があります。

 

だとしたら、

「福島県=地球」

「イスカンダル=ラピュタ」

だとしたら、この絵は、

「放射能で汚染された地球(福島)を助けるために、放射能除去装置(コスモクリーナー)を求めて、ヤマトは、14万8000光年彼方のイスカンダル星に向かった」

こういう、そのまんまのストーリーが浮かび上がってくるのです!

凄いですね~!!

 

さらに、特筆すべきことがあります。

 

「ガリバー旅行記」という作品で、「ラピュタ」が書かれたのは、1726年です。

そして、ご存じのように、戦艦大和が沈んだのは、1945年7月です。

 

1955年に、山下村と坂元村が合併して、「山元町」になったようです。

おそらく、この時に、町づくりが行われて、その時に、道路工事などで、この地上絵は描かれたのだと思います。

町長が知っていて描いたのか?

それとも、工事関係者たちが、無意識で描いたのか?

どちらかは、わかりません。

いずれにしても、だいたい、1950年代に、「宇宙戦艦ヤマト」の地上絵が完成していたと推測できます。

 

松本零士さんが、この作品を描き始めたのが、1974年11月からだったみたいです。

だいたい、この時期に、テレビでもアニメで放映が始まっています。

 

それから、2011年3月に、福島第一原発が爆発して、放射能騒ぎになりました。

さらに最終的には、私が、この地上絵を発見したのが、2020年8月だということです。

 

何がいいたいか、わかりましたか?

そうなのです。

この一連の動きは、全て「神様の計画」だったということです。

神様からは、3次元世界の時系列など、おかまいなしなのです。

これらは、無意識的に、動かされていたのです。

「神」という存在は、こういうことを、いとも簡単にやってみせるのです。

 

 

旅行記に戻ります。

私たちは、この日、山元町を探索しました。

 

前述した、「エンリル」の地上絵の近辺です。

「目」にあたる「池」です。

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この近くに、神社がありました。

「天神社」という神社です。

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鳥居に、「プロビデンスの目」がありました。

初めてみました。

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拝殿です。

屋根の上のシンボルが気になりました。

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ちょっと離れた場所に、「葉山神社」という神社もありました。

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「葉山」は、天皇家の御用邸がありますね。

また、「葉っぱの山」で、「世界樹」もイメージできますね。

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拝殿です。

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ここでも、「菊家紋」の両脇にあるシンボルが気になりました。

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これですね。

おそらく、このラインを表現しているのだと思いますが、3本の線が意味深ですね。

もしかしたら、このラインのエネルギーは、三本に分かれているのかもしれません。

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山元町にある、「宇宙戦艦ヤマト」の地上絵において、「司令塔」や「アンテナ」のあるエリアも、探索しました。

 

パッと見たかんじでは、普通の田舎町です。

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この町に、そんな凄い地上絵があることは、地元の人たちは、誰も知らないと思います。

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地図です。

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町の中心部に、小さな神社がありました。

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拝殿の前で、記念撮影しました。

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「山神社」と書かれていました。

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ここが、「宇宙戦艦ヤマト」の地上絵、そこの司令室なのです。

いや~、面白いですね~!

神様って、やはり、ユーモアのセンスがありますね。

 

 「山神」

この名前は、いろいろな読み方ができると思いますが、

「やまのかみ」

普通は、こう読むかもしれません。

この音、ちょっと訛ったら、

「やまとかみ」

こうも聞こえたかもしれません。

そうです。

「やまと神」

が、この神社の御神体なのかもしれません。

つまり、

「大和神」

こうなるのです。

 

太平洋戦争のの時に、「戦艦大和」が沈んだ後、戦後に、アニメの「宇宙戦艦ヤマト」となり、復活させ、日本中の子供たちに、夢と希望を与えた神様です。

そして、その神様の正体こそ、「天照派」である、「八百万の神々」なのだと思います。

この神様グループは、何度も書いているように、「日食」も、シンボルなのです。

「一旦暗くなり、その後、明るく輝き復活する」

これが、日本の神様の特質なのです。

 

「波動砲」の地上絵の部分である、「鳥の海」という名前の湾です。

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子供の頃、大好きだった、「波動砲」の前で、パチリ!

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 次回に続きます。

 

 

 

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天皇シークレットツアー 2 三十八

前回の続きです。

 

古代の日本は、ある期間、二つのグループが存在していたそうです。

ハッキリとした名前が、ついていたわけではありませんが、ここでは、わかりやすいように、「神武派」と「天照派」という名前で呼びますね。

 

前回の話の「リンゴ」と「ミカン」の分け方では、こうなります。

〇「神武派」=「リンゴ」=「弥生」=「日の丸」=「北朝」

〇「天照派」=「ミカン」={縄文」=「菊家紋」=「南朝」

 

「神武派」は、今から50万年前に地球では、中近東を拠点に、「アヌンナキ」という宇宙人の一族が活躍していましたが、そこから流れてきた大陸のグループです。

日本では、神武天皇が、そのグループのリーダーだったようです。

 

「天照派」は、もっと太古の時代に、すでに宇宙の根源からダイレクトに、日本にやってきてたグループです。

それは、720万年前の出来事だったそうです。

このグループのほうが、古くから地球にいたのです。

イザナギとイザナミが、このグループのリーダーです。

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太古の日本においては、「イザナギ」と「イザナミ」が、最初に日本の国造りをしたそうですが、これは、絶対平和主義のグループで、本当に「愛の存在」だったそうです。

それに対して、後から、日本の土地にやってきた、「神武天皇」は、大陸からやってきた渡来人や帰化人のグループと組んだ、「権力志向の存在」だったそうです。

そして、かなりの長期間にわたって、「神武派」が「天照派」を弾圧したり圧政下におくということを、続けていたそうです。

 

「イザナギ」と「イザナミ」は、38人の子供を生んだそうです。
この子孫が、日本の古代史において、とても重要な流れなのです。

38人は、その後に、たくさんの子孫を増やしたそうです。

 

そして、滋賀県米原市で、しばらく、このグループは暮らしていたそうです。

だから、世界で最初の「都」は、現在の「米原市」みたいです。

ここを、「三八子(みやこ)」と呼んだそうです。

「三十八人の子供たちの町」

こういう意味だったようです。

 

余談ですが、現在でも、その痕跡が残っています。

「米原」から、北東にラインをのばすと、その延長線上に、岩手県宮古市があります。

そして、同様に、南西にのばすと、沖縄県の宮古島があります。

「宮古市」ー「三八子(米原)」-「宮古島」

こうなるのです!

私は、これに、「みやこライン」と名付けました。

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まだ、人工衛星などない時代に、このラインは、つくられたと思います。

だとしたら、人間業ではないですね。

まさに、神業です。

 


この一族の直系である、長男と長女の子孫は、「大丹生・皇」の称号を名乗り、後に、「天皇家」になったそうです。

ある時期に、この子孫の一人が、「初代天照(アマテル)」を名乗ったそうです。

この頃から、「天皇」という称号が、生まれたそうです。

念のために書いておきますが、この天皇は、古事記などに登場する、「アマテラス」とは別人で意味も違うそうです。
「古事記」は、後の天皇などが、かなり歴史を湾曲して書いているそうです。

 

さて、「初代天照(アマテル)」の時代から、何百万年も経った後、新しい時代が始まったそうです。

その時代は、それまでの平和な時代ではなく、動乱の時代になったようです。

きっかけは、大和地方に、「神武天皇」がやってきたのが、始まりだったようです。
この天皇のグループは、権力志向だったようです。


「天照派」のグループは、「愛」のグループだったと思います。

そして後から、日本の歴史に登場した「神武天皇」は、「力」の崇拝者でもあったようです。

 

私は、どのグループがいいとか、悪いとかの判断は、やらないほうがいいというスタンスです。

国政というのは、世の中の状況によって、穏やかに統治したほうがいいこともあれば、多少は荒っぽく、人々を弾圧しなくては、治まらない時もあるからです。


この二つのグループを、さらに、わかりやすく表現すると、

〇「天照派」=「理想主義」
〇「神武派」=「現実主義」

こうなると思います。

 

現在の日本でも、これは、引き継がれていて、目まぐしく変化する国際情勢の中で、常に、「理想」と「現実」の問題で、政治は論争されますね。

具体的には、「平和憲法」と「自衛隊」の問題なのです。

これも、いろいろな見方ができるので、

「どの意見が正しいか?」

というのは、とても難しい問題なのです。

 

私が面白いと思ったのは、前述したように、「天照派」の人々は、古事記の「天照大神」とは、直接は関係ないのが、やはり、性格が似ているのです。

つまり、このグループは、

「絶対に戦わない」

という共通の姿勢があるのです。


古事記には、「アマテラス」が、弟の「スサノヲ」の乱暴ぶりに、腹を立てる場面がありますが、その怒り方が、ユニークなのです。

ご存知のように、天岩戸に隠れるのです。
要するに、「引きこもった」ということです。

本来の日本人の怒りの表現は、これなのです。

 

たとえば、江戸時代なども、「鎖国」をやっていますが、あれは、当時の日本人たちが、西洋人たちが、「大航海時代」などと言って、世界中を植民地化して、残酷で酷い行いをしているのを見て、怒ったのだと思います。

「あんな野蛮な人たちとは、お付き合いできません」

こう思って、国内に引きこもったのが、あの時代だったのだと思います。

 

おそらく、現代の日本でも、「ニート」や「引きこもり」をやっている若者は、世の中に対して、怒っているのだと思います。
生粋の日本人の怒りの表現は、「引きこもる」のです。
それに対して、「神武派」は怒ると、相手を殺したり、殴ったり、怒鳴ったり、場合によっては、戦争をしたりします。
怒りの表現の仕方が、ストレートで、わかりやすいのです。


この視点から見ると、現在の日本人にも、「天照派」と「神武派」の二つのタイプの日本人がいるような気がします。

現代の日本の社会では、やはり、「天皇家」は、「天照派」だと思います。
そして、「内閣」に代表されるような政治家たちは、「神武派」が多いような気がします。

私は完全に、「天照派」ですね。
あなたは、どのタイプですか?(笑)

 

生粋の日本人というのは、本来争ったり、喧嘩したりすることが、とても苦手な民族みたいです。

とても愛に満ちていて、平和が好きな民族なのです。

何かに腹を立てて、怒っても、相手に仕返ししたり、怒鳴ったりせずに、静かにその場を立ち去ったり、無言になったり無視するという態度をとります。
本当に頭にきた時も、天岩戸に隠れるように、「引きこもる」という行動で抗議するのです。

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何かに対する怒りが、頂点に達しても、頭にきた相手を、殺すのではなく、その怒りを、自分に向けたりして、自殺という抗議行動を選択する人も多いのです。

現代の日本において、多くの人々、特に感性が豊かで、敏感な若者たちが、引きこもったり、ニートになったり、登校拒否や出社拒否、それから、すぐに職場を辞めて、転職を繰り返したりするのも、静かな怒りの表現なのだと思います。
社会に対して、無言の抗議をしているのです。


ストレートな感情表現に慣れている大人たちは、これらの行動が、わかりません。

「どうして、学校に来なくなったんだろう?」

「どうして、入社したばかりの会社を、すぐに辞めたりするんだろう?」

「どうして、いつまでも親元にいて、社会に出て働かないんだろう?」

こう思っていると思います。


これが、彼らの怒りの表現の仕方なのです。
口に出して反論したり、抗議したりしないのです。

「静かな怒り」

なのです。


これは、政府に対してもそうです。

あまりにも酷い政治をしても、生粋の日本人の多くは、大規模なデモなどの行動はしません。

ただ単に、

「投票に行かない」

という無言の抗議行動をします。

 

引きこもってしましまった人々が、世の中に出てくるようにするには、怒ってもダメだし、なだめたり、おだててもダメです。

「天照大神」を、天岩戸から出そうと思ったら、皆で、裸踊りをするくらいの宴会を、やらなくてはいけないのです。

 

つまり、

「ワクワクすること」

これが、世の中に、たくさん出てきた時に、引きこもっている人たちも、隙間から、外の世界を覗きこみ、岩戸から出たくなるのです。

「世の中は面白い! ワクワクすることで溢れている!」

私の旅行記は、一貫して、そう主張しているのです。
だから、天岩戸の中に、引きこもっているような人たちに、特に読んでいただきたいのです。

 

もう一度まとめますね。

「神武派」に代表される武闘派、それから、「天照派」に代表される穏健派、古代の日本には、この二つのグループが存在していたようです。


「神武派」は、「天武天皇」などのように、名前に、「武」が入っている天皇が、多かったみたいです。
文字通り、イケイケの武闘派が多かったようです。

このグループは、穏健派の「天照派」を、徹底的に弾圧していたようです。

 

古代の日本は、最終的には、

「奈良」=「天照派」=「南朝」

「京都」=「神武派」=「北朝」

こうなったそうです。

 

そして、奈良を拠点にした、「天照派」が、リーダーとして選んだ天皇が、「後醍醐天皇」だったそうです。

「北朝」と「南朝」には、いろいろな複雑な流れがありますが、その根底には、この二つのグループがあったということがわかって、納得しました。

 
「天照派」の子孫たちは、その後、日本史の中で、途中から入ってきた外来の宗教である、「仏教」を隠れ蓑に活用したようです。
たくさんの人々が、僧侶になり、お寺に身を隠していたようです。

 

 

穏健派の「天照派」の人々は、武闘派の「神武派」から、いろいろな圧力によって、精神的にも肉体的にも、とても不自由な思いをしていたと思います。

そして、西日本を中心に、囲い込まれているような形になり、逃げ場のない状況で閉塞状態になっていたと思います。

陸地は、おそらく、関所みたいな場所があり、要所には見張りがいたと思います。
当時の東日本は、とても不便な場所だったし、大きな船を建造して、外国に逃げようと思っても、それもできなかったと思います。

 

天武天皇は特に酷い弾圧をして、「天照派」の人々には、

「土地をもってはいけない。職業についてもいけない。他の部族と結婚してもいけない」

こういう法律をつくり、乞食の立場に追いやったそうです。

それで仕方なく、お寺のお坊さんになって、そこで質素な生活を始めた人々も多かったようです。

 
「天照派」の人たちは、そうやって虐げられた状況の中、心の優しい、何人かの権力者たちに助けられながら、少しづつ移動していったようです。

私が調べたところ、関西地方に住んでいた、「天照派」の人々は、出雲地方にも拠点を移したグループが、一部いたようです。

その痕跡が、現在でも「出雲大社」に残っています。

広い境内の中に、こういう細長い祠が二つあることに、気が付いた人も多いと思います。

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これは、東に「十九社」あり、西にも「十九社」あるそうです。

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ハイ!

「イザナギ」と「イザナミ」の38人の子供たちですね。

「天照派」であり、日本の本当の天皇家ですね。

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2018年に、「出雲大社」に行ったのですが、これを知って驚きました。

見てください。

「十九社」の御祭神が、「八百万萬神」と書かれています。

いわゆる、「八百万の神々」ですね。

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つまり、旧暦10月に、毎年、全国の「八百万の神々」が出雲の国に集まり、他の土地では、神様が留守になるので神無月で、出雲では神在月になるのですが、ここに集まる神々である、「八百万の神々」の正体は、「イザナギ」と「イザナミ」の子供たち、38人のことだったということです。

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このグループは、その後も、少しづつ日本中に散らばり、歴史の表舞台には出ないで、裏から地味な活動を続けていたようです。

 

 

もう少し、この38人の神様、つまり、「八百万の神々」のグループについて、説明しておきますね。

基本的には、このグループは、権力欲や金銭欲などが全くなく、宇宙から地球にやってきた、

「植物」-「動物」-「人間」

この三者が、バランスよく回転しているだけで、地球という惑星は、うまく循環するという考え方です。

だから、この世界観で動いているのです。

それが、多くの神社にあるシンボル、「三つ巴」なのです。

 

 

古代の日本列島の中で、「天照派」のグループは、常に、「神武派」の追っ手から、ひたすら逃げていたそうです。

関西地方からは、奈良県の吉野、それから、和歌山県の熊野の奥地に逃げたようです。

 

「熊野」の土地を旅していて感じたのは、「王子」という名前がつく神社が、たくさんあるということです。

一般的には、「王子」とは、「熊野権現の御子神」だと、考えられているようです。


昔から、不思議だったのですが、そもそも、どうして、「熊野」というのでしょうか?
この土地に、たくさんの「熊」が生息している「野山」というわけでも、なさそうです。

調べると、元々は、「熊」という文字は、「畏」だったそうです。

「畏れ多い」 

という表現で使いますね。

つまり、「熊野」という土地は、「畏の」という意味で、

「畏れ多い神々の住む聖地」

という意味だそうです。

 

「王子神社」というのは、大阪あたりから始まり、和歌山県の熊野まで、北から南に、広く分布しています。
それらは、総称して、「熊野九十九王子(くまのくじゅうくおうじ)」と呼ばれていたそうです。

一般的には、「九十九」というのは実際の数ではなく、「数が多い」という意味で使われることが多いですね。
しかし、実際、最盛期には、99ヵ所くらいの「王子」と呼ばれる土地があったそうです。

 

ここからは、私の想像です。

おそらく、このエリアには、「八百万の神々」、つまり、38人の子孫の末裔がいたのだと思います。
そして、99人の王子、つまり、天皇家のリーダーが、99人住んでいたのだと思います。
99のグループに、分かれていたのだと思います。

 

よくよく考えてみてば面白い話です。

歴史上、いつの時代も、どこの国でも、「王様」は一人だけです。
そして、「王子様」も、数人くらいしかいなくて、「王様」の椅子を狙って、王子様同士で、喧嘩したり、戦争することになると、だいだい決まっています。

また、「王子」という単語も、日本的ではありません。
中国などの大陸での称号ですね。

 

おそらく、「天照派」の人々は、絶対平和主義だったから、そもそも争わなかったのだと思います。
そして、「王座を狙う」などという椅子取りゲームにも、興味がなかったのだと思います。
99人も王子様がいたのならば、それから先の時代に、少なくする方向ではなかったと思います。
もっと多くしようと思っていたと思います。

 

最終的には、99人どころか、999人、9999人、99999人…
こんなかんじで、日本全国、全ての人々が、「王子」の身分になるような国家を目指したのではないでしょうか?

つまり、現代の「国民主権」や「民主主義」を、この時代に思い描いていたのではないでしょうか?

 

そして、そんな彼らが夢を見て、最初に、実現させたのが、天下泰平だった、「江戸時代」だったのではないでしょうか?

現代は、いつでも美味しいものが、食べれれて、皆が、飛行機や新幹線で、いろいろなところに、旅行に行けますね。
まさに、「国民皆王子」の時代ですね。

この時代に、未来の「民主主義」を思い描いた、99人の王子たちのことをイメージしていたら、目から涙が出てきました。

 

 

絶対平和主義で、他人への攻撃ができないために、弾圧されたり、冷や飯を食わされていた、「天照派」の人々は、ある時期から、関西を中心にした西日本では、閉塞状態になっていたようです。

陸地から、東日本を目指そうと思っても、要所には関所のようなものがあり、見張り番がいたと思います。

そもそも、仮に東日本に行っても、当時は、大半の土地は、荒れた僻地だったので、行ってもそこでは、過酷な生活が待っていることは、明白だったと思います。

 

それでも、西日本に住んでいても、これから先、永遠に苦しい生活が続くのは、目に見えていました。

「よし! 凄い冒険になるかもしれないけど、東日本に移住して、新しい土地で、新しい時代を築いていこう!」

ある時、こう決意したのだと思います。

しかし、海から、東日本を目指そうと思っても、そんなに遠くまで行こうと思ったら、大きな船を造船しないといけなし、そんな技術もお金もなかったので、途方に暮れていたようです。


そんなとき、一人の救世主が現れます。

「聖徳太子」

この人物が助けたのです。
聖徳太子の登場で、日本史の中で、最高にスリリングなドラマが始まったのです。

救世主というのは、「天照派にとっての救世主」という意味です。

 

私は、「聖徳太子=キリスト説」を主張していますが、まさに、日本においては、聖徳太子が出現する前と後では、西洋での「紀元前(B.C)」と「紀元後(A.D)」に分かれるくらいの時代の大変化だったのです。

聖徳太子というのは、この大プロジェクトを実行するために、日本に誕生したのだと思います。

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彼らにとっては、「西日本」は、まるで監獄にいるように、不自由な土地でした。

そこで、新天地の「東日本」への脱出を試みたのです。
よいよ、ここから、「プリズンブレイク」の古代日本版が、始まったのです!


熊野地方には、日本史における、最重要な寺があります。

「補陀落山寺」という小さなお寺です。

「世界遺産」に指定されています。

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日本史において、最重要な場所には、だいたい、「天皇」の写真が飾られていることが多いです。

特に、「皇太子」の時代に、そういう場所を訪問することが多いみたいです。

この寺にも、写真がありました。


「補陀洛山寺」は「補陀落渡海(ふだらくとかい)」の出発点だったことで知られているそうです。

私は、この渡海のことは、全く知りませんでした。

補陀落渡海のうち、半数以上が、熊野那智で行われています。

聖徳太子の時代から、江戸時時代まで、これは行われていたそうです。

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結論だけ、簡単に言いますね。

この小舟に、お坊さんを一人だけ乗せて、入水自殺に見せかけて、東日本に亡命させていた。

これが、「補陀落渡海」の真相だったのです。


奇妙な形をした小さな船です。
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途中まで、付き添いの数隻の舟が、綱を引っ張り、途中の小島から突き放したようです。

「よ~し! 行ってこ~い!」

こう叫んだかどうかはわかりませんが、沖の向こうまで、その小舟を流したそうです。
すると、浜辺から4キロくらいの所に、当時から、「黒潮」が流れていたのです。

そして、うまく、「黒潮」の乗れば、それは大きな河のような流れで、「東日本」まで、運んでくれたのです。

 

そして当時から、忍者のような存在たちがいて、秘密裏にいろいろな手配をして、「東日本」の浜に漂着したら、事前にその場所に着いていた人々が、その僧侶を助けたのだと思います。

その背後で、この秘密の脱出劇を計画して動かしていたのが、「聖徳太子」のグループだったというわけです。

 

黒潮です。

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「西日本」 ⇒ 「東日本」

これを繋ぐメインストリートが、海だったというのは驚きですね。
しかも、大きな船ではなく、「小舟」だったというのもビックリです。


私たちは、歴史においては、「民族大移動」というのは、大人数でのイメージがありますが、それは大陸の話です。

聖書には、そう書かれていますが、日本では全く状況が違い、秘密裏に一人づつ、長い年月をかけての移動だったようです。

 

その期間、聖徳太子の時代から、江戸時代にかけて、なんと、1000年間くらい続いていたそうです!

これだけの長い年月をかけて、少しづつ、「天照派」の僧侶、つまり、本当の天皇家の一族を東日本に逃がし、そこで、おそらく現地の女性と結婚して、子孫を広げていくという活動をしていたのだと思います。

目的は、「平和」と「愛」の遺伝子を、未来の日本に残すためです。

 

東日本にある、房総半島の痕跡です。
「補陀落渡海」の僧侶たちが、「西日本」から、「小舟」で辿り着いた場所に、行ってきました。

場所は、千葉県の「九十九里浜」です。

これも、もうわかりましたね。

「九十九人の王子のグループが辿り着いた浜」

こういう意味だったのです!


さらに、この「九十九里」という漢字を分解すると、

「九」+「十」+「九」+「十」+「口(くに)」+「土」

となり、意味は、

「三十八の国土」

という意味になります。

 

着く場所が、どうして港ではなく、ただのビーチだったのでしょうか?

砂浜だからいいのです。

砂浜だと、大きな船は接岸できません。
沖に錨を下ろして、小舟で来ることになります。
砂浜という地形は、小舟じゃないと上陸できないのです。

大きな船が接岸できる港だったら、すぐに追っ手に見つかってしまいます。


昔、ここで、「天照派」の僧侶が、「小舟」から仲間によって救助されて、上陸したと思ったら、大感動でした。
「浜鳥居」という名前だそうです。

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「補陀落渡海」によって、「九十九里浜」に上陸した後、辿り着いた僧侶たちは、このルートを歩いたようです。

「浜鳥居」→「神洗神社」→「神埼神社」→「玉前神社」

大まかな地図です。

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房総半島においては、「玉前神社」のあたりに、一旦、落ち着いたグループもいたようです。

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このように、絶対平和主義の「天照派」の子孫たちが、西日本から、「小舟」で、東日本に移住してきて、つくりあげたのが、「江戸」という町なのです。
だから、江戸時代が、260年くらい平和だったのです。

江戸時代が、なぜあれほど長い期間、大きな戦争がなかったかというと、この町の人々の遺伝子が、絶対平和主義の「天照派」だったからだというのが、真相だと思います。

そして、徳川家康を始めとする徳川幕府は、これを知っていたということです。

 

「徳川家康」は、「天照派」のリーダーだったようです。

「徳」は、「十九(とく)」だと思います。

つまり、19組で38人のグループである、「八百万の神々」の子孫だということです。

「川」は、横にすると、「三」で、「三つ巴」の意味だと思います。

「19」や「38」という数字は、このグループを象徴するナンバーみたいです。

 

このように、「補陀落渡海」の痕跡は、関東地方にはたくさん残っています。
最終的には、和歌山県の熊野から渡海したグループは、栃木県の日光のあたりで落ち着いたようです。

それから、「埼玉県」を通って、北関方面の「群馬県」と「栃木県」に向かったのが、大きな流れだったようです。
京都の丹後半島から始まる、「天照派」の足跡ですが、和歌山県の「熊野」から、小舟で、「東日本」を目指したルートを、シンプルに書くと、赤線のようなルートになります。

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私は、「補陀落渡海」を調べていて、
「九十九里浜のあたりから、日光まで歩いて移動した時は、大変な道のりだったに違いない」
と思っていたのですが、実際には、小舟で流れに逆らいながらも、上流へと向かうことができたようです。
もしかしたら、追い風の時には、とても楽に行けたかもしれません。

現在の千葉県銚子市のあたりから、栃木県日光市まで、古代においては、「香取浦」という大きな湾と無数の川があり、なんと、太平洋から、「日光」のあたりまでは、「鬼怒川」を使って、舟で一気に行くことができたようです。
「熊野」 ⇒ 「日光」
この間は、小舟で行けたということです。
1000年前の想像図だそうです。

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「補陀落渡海」の僧たちが後に、「補陀落寺」を建てた場所は、この川沿いが多いですね。
こうやって、地形で推測すると、かなり正確な歴史が把握できますね。


2018年に、補陀落渡海について、本格的な調査を始めたのですが、宇都宮市内をまわっていたら、この神社の名前が目に飛び込んできました。
「二荒山神社」という名前の神社です。

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「二荒山神社(ふたあらやまじんじゃ)」と発音するそうです。
「補陀洛山寺(ふだらくさんじ)」=「二荒山神社(ふたあらやまじんじゃ)」
こうなるのです。
この神社は、和歌山県の「補陀洛山寺」と、完全に繋がっているのです。
つまり、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町の「補陀洛山寺」の僧侶たちは、小舟で、「黒潮ロード」を渡って来て、関東の地へ上陸した後、栃木県宇都宮市にある、「二荒山神社」にも、辿り着いたということです。


栃木県日光市にも、同じ名前の神社があります。
「二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)」という神社です。

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こうなります。
「熊野 補陀洛山寺」=「宇都宮 二荒山神社」=「日光 二荒山神社」

和歌山県の「補陀落山寺」、それから、栃木県の二つの「二荒山神社」が見事に繋がりましたね。
「天照派」のグループが、拠点に選んだ土地が、ここだったのです。
メインのグループは、ここで居住を始めたと思います。

 

そして、どうやら、福島県にも、このグループは、どこかの時代で、栃木県の日光から辿りつき、ここも、終の棲家に選んだようなのです。

だから、福島という土地も、「天照派」の子孫が、たくさんいるのだと思います。

「愛と平和」の遺伝子をもつ人々ですね。

 

ちなみに、「天照派」は、「日食」をシンボルマークにしています。

「いったん、闇の世界に入り、それから、光の世界に行く」

こういう世界観なのです。

だから、

「いったん死んでから、もしくは、死んだふりをしてから、再度生き返る」

というのが、彼らの生きざまのパターンなのです。

 

そして、彼らの世界観は、「星信仰」でもあり、「妙見信仰」とも繋がるようです。

だから、「妙見信仰」がある土地は、彼らの拠点だった所なのです。

 

 

このように、38人の子供たち、つまり、「八百万の神々」の痕跡は、日本中に、たくさん残っているのですが、このグループは、とても地味でシャイで、謙虚なので、あまり表舞台には出てきません。だから、あまり大きな観光地に、デカデカと、その名前が掲げられていることも、めったにありません。

ひたすら、裏方に徹するグループなのです。

 

私は、このグループの魅力に魅せられてら、2018年に、日本中を調査して、まわりました。

 

これは、福井県福井市にある町です。

「三十八社中」と書かれていますね。

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奈良県にも、いくつか、痕跡があります。

奈良県御所市北窪にある、「高天彦神社」の境内社で、「三十八社」と書かれています。

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こちらも、奈良県にある、「三十八柱神社」です。

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滋賀県大津市にある、「石山寺」にも、「三十八社」があります。

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面白い記事です。
昭和3年11月10日の「昭和天皇の即位の礼」の時、身分の高い方達は、京都御所まで車で送迎されたようですが、その車のナンバーが、「乙 三八」だったようです。
これは、「昭和天皇」が、「天照派」だったという状況証拠になりますね。
「乙」は、蛇の意味もありますね。

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他にも、日本で大ヒットするドラマや映画などにも、このナンバーが、暗号のように隠されています。


わかりやすい例をあげると、「3年B組金八先生」です。‍
「3B」というクラスも、「38」の意味だと思いますが、「3」と「八」で、「38」のナンバーが入っていますね。

さらに、この黒板の日付も、3月18日(金)になっていますね。(笑)

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そういえば、金八先生の尊敬する人物も、天照派のリーダーだった、坂本龍馬でしたね。
北辰一刀流の免許皆伝であり、剣の達人なのに、一度も剣を使わなかった、愛と平和の使者でしたね。

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学校の近くにも、補陀落渡海の舞台でもあった、荒川の土手がありました。
内容も、最初から最後まで、「愛による教育」が、メインテーマでしたね。️

 

このように、日本の歴史において、大切な時期には、暗号のように、「38」のナンバーが、チラチラと顔をのぞかせるのです。

 

 

そしてこれは、極めつけの話です。

大阪セミナーの時に、参加者の方から教えていただきました。

令和の時代の新天皇は、少年時代には、御所で友達を集めて、草野球をしていたそうです。

当時は百貨店で、子供用の各球団のユニホームが販売されていて、新天皇は、読売ジャイアンツの末次利光選手のファンで、「背番号38番」のユニフォームを着ていたそうです。

 

末次選手です。

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でも、それは、表向きの理由だと思います。

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本当の理由は、

「自分が、38人の子供たち、八百万の神々のグループである」

という隠れたメッセージだったと思います。

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大感動ですね~!

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あくまでも、私の個人的な感覚によるものですが、新天皇である、「徳仁親王」は、「エンキ」の魂のような気がします。

そして、弟さんの「秋篠宮文仁親王」は、「エンリル」のように感じます。
「清子内親王」であった、現在の「黒田清子」さんは、「ニンフルサグ」だと思います。

 

私は、この新天皇の妹さんである黒田清子さんが、「天照派」のリーダーだと思っています。

何度も書いているように、このグループは、なるべく表に出ないようにして、生涯を終えるのです。

だとしたら、皇族から民間人になって、地味に暮らしているこの方こそ、まさに、「八百万の神々」の生き方をされている方なのです。

 

あっ、そうそう、大事なことを書き忘れるところでした。

この黒田清子さんには、天皇のナンバーが、しっかりと名前に刻まれています。

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そうです。
愛称が、「サーヤ」でしたね。
「サーヤ(38)」です。

 

どうですか?

面白いでしょう。

これが、天皇家の秘密なのです。

このファミリーのシンボルは、「38」という数字なのです。

 

 

ウォーミングアップを兼ねた、おさらいが終わったので、いよいよ次回から、本格的な旅行記に突入します。

お楽しみに!

 

 

 

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天皇シークレットツアー 1 象徴

8月23日(日)に開催した名古屋セミナーも、楽しく終了しました。

参加された皆さん、ありがとうございました。

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懇親会でも、いろいろな話題で、盛り上がりましたね。

いつもは、翌日、調査の旅をすることが多いのですが、今回は、疲れていたので、日帰りでした。

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今月になってから、宮城県と新潟県に、またまた、裏日本史を調査しに行ってきました。

宮城県では、山元町と白石市、新潟県では、佐渡島をまわりました。

今回の旅行記は、その時の話題です。

テーマは、ズバリ、「天皇」です。

この日本史の中での最大の謎に、迫ります。

ある意味は、この旅行記が、いろいろな秘密のファイナルアンサーであり、チェックメイトかもしれません。

 

 

旅行記に入る前に、いつものように、ウォーミングアップを兼ねて、おさらいをしておきましょう。

 

私は現在、地球における古代史を、2つのグループに分けて考えています。

 

一つ目は、「リンゴ」をシンボルにしたグループです。

これは、シュメール文明から始まる、「アヌンナキ」のグループで、エデンの園で、アダムとイブにリンゴを与え、ニュートンに、万有引力の法則をリンゴで気づかせ、資本主義の権化である、ビッグアップルというニューヨークの街をつくりあげ、アップルコンピューターを世界に広げています。
権力や支配のグループです。

拠点は、中近東から欧米諸国のエリアです。

 

「エデンの園」です。

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「日の丸」は、実は、この「リンゴ」の象徴みたいです。

一般的には、「太陽」の意味だと言われていますが、私は、「リンゴ」の意味も含んでいると思います。

日本の天皇家では、「北朝」の系統で、どちらかというと、「山の民」であり、「弥生人」ですね。

 

「リンゴ」です。

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「日の丸」です。

「太陽」の意味もあります。

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シンプルにまとめると、「文明の発展」に重きを置くグループです。

学校のクラスに例えれば、「やんちゃなグループ」です。

 

 

二つ目は、「ミカン」をシンボルにしたグループです。

これは、日本の丹後半島から始まる、「イザナギ」と「イザナミ」のグループで、「補陀落山」を信仰しています。
この信仰は、インドやチベットや中国にもあり、「ポータラカ」などの名前のユートピアを夢見ています。
沖縄のニライカナイも、そうだと思います。
その理想郷は、八角形の建物があり、「橘(ミカン)」などの柑橘類の果物が咲き乱れていると言われています。
裏天皇だった、聖徳太子の家紋も、「橘」ですね。
愛と平和のグループです。

拠点は、日本を始めとしたアジア諸国です。

あとは、絶対平和主義の地底王国、「シャンバラ」も、このグループみたいです。


「菊花紋」は、実は、この「ミカン」のグループの象徴みたいです。

一般的には、「菊の花」の意味だと言われていますが、私は、「ミカン」の意味も含んでいると思います。

日本の天皇家では、「南朝」の系統で、「海の民」であり、「縄文人」です。

 

「ミカン」です。

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「菊花紋」です。

「月」や「星」の意味もあります。

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「文化の成熟」に重きを置くグループです。

クラスに例えれば、「オタクのグループ」です。

 

この両者をシンプルにまとめると、こうなります。

 

〇「リンゴのグループ」=「日の丸」=「太陽」=「アヌンナキ」=「力と支配」=「山の民(弥生)」=「日本陸軍」=「神武派(北朝)」=「未来型(成功型)」=「文明の発展」

 

〇「ミカンのグループ」=「菊花紋」=「月&星」=「イザナギとイザナミ」=「愛と平和」=「海の民(縄文)」=「日本海軍」=「天照派(南朝)」=「現在型(幸福型)」=「文化の成熟」

 

日本には、大昔から、2つの天皇家が存在していますが、この流れだと思います。

この2つのグループ分けは、私のオリジナルですが、この分類の方法で、現代の地球、そして、日本の社会がスッキリと読み解けそうです。

 

念のために言っておきますが、二つの天皇家は、どちらも、「本物」です。

大昔から、ずーっと、二つの本物の天皇家、つまり、「二本立て」で、我が国は成り立っていたのです。

だから、

「日本(二本)」

という国名なのです。

 

 

諸説ありますが、前述した二つの天皇家、「北朝」と「南朝」の流れを念頭に入れて、私の心に響いた説だけを、繋ぎ合わせてみると、現在、巷で議論されている、「明治天皇すり替え説」も、なんとなくボンヤリと、全貌が見えてきます。

以下は、あくまでも、私の個人的な独断と偏見による、「天皇論」になります。

全ては、仮説だということです。

 

まずは、「明治天皇すり替え説」から、斬り込んでいきましょう。

陰謀論や都市伝説で有名な、「フルベッキ群像写真」です。

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オランダ出身の宣教師、グイド・フルベッキとその子を囲み、上野彦馬のスタジオで撮影された、44名の武士による集合写真だといわれています。
坂本龍馬や西郷隆盛、そして、明治天皇が写っていると言われています。
偽物説もありましたが、数年前に、どうやら、皆、本物の幕末の英雄たちだったということが、わかったようです。
私も、いろいろ調べて、本物説を支持しています。

 

そして、この中央にいる人物が、後にすり替わったと言われている、「大室寅之祐」という人物ですね。

ご存じのように、大室寅之祐は、明治天皇になる予定だった「睦仁親王」とすり替えられ、「明治天皇」になったと言われています。

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たしかに、後の明治天皇と顔の輪郭など、ソックリですね。

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これを見ても、すり替え説は、本当だと思います。

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ちなみに、元の明治天皇になる予定だった、睦仁親王とは、左側の写真で、華奢な体つきだったようです。

すり替わった、右側の大室寅之祐は、ガッチリとした体格ですね。

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このように、睦仁親王時代の写真と、即位後の明治天皇時代の写真の姿形が、あまりにもかけ離れすぎていて、同一人物とは思えないというのが、この説を支持している人たちの意見です。

私も、同意見です。

 

幼少期には、腺病質で痩せていて、いつも泣いていたという人物が、明治天皇になると、突然、大男に変身し、馬で駆け回ったり強者どもを、相撲で投げ飛ばしたりして、体格も気質も、まるで別人のようになってしまったことからも、おそらく、事実、別人だったのだろうと推測されます。

 

大室寅之祐は、のちに、自分がすり替わった天皇であるという事実を隠すために、写真を撮らせる事もなく、一般の公衆の面前にも出ないで、皇居の奥で、ヒッソリと暮らしをしていたとも言われています。

 

そのあと、明治政府は、この秘密を守るために、天皇を京都から東京へ移し、天皇制を奨励したのだそうです。

そして、

「日本は、万世一系の天皇が統治する」 

こういうことを、大々的に広めたと言います。

 

この話が、ミステリーの要素を帯びて、なかなか真相がわからないのは、

「そもそも、昔から、誰も天皇の顔を見ることができない」

ということが、話を、ややこしくしているようです。
天皇が歩く時も、
「下に~、下に~」

と掛け声をして、庶民に土下座をするように、促していましたね。

これは、天皇だけでなく、将軍や大名など、身分の高い人が通るときは、必ずそうでした。

さらに、天皇は、スダレ越しにしか、他の人とは会話せず、たまたま顔を見ても、オシロイや描いた眉毛で、本当の顔は、わからなくしていました。

このことからも、真相を探るのは、かなり困難だということが、わかります。

 

しかし、私は、ある独自の仮説を思いつきました。

さらに、ある人から、この説に終止符を打つような有力な状況証拠も、教えていただきました。

 

まず、私の説です。

江戸時代の終わり、幕末は、「黒船」などの外国の船も、頻繁に目撃され、開国をしなければ、いけないような流れになっていました。

 

おそらく、その時に、人間ではなく、日本の神々が、

「これからは、世界全体が、戦争に向かう。その時に、好戦的なアヌンナキのグループをルーツにもつ北朝が、日本の天皇家だと、日本を中心に、大変な戦争になるだろう。だから、比較的温厚で平和な、イザナギとイザナミをルーツにもつ南朝が、日本の天皇家になったほうが、日本も世界も、被害を最小限度に抑えることができるだろう」

こう考えたのだと思います。

 

そこで、日本の神々が、それまでの「北朝」の天皇から、「南朝」の天皇に交代するように、動いたのかもしれません。

「天皇の交代」だったということです。

つまり、

「明治天皇すり替え説」というのは、

「本物の天皇家(北朝)から、もう一つの本物の天皇家(南朝)に、その地位を譲った出来事」

こういうことだと思うのです。

だから、「北朝」も「南朝」も、当事者や重鎮たちは、ある程度、納得や合意の上で、この交代劇は行われたのだと思うのです。

 

さらに、「明治天皇すりかえ」の事件は、それまでの長い歴史の中で、「北朝」と「南朝」とのゴチャゴチャした、しがらみや混乱を、いったん、リセットして、ゼロからスタートするキッカケにも、なっていたようなのです。

「北朝と南朝の融合」

これが、「明治天皇」の役割でもあったようなのです。

 

「太陽(北朝)」と「月&星(南朝)」

この融合、

「日と月で治める」

つまり、

「明治」

という名前の天皇だったというわけです。

ちなみに、大室寅之祐という人物は、まさに、この二つのグループの価値観を融合させたような思想をもった人物だったそうです。

 

 

そして、のちの「明治天皇(大室寅之助)」、それから、その父親であるはずの「孝明天皇」との関係が、ハッキリとわかる状況証拠を、ある方から教えてもらったのです。

 

今年の2月に、久しぶりに、「明治神宮」を訪れました。

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「菊花紋」ですね。

「南朝」の系統だということです。

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ご存じのように、境内はとても広いです。

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ここで、「明治神宮」という神社について、大切なことを、二つ書いておきます。

 

まず、一つ目です。

東京の一等地に、これだけ、広大な敷地面積を誇っていますが、他の大きな神社、「伊勢神宮」や「出雲大社」などと違う点が、一つだけあります。

それは…

「摂末社が全く無い」

ということです。

日本中、たくさんの神社がありますが、ある程度の大きさの神社には、必ず摂社や末社がありますね。

これらの祠は、その神社が元々は、どの系列の神社や神様と関係していたのかを示すものです。

しかし、「明治神宮」には、一つもありません。

 

これは前述したように、明治天皇が、「リセット」のための天皇だったという状況証拠です。

つまり、「明治時代」というのは、江戸時代までの全て天皇の歴史を、いったん終わらせ、新しい国際化の時代へ、再スタートするための時代だったということです。

 

二つ目です。

もしも、「明治天皇すり替え説」が嘘であり、「孝明天皇」の本物の息子であったならば、息子である、「明治天皇」は、父親を蔑ろにしたり、無視することは、ありえないのです。

 

つまり、自分を祭る神社が、これほど広大であれば、自分の父親であるはずの「孝明天皇」の神社も、それなりの大きさの神社を建造するはずなのです。

それなのに、父親であるはずの「孝明天皇」の神社を建てていません。

「明治神宮」の境内にも、「孝明天皇」の名前は、全くありません。

それは、

「血の繋がりのない、他人だったから」

というのが、主な理由だったのだろうと推測されます。

日本中に、「孝明天皇」を祭った神社は、とっても少ないのです。

 

 

いろいろ調べて、それを見つけました。

愛知県の知多半島にある、「玉鉾神社」です。

2月に、ここにも行ってきました。

こじんまりとした、小さな神社です。

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場所は、愛知県知多郡武豊町向陽です。

「太陽に向かう」という意味の文字が入っていますね。

「太陽(日の丸)」をシンボルにする、「北朝」の拠点だったということですね。

境内には、「太陽」のシンボルもありました。

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拝殿の前で、記念撮影しました。

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「孝明天皇」の名前がありました。

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ここで、気になったのは、この箇所です。

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「旭形亀太郎」

この聞きなれない人物を調べると、面白いことがわかりました。

この「旭形亀太郎」が、玉鉾神社を建立したも、言われているようです。

 

この方は、元々は、「旭形」という名前の力士だったそうです。

諸説ありますが、京都御所に、南朝側の勢力がやってきて、「大室寅之助」との交代劇の時、「孝明天皇」を抱きかかえて、知多半島の土地まで、逃げてきたとのことです。

 

案の定、この神社にも、息子であるはずの、「明治天皇」の名前は、まったくありません。

二人に、血縁が無かったことの証拠になると思います。

 

代わりに、孝明天皇の命の恩人になるであろう、「旭形」の一族のお墓が、境内の高い位置にありました。

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「旭形」に対する感謝の気持ちだと思われる句が、石碑に刻まれていました。

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自分の家族ではなく、血の繋がりはないけど、心の通い合った、「旭形」の家族を墓を大切にしている様子からも、前述した、「明治天皇」に関わる仮説が、かなり真実に近いことがわかりますね。

 

現在は、ネットで、いろいろな知識や情報を、簡単に得ることはできます。

でも、やはり、真実を自分の目で見て体感して、実感するまで落とし込むには、現地調査をしないと、ダメだと思うのです。

 

一説によると、「旭形」という力士は、「孝明天皇」が亡くなるまで、最後まで、世話をして面倒を見ていたそうです。

そして、役目を終えた後は、大阪に向かい、ビジネスを始めたそうです。

それが、なんと、ビールの会社だったそうです。

そうです。

「アサヒビール」の本当の陰の創業者が、この「旭形」という人物だったそうです。

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「旭形」=「アサヒビール」=「朝陽」=「北朝」

ここでも、見事につながりますね。

いや~!

裏の日本史、面白すぎますね~!

 

 

前置きが長くなりましたが、ここからが本番です。

 

「天皇制」というシステムを、根源から考えてみましょう。

「そもそも、天皇とは、何のために存在しているのか?」

こういう根本的な問いかけです。

難しく考えないで、シンプルな答えを導き出すと、

「国民を幸せにするために、存在している」

こういう答えが出てきます。

具体的には、

「必要以上の競争から、国民を守るため」

ということです。

 

こういうことです。

たとえば、日本において、日本の最高権威者が、「天皇」なのです。
「権威」とは、偉いのですが、「命令権」は無いということです。
自分よりも下の人たちを、動かすことはできないのです。

一方の最高権力者とは、「総理大臣」です。

「権力」とは、「命令権」があることです。

自分よりも下の地位の人たちに、指図ができるという特権を持っていることです。

 

まとめますね。

日本の場合、一番偉いのは、「天皇」ですが、命令権は無い。

二番目に偉いのが、「総理大臣」であり、これは、命令権があります。

ここで大事なのは、「天皇」は、原則として、先天的な「生まれ」によってしか、なれないようになっていることです。

「皇太子」に生まれないと、「天皇」になるのは、難しいのです。

しかし、他方の「総理大臣」は、後天的な「努力」によってなれます。

陰では、どうかわかりませんが、表向きは、そういうことになっています。

 

わかりましたか?

もしも、「天皇」という地位がなくなると、「総理大臣」が一番偉くなってしまうのです。

つまり、

「努力で、一番偉くなれる」

という流れが、国の中に、できてしまうのです。

一見すると、よさそうに思えますが、これは、競争地獄をつくりだします。

戦国時代のように、全ての国民が、一番の権力の座を巡って、争うことになるのです。

アメリカなどは、現在でも、「大統領」という努力でなれる地位が、一番の権力者ですね。

だから、競争が激化したままなのです。

 

日本の場合、

「どんなに努力しても、しょせん、総理大臣にしかなれないよな。2番までしか、いけない国なんだよな」

こう思って、いいかんじで、肩の力が抜けるのです。

例えていうと、大企業で、その一族しか、社長や取締役になれない同族経営の組織は、部長や課長などの中間管理職などは、皆、仲がいいことが多いそうです。

それは、どこかで、いい意味で、出世を諦めることができるからです。

「天皇というトップの地位が、最初から決まっていれば、国民の皆が、仲良くなれる」

ということです。

 

だとすれば、「天皇制」というシステムの最終目的は、「国民の幸福」だということです。

これは、裏を返せば、

「国民が幸せであれば、天皇など、誰でもいい」

こういう結論になるのです。

 

 

2006年に、裏の歴史に詳しい方と知り合った時、その方に、まっさきに質問したのが、「明治天皇すり替え説」でした。

その方は、開口一番、こう言ったのです。
「そんなものは、どうでもいいのですよ」

予想外の答えに、最初は耳を疑ったのですが、その方の説明で納得しました。

「意外に思われるかもしれませんが、血縁、つまり、血統などが重視され始めたのは、昭和の時代、しかも、戦後からなんですよ」

続けて、

「江戸時代や明治、大正、昭和の戦前までは、血統よりも霊統のほうを重視してたのですよ。つまり、血の繋がりよりも、同じ価値観や志であれば、同じソウルグループだと認め、一緒に仕事や活動をしたのです」

さらに続けて、

「わかりやすいのは、昔は養子縁組など、当たり前でしたよね? 血は繋がっていても、能力のない息子よりも、血は繋がっていなくても、能力のある子を、どこかから、もらいうけ、実の息子として育てることは、普通だったのですよ。情に流されて、無能な息子に店を継がせた店は、たいてい潰れていますね」

もっと続けて、

「もともと、戦前までは、戸籍もいい加減でした。でも誰も、そういうことは、あまり気にしなかったのです」

これを聞いて、

「なるほど~!」

と思いました。

 

そうなのです。

そもそも、昔は、血の繋がりは重視してなかったのです。

そういえば、私の曽祖父も養子で、金持ちの家の息子になっています。

本人も、本当の両親の顔も名前も、知らなかったかもしれません。

でも、私たちの子孫で、それを気にする人など誰もいません。

 

ためしに、天皇の系図を眺めてみても、宮内庁が正式に発表している図でも、継体天皇は、先代の武烈天皇と男系で、10親等離れていたり、光仁天皇は、先代の孝謙天皇と、8親等離れています。

他にも、光厳天皇は、先代の後醍醐天皇と男系で、9親等離れています。

後小松天皇は、先代の後亀山天皇と男系で、13親等離れています。

つまり、「遠い親戚(ほとんど赤の他人)」が、天皇を継いだことなど、過去の歴史にたくさんあるのです。

天皇家も、あまり、血統というのは、重視してなかったことが、これからもわかります。

だから、「万世一系」というのが、嘘であり、ファンタジーの世界だということです。

 

 

日本国憲法の最初の文章です。

 「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」

 

念のために書いておきますが、日本国憲法は、一般的には、

「戦後、アメリカから押し付けられたもの」

だと思われていますが、それは違います。

太古の昔から、日本にあった思想や価値観を、日本の神々が、もう一度、アメリカを通して、逆輸入したものです。

日本の精神なのです。

 

ここで、最重要な単語は、「象徴」という表現です。
憲法の英訳でも、普通に、「the symbol」と訳されているそうですね。

だから、同じような意味の単語は、「シンボル」になります。

 

一説によると、「シンボル」というのは、
「永久不変に変わらないもの」

こういうニュアンスも含んでいるそうです。

例えば、

「マーク」というのは、コロコロ変わってもいいのです。

たとえば、昔の電化製品で、「National」だったものが、いつのまにか、「Panasonic」に変わっていましたね。

これは、別にかまわないのです。

 

しかし、「キリスト教」の「シンボル」である、「十字架」が、これから、イメージチェンジすることがあるでしょうか?

「今年から、三角形に変更します!」

こういう発表を、もしも、バチカンがやったら、世界中の信者は、ひっくり返ると思います。

 

このことから、

「天皇」という言葉の意味も、「十字架」と同じように、

「永久不変に変わらないもの」

こういうニュアンスを、含んでいるということです。

ここまで、いいですよね?

 

これは、2月末頃、ふっとインスピレーションがおりてきて、気が付いたことです。

地球の歴史が、これだけ目まぐるしく変わっている中、「十字架」というシンボルは、変わっていません。

これか先の未来にも、変わることはないでしょう。

「それは、どうしてか?」

ということです。

 

その答えは、「十字架」というシンボルは、「形」に意味があり、それだけが変わらないと言っていたのです。

つまり、

「材質は、どうでもいい」

ということです。

さらに、物質ではなく、非物質でもいいし、想像やイメージでもいいのです。

 

具体的に言いましょう。

 

木材でもいいのです。

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石でもいいのです。

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もちろん、金属でもいいですよ。

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大きさも、巨大でもいいのです。

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小さな紙でもいいのです。

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絵でもいいです。

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他にも、クリスチャンたちがやる、胸の前で、十字を切る仕草も、「十字架」です。

脳内で、思い浮かべても、それも、「十字架」なのです。

「全ての十字架が本物」

これが、

「十字架は、シンボル」

だという意味です。

 

もしも、本物の十字架が一つだけだとしたら、どうなっていたでしょうか?

たとえば、

「バチカンにあるダイヤモンドでできた十字架だけが、本物である」

こうなっていたら、キリスト教は、とっくの昔に、消えて無くなっていたと思います。

そういうのは必ず、盗む人が出てきて、盗まれるものなのです。

 

「材質や大きさや色などに関わらず、全ての十字架は、本物である」

こういうポリシーだったから、長い歴史の中、決して盗まれることもなく、これからも、永久不変であり続けるのです。

 

そうです!

もうわかりましたね。

 

「天皇」という存在も、これなのです!

西洋における「十字架」が、日本では、「天皇」になったのです。

つまり、「天皇」というのも、その地位やポジションに意味があるのです。

だから、基本的には、

「誰でもいい」

こうなるのです。

男性でも女性でも、子供でも老人でも、血がつながっていてもいなくても、影武者でも、クローンでも、動物でもいいかもしれません。

そして、いなくてもいいのです。

イメージだけでも、事足りるのです。

 

こういう視点で、もう一度、「明治天皇すり替え説」を考えてみてください。

そうなのです。

そもそも、天皇など、誰がなってもよかったのです。

どんな人がなっても、本物の天皇なのです。

歴史上、もしも、どの時代でも、本物の天皇が一人しかいなかったら、その人が殺されたら、そこで、日本という国家は終わりでした。

 

日本を見守っている神々は、何もかもお見通しなのです。

人間たちが、「天皇」という地位を争って、殺し合いや騙しあい、足の引っ張り合い、そういうことをやることなど、最初から計算に入っているのです。

だから、

「天皇は、象徴である」

ということを、大昔から現代まで、密かに続けてきたのです。

これを、裏読みすると、

「天皇という地位だけが、不変であり、誰がなってもよい」

こういうことです。

 

日本という国を、ずーっと見守ってきた、「八百万の神々」と言われている存在の叡智に、改めて驚嘆しました。

人間の浅知恵など、超越していたのです。

 

 

オマケで、「裏天皇」と呼ばれている存在のことも、書いておきましょう。

現在、「自称・裏天皇」という人たちが、たくさんでてきています。

私の意見を言わせていただければ、これらも、前述した視点から眺めれば、全員、本物だということです。

ただし、どちらかというと、彼らは、表の天皇が、亡くなった時のスペアのようなものだと思っています。

 

 

ここで、私の考える、「裏天皇」の存在を、初公開しておきます。

イメージからすると、「表」と「裏」は、ちょうど、この写真のようなものだと思います。

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つまり、「表」の天皇の概念を、すべてを逆にすると、「裏」が、浮かびあがってきます。

〇「表の天皇」=「肉体をもっている」=「一人」=「男性 or 性別がある」=「権威がある」=「不自由」

〇「裏の天皇」=「肉体をもってない」=「多数」=「女性 or 性別がない」=「権威がない」=「自由」

 

わかりましたか?

これから、導き出される答えは、

「集合的無意識」

こうなります。

 

つまり、政治や経済など、ある程度、「天皇」は影響を与えることはできると思います。

しかし、世の中というのは全て、皇室や政治だけが、動かしているわけではありません。

例えば、若い女の子のスカートが、短くなったり長くなったり、髪が茶髪になったり黒髪になったり、こういう流行は、「集合的無意識」がやっているのです。

これが、「天皇」が動かせない部分です。

 

だから、「裏天皇」というのは、絶対に表に出てこないし、実態もつかめないのです。

理屈からすると、そもそも、表にでてきた時点で、裏ではないのです。(笑)

「裏天皇」は、私たちの心の中に存在しているのです。

具体的には、「日本国民の集合的無意識」が、その正体なのです。

 

あっ、そうそう、長年かかって導きだした、私の「明治天皇すり替え説」のファイナルアンサーです。

「どうでもいい!」

これです。(笑)

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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命懸け

8月16日(日)の大阪セミナーも、大感動の中、楽しく終了しました。

参加された皆さん、ありがとうございました。

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懇親会でも、いろいろな話題で、深く語りあいました。

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この記事は、先日書いた、「平和の少女像」の続編になるので、まだ読んでいない方は、先にそれを読んでから、読み進めてくださいね。

 

翌日の17日(月)は、仲のいい友人たちが集まってくれて、一緒に裏の日本史の調査に行きました。

向かった先は2カ所で、大阪府堺市と大阪市西区でした。

 

最初の訪問は、堺市にある「妙国寺」でした。

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遅刻してからの登場です。

暑い中、お待たせして、申し訳ありませんでした。

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この寺には、幕末に起きた、「堺事件」を調べるのが目的で行きました。

ガイドさんがいて、その方に、いろいろ案内してもらいました。

有料ですが、貴重な展示物、それから、凄い庭なども見学できて、オススメです。

特に、庭の真ん中にある、巨大なソテツは圧巻です。

 

 

「堺事件」とは、1868年2月15日に、大阪府堺市で起こった事件です。

簡単に説明すると、神奈川県で起こった、「生麦事件」の堺版だと言ってもいいと思います。

 

ある日、堺港には、フランス海軍の船が、やってきていました。

日本に駐在していたフランス副領事と、中国・日本方面担当の司令官を、迎えるためだったようです。

 

これより2ヶ月ほど前、大坂では、ある事故が起きていました。

天保山沖に、やってきていたアメリカ海軍のボートが転覆し、乗っていた海軍のお偉いさんを含む数名が、溺死してしたのです。

そのため、フランス海軍は、

「アメリカの二の舞いにならないよう、どこが深くてどこが浅いのか、波の様子はどうか、調べておこう」

こう考えて、港の測量をしていたようです。

 

測量をするのに、一般の水兵の力は、いらなかったようで、暇になってしまった多くの水兵たちは、大坂の町に繰り出したそうです。

言葉も通じず、しかも、かなりテンションが上ってしまい、酒に酔って、女性を追いかけまわした者もいたそうです。

さらに、フランスの水兵たちは夜になっても、船に帰ろうとしなかったそうです。

日本人たちは、その姿を見て不信感を感じ、警戒していたようです。

 

住民たちは当時、堺の警備を担当していた土佐藩士の警備隊に、

「たくさんの異人たちが、うろついていて怖いので、何とかしてください」

と訴えたようです。

 

通報を受けた警備隊は、フランス水兵たちに、船に帰るよう促します。

しかし、言葉が通じないので、仕方なく、強引に連行しようとしたそうです。

事の経緯が飲み込めないフランス水兵は、当然のごとく抵抗します。

その時、土佐藩の隊旗を奪うという無礼に、出てしまったようです。

軍や国の旗を奪うというのは、相当失礼な行為であり、しかも、フランス水兵たちが逃げようとしたため、警備隊は、やむなく発砲したようです。

そこで、銃撃戦となり、フランス水兵に、多数の死傷者が出たようです。

海に突き落とされて、溺死した者もいたようです。

 

その時の様子が、絵になっています。

こちらは、フランス人が描いた絵だそうです。

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これは、日本人が描いた絵です。

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当時の土佐藩の人々だそうです。

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当然ですが、フランス水兵の側に、そもそも非があります。

彼らが狼藉を働いたのが、始まりなのです。

「言葉が通じなかったことによる悲劇だった」

こう言ってしまってもいいのですが、他にも、複雑な事情が絡んでいたと思います。

 

しかし、フランス側である、仏国公使レオン・ロッシュたちは、

「何もしていないのに、日本人に、いきなり発砲された」

と受け取り、日本側へ、下手人の処罰を求めたようです。

そして、ロッシュは、在坂中の各国大使と話し合った上で、下手人斬刑・陳謝・賠償などを求める抗議書を提出したそうです。

 

その時代は、ちょうど、戊辰戦争の真っ最中だったようです。
明治新政府の軍は、ほとんど関東へ行っており、いろいろな事情から、あまり話をこじらせるわけにはいかなかったようです。

そこで仕方なく、フランスの要求のほとんどを、呑むことになったようです。

 

最終的には、事件に関わった隊士全員ではなく、隊長以下20人を、処刑することで、話はまとまったそうです。

隊長を含めた4人が、まず死刑と決まり、他の16名は、隊員の中から、「くじ引き」で、決めることになったそうです。
「くじ引き」は、現在の大阪府大阪市西区にある、「土佐稲荷神社」で行われたそうです。

昔は、「くじ引き」は、神様の意志を尋ねるものとされていたので、必ずしも、テキトーな方法では、なかったとのことです。

 

詳しいことは、割愛させていただきますが、私は個人的には、この時のフランス水兵たちの中には、一部、悪魔崇拝主義である、「悪魔教」の信者たちも、混じっていただろうと推察しています。

まさに、関東で起こった、「生麦事件」は、関西でも起こっていたのです。

だから、ある意味、この事件の犯人たちは、まともなフランス人たちではなかったと思います。

 

最終的には、隊長を含め、20~30代の20名が、決まったそうです。

処刑は、事件から8日経った2月23日、前述した「妙国寺」で執行されたそうです。

 

これは、処刑された藩士たちが、辞世の句を書いている場面だそうです。

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フランス側からの立会は、艦長と水兵たちだったようです。

ここで、土佐藩士たちは、最後の最後で、フランス兵たちを相手に、意地を見せつけています。

なんと腹を切った後、自らの腸を掴みだして、それを、フランス兵たちに、投げつけ、恫喝したというのです。

 

この時の土佐藩士たちは、とても職務に忠実な人々だったようです。

そこで、

「自分たちは、正しいことをやったのに、なんと理不尽な処罰だ!」

こう思って、無念だったのだと思います。

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この一連の流れ、「堺事件」は、フランス側の記録があるため、事実みたいです。

艦長も、さすがにショックが大きかったようで、フランス側の死者と同じ、11名の土佐藩士が切腹したところで、処刑中止を要請したようです。
日本側も、これを受け入れ、残りの9名は助命されたそうです。

 

ここが、その切腹した現場です。

現在は、とても穏やかな庭になっています。

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土佐藩士たちの墓の前で、記念撮影しました。

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無念の切腹をした、11名の墓です。

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寺を出るときに、皆で記念撮影しました。

いつも、暗いテーマの時は、明るい女神たちが、そのエネルギーを中和してくれます。

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その後、私たちは、前述した、「土佐藩士たちが、くじ引きをした神社」にも、行きました。

大阪市西区にある、「土佐稲荷神社」です。

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ご存じのように、「稲荷=聖母マリア」でしたね。

「マリア」と「キリスト」の意味だと思います。

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拝殿です。

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「稲荷」と「三菱」、この両者が融合した社紋ですね。

初めて見ました。

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皆で、参拝している場面です。

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「神馬」もいました。

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お稲荷さんです。

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「大黒天」の石像もありました。

「大黒天=キリスト」でしたね。

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ちなみに、「土佐」という文字を分解すると、こうなります。

「十」+「ノ」+「大」+「工」+「人」

=「十字架の人」+「大工の人」

=「イエス・キリスト」

面白いですね。

 

もしかしたら、「くじ引き」をやりにきた土佐藩士たちは、全員、「キリスト意識」をもったメンバーだったかもしれません。

「キリスト意識」とは、「自己犠牲」の精神です。

「世の中の人々の罪を、全部、自分が引き受ける。自分が生贄の羊となり、皆を助ける」

こういう、私利私欲のない意識のことです。

 

境内には、「石宮大神」と書かれた摂社もありました。

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この摂社の裏には、石がありました。

「宇宙」のエネルギーを感じたので、おそらく、「隕石」だと思います。

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同行したメンバーも、触りまくっていました。

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「ウサギ」の石像もありました。

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意味深ですね~!

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狛犬も、ユニークでした。

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これは、東京に戻ってから、気が付いたことです。

「土佐稲荷神社」の地上絵も、伊勢神宮などと同じように、「トラベラー」になっていました。

シュメール神話の「エンリル」が、この神様の正体だと思います。

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わかりやすいように、赤い補助線を描きました。

「アタマ」と「目」と「手」と「イス」も書きました。

「長頭人間」にも見えるし、「ウサギ」にも見えますね。

「右(東)」を向いていますね。

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興味深いのは、この地図を広範囲で見ると、「右(東)」の方向に、歩いてもいける距離に、お寺があるのがわかわりました。

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この青い池が、目印ですね。

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 「和光寺」という名前の寺みたいです。

これだけ近ければ、昔は、「土佐稲荷神社」と「和光寺」は、同じ敷地内だった可能性もあります。

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その寺の境内にあるのが、この池みたいです。

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江戸時代に描かれた絵です。

「阿弥陀池」というそうです。

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もうわかりましたね。

 「土佐稲荷神社」の本当の御神体は、「阿弥陀池」なのだと思います。

そうです!

これは推測ですが、土佐藩士たちがやった、「くじ引き」とは、「あみだくじ」だったのだと思います。

まさに、「命懸け」の「くじ引き」だったのだと思います。

 

この時に、同行したメンバーたちと、話題になったのは、

「どちらを決めたのかな?」

ということです。

つまり、

「くじに当たった人が、処刑されたのか? それとも、くじに当たった人が、処刑されなかったのか?」

ということです。

もっと言うと、この時の土佐藩士たちは、

「処刑されたかったのか? それとも、処刑されたくなかったのか?」

ということです。

 

これは、わかりません。

しかし、もしも全員が、「キリスト意識」をもっていたとしたら、

「自分が、処刑されます!」

こういう武士たちばかりだったのかもしれません。

 

現代の日本人だったら、

「自分だけは、死にたくない!」

こういう人ばかりだと思います。

しかし、昔の武士は、

「自分から、先に死にます!」

こういう精神の人も、多かったと思うのです。

 

そして、こういう、「命懸け」の精神をもった男たちは、どんな職業であっても、「いい仕事」をしていたと思います。

 

どこかで聞いた話です。

ご存じのように、ほとんどの武士たちは、「長刀」と「短刀」の2本の刀を常に、持ち歩いていましたね。

一説によると、「長刀」は、相手を斬るための刀で、「短刀」は、自分用だったそうです。

つまり、

「もしも、人様を斬ったら、その後、自分も切腹するのだぞ。それくらい、人様の命を奪うという行為は、大変なことなんだぞ。自分も一緒に、差し違えるくらいの状況でない限り、むやみやたらに、人を斬ってはいけないぞ」

こういう意味だったそうです。

 

切腹用の短刀です。

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これは、外国でも同じで、昔、イギリスのビジネスマンが、世界中で商談をまとめる時には、

「万が一、この商談がうまくいかなくなり、あなたに損害を与えたら、自分は死んでお詫びします」

こういう意味で、首にネクタイを下げていたそうです。

「ネクタイ」とは、「命懸け」の意味だったそうです。

 

昔の男たちは、このように、「命懸け」で、仕事をしていた人が、たくさんいたようです。

 

 

さて、ここからが本番です。

 

先日、仲のいい友人と、おしゃべりしていて、面白い気づきがありました。
その友人が、外国に留学に行きたいという話になったので、私が30歳の時に、アメリカに留学に行くことに、成功した話をしました。

たくさんの人が、経験したことがあると思います。

夢を叶えたいと思った時、ときどき不運が重なることがあります。
そういう場合、いくつかの解釈ができます。
一つは、
「そういう不運が続くということは、それをあきらめろというサインが、宇宙から届いている」
二つ目は、
「そういう不運が続いても、それをあきらめないかどうかという試験が、宇宙から届いている」

前者は、すぐに、あきらめる人が、よくやる解釈。
後者は、なかなか、あきらめない人が、よくやる解釈。
状況にもよりますが、私は、後者のあきらめない解釈をすることが多いです。

後者は、「試験」という単語も使いますが、他にも、「試練」と表現することも、ありますね。
私の友人の一人は、これを、「お試し」と言っています。
「宇宙からのお試し」という意味ですね。
「これだけの不運が続いても、それでもまだ、それをやりたいのですか?」
と、宇宙から再度、その夢を試されているということです。


「夢を叶えたい!」
と思った時に、その夢の「条件」をチェックすることで、ある程度、その夢が自分にとって、どの程度のものか計ることができます。


つまり、「好条件」だったら、それは、自分にとって、それほど叶えたい夢ではないのです。
逆に、「悪条件」だったら、自分が、本当に叶えたい夢だと思います。
「好条件」というのは、「恋愛」や「結婚」に、例えると、わかりやすいと思います。

「あの人は、金持ちで高学歴で身長が高く、ハンサムだから好き!」
こういうのは、「好条件」の「好き」です。
「~だから好き」
というのは、どちらかというと、「世間」の価値基準に合わせた、つくられた「好き」なのです。

逆に、
「あの人は、貧乏で学歴もたいしたことなく不細工、それでもなぜか好き!」
こういうのは、「悪条件」の「好き」です。
「~にも関わらず好き」
というのは、本当に自分の心の奥底から、湧きあがってくるような、自然の「好き」だということが、多いのです。


1996年に、私が、「アメリカ留学」という夢をもった時は、まさに、この後者の「悪条件」の中での決断でした。
「まず、お金がまったくない。それどころが、多額の借金を抱え込んでいる。さらに、アメリカには、誰も知り合いもしない。英語もまったくしゃべれない...」
こういう悪条件に、悩まされていました。

「それでも、筋トレをアメリカで学んでみたい! 本当のウエイトトレーニングを本場のアメリカで勉強したい! そしてできれば、パワーリフティングの世界大会に出場してみたい!」
こういう夢を抱いて、毎日悩んでいました。

詳しいことは省略しますが、結果的にこの夢は叶いました。
1997年の5月に、アメリカに留学することができ、3年後の2000年には、パワーリフティングの世界大会で、見事に優勝することできました。

今でも、
「よく、あの時、あんなミラクルが起こったな...」
と、しみじみと当時のことを、思いだすことがありますが、最近、忘れていた出来事を、思い出しました。

それは、1996年の秋だったのですが、人生に行き詰り、もうどうしようもなくなって、アメリカ留学に行こうと思ったのですが、前述のように、悪条件ばかりで、しかも、やる気をなくすような不運も、バンバン起こりました。

くじけそうになった時に、やぶれかぶれで、フッと頭に浮かんだ言葉が、
「命懸け」
でした。
つまり、
「命をかければ、人間には不可能なことなど、ほとんどない」
という当たり前の結論にいたったのです。


実際に当時、
「このままでは、自分らしく生きられないので、これから先の人生は、死んだも同然の人生に、なりそうだ...」
という危機を、感じていました。
「今のこの時期に、アメリカ留学に行かなければ、自分の人生はダメになる...」
と思ったのです。


そこで本気になって、いろいろな人に、アドバイスや意見を求めました。
すると、当時、東京の恵比寿にあるトレーニングジムに通ってたのですが、デビットというアメリカ人が、面白い話を聞かせてくれました。

私が彼に、
「デビットさん、私はどうしても、アメリカに行きたいんですよ。でもお金がまったくありません。どうすればいいか教えてくれませんか?」

こう聞いたら、日本語がペラペラの彼は、ニコニコ笑いながら、
「そうですか。それは、素晴らしいですねー。実は、私も同じように、どうしても、日本で、武術の勉強がしたくて、ここに留学に来ました。実は私も、アメリカでお金が、まったくありませんでした」
こう言いました。

それから、続けて、
「トーマさん、もしどうしてもというのでしたら、私が、いいアルバイトを紹介しますよ。私も、このアルバイトで、大金を獲得して、日本に留学できました。ただし、これは、命懸けのアルバイトです」
こう言ってきました。

私が、
「もう命を懸ける覚悟は決まってますよ。そのバイト、紹介してください!」
こうハッキリ言うと、彼は、急に真顔になって、
「トーマさん、これは、1日に、1万ドルになるバイトです。日本円では、100万円くらいですね。誰にでもできる簡単な仕事です。ロサンゼルスの空港から、ビバリーヒルズまで、車に乗るだけの仕事です」

それから、さらに真剣な目で、
「ただし、依頼主は、アメリカのマフィアのボスです。つまり、ボディーガードの仕事です。その車で移動している間に、敵のグループ、襲撃してきたら、盾になって、ボスを、守るのが仕事です。もし、そこで逃げたりしたら、その場で、仲間から射殺されます」
こう言いました。

ちょっと、ビックリしましたが、私が真剣な顔で、
「オッケイですよ! やりましょう。ぜひ、そのアルバイト、紹介してください!」
と言ったら、彼は、大笑いして、
「あはは。日本人で、このアルバイトやると言った人、あなたが初めてですよ! 本気なんですねー! いいですね。その気持ちがあれば、人生は必ず成功しますよ」
こう言いました。

それから、
「大丈夫ですよ。防弾チョッキもちゃんと着けるし、襲撃される確率は、10分の1らしいです。10回のうち9回はただのドライブですよ。あはは」
こう笑いながら、言いました。
それから、アメリカで、そのアルバイトをやる時の連絡先などを、教えてもらいました。

結果的には、それから不思議なミラクルが、次々に起こって、そのアルバイトを、やらなくてもいいことになったのですが、今考えたら私は、それくらい本気だったということです。

本当に、自分の命を懸けて、夢を叶えようとしたのは、その時くらいだったかもしれません。
人間の人生には、1回くらい、「命懸け」で、やらなくてはいけないことが、あるのかもしれません。

もちろん、競馬や宝くじなどのギャンブルに、全財産を賭けるというようなバカな真似は、論外ですが、人生において、本当に大事な場面では、本気で命を懸けるような勝負も、大切だと思います。

思いだします。
当時、自分の部屋で、マフィアのボスが襲撃されそうになって、自分が、それを盾になって守るのを想像しながら、なるべく弾が、当たらないようなイメージトレーニングをやっていたことを...。(笑)


昔のブログ記事にも書きましたが、ビジネスにおいては、「ホワイトマジック系」と「ブラックマジック系」の二つが、あるそうです。

前者は、特に問題ないのですが、後者の場合は、昔は、「羊」などの「生贄」を捧げることによって、宇宙から、パワーをもらっていたそうです。
この生贄を捧げる儀式を、やらないと、いまひとつパワー不足らしいです。
ただし、この生贄を捧げることによって、いろいろな副作用も生じるそうです。

それでも、このパワーを、欲しいと思う人は、
「自分を生贄にする」
という行為は、比較的副作用もなく、夢を叶えやすくするような気がします。
つまり、「命懸け」で、本気で夢のために動くということですね。


命を懸けるくらい、本気になったら、ほとんどの夢は、叶うということです。
また、不思議なのは、そうやって、腹を括ったら、逆に命を懸けるような危険なことは、起こりにくくなるということです。
一見、安全そうに見えても、本当の自分の人生を生きなくなるほうが、危険なのです。
逆に、危険に見えても、本当の自分の人生に、勇気をもって、一歩踏み出したほうが、安全なのです。

もし、現在、人生に行き詰って、苦しんでいる方がいたら、
「自分は、本当の人生を生きているだろうか?」
と、自分に問いかけてみてください。
もし、そうじゃなかったら、過去に一度、あきらめてしまった夢を、思いだしてみてください。
それから、その夢を、もう一度叶えてみたくなったら、ぜひ本気で、再挑戦してみてください。
そして、その時は、ぜひ、
「命懸けで挑戦してやる!!」
という気持ちで、人生に向かっていってください。
その気持ちは、宇宙に届いて、素敵なミラクルが起こるかもしれません。

 

調査の旅の途中で、大阪府堺市にあるレストランで、皆でランチしました。

あとから気が付いたのですが、店の名前が、「羊の家」でした!

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とても美味しかったです。

また行きたいですね。

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大阪市西区では、ファミリーレストランの「ロイヤルホストで、打ち上げをしました。

後から、知ったのですが、「土佐稲荷神社」と「阿弥陀池」、この二カ所の中間点にありました。

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大阪の調査の旅も、とっても楽しかったです。

また、秋に行きますね。

 

 

 

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東京セミナー ~悪の根源~

今日の昼間、用事ができて、都内のJR五反田駅の近くに、立ち寄りました。

雨雲が出てきて、薄暗くなっている風景の中、久しぶりに間近で、ヒマワリを見ました。

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これを見ていたら、また、「ヒマワリ」の話を書きたくなりました。

大切な話だと思うので、再掲載しますね。

 

 

ほとんどの人は、大人になった現在よりも、子供の時のほうが、楽しかったと感じていると思いますが、私は逆です。

子供の頃は、辛かった思い出のほうが多いです。

特に、中学時代の「いじめ」の頃には、もう二度と戻りたくありません。

大人になった今のほうが、とても自由を感じ、毎日が楽しいです。

 

自分自身の中学時代の「いじめ」を思い出してみると、やはり、酷いいじめだったと思います。

現代の日本には、たしかに、「戦争」はありませんが、ある意味、状況によっては、それと同じくらい過酷な、「いじめ」という戦いがあります。

 

どうして、あの時期に、いじめ体験をしたのかを、いろいろな角度から分析してみました。

要因は、たくさんあるのですが、いじめの一番の理由は、

「同じメンバーで長期間、同じ場所で生活すること」

というのが、根本にあるたいです。

 

ご存知のように、小学校と中学校は、義務教育です。

実際には、義務と言っても、

「子供が、教育を受けなくてはいけない」

という義務ではなく、

「親が子供に、教育を受けさせなくてはいけない」

という義務らしいのですが、ほとんどの子供は、

「学校には、絶対に行かなくてはいけない」

と思いこんでいます。

 

これが、いじめ問題の根本にあると思います。

小学校の頃は、それほど体力がないので、悲惨な結果になることは少ないのですが、中学校あたりから、体力がついてくるので、いじめも悲惨な結果になりやすくなります。

特に学校の場所が、都会ではなく、田舎だったり、島だったりと、転校しにくい環境だと、いじめは酷くなるような気がします。

 
日本の歴史において、いじめが特に酷かったのは、江戸時代の牢獄、そして第二次世界大戦の頃の海軍だったという話を聞いたことがあります。

両方とも逃げられない空間で、権力をもった強者が、弱者をいじめるという構造です。

外国も、そうかもしれませんが、旧日本軍において、陸軍のいじめは海軍に比べたら、少なかったそうです。

それは、陸軍は陸地だから、いざという時には逃げられたということ。

そして、部下も銃を持っていたので、あまり酷いいじめをやりすぎると、戦場でどさくさに紛れて後ろから、部下に撃たれるという危険性も、あったからだそうです。

それに対して、海軍は海の上の船の中だから逃げ場がないこと。

そして、部下は銃を持っていない人が多かったので、戦場でも仕返しができなかったからだそうです。

 

現代でも、義務教育期間の小学校と中学校は、逃げ場がないです。

だから、いじめが酷くなりやすいのです。

逆に高校や大学は、それほどでもないのは、問題を起こすと退学にされるということと、行く義務はないからです。

社会人になっても、移動や転勤の少ない職場で、いじめは起こりやすいような気がします。

 
「では、どうすれば、いじめは少なくなるのか?」

ということですね。

これは、上記の逆をやればいいのです。

つまり、

「なるべく同じメンバーで長期間、同じ場所で生活しないようにする」

これをやれば、いじめは少なくなるということです。

 

大学など、たくさんの科目があるところは、授業のたびに、違う選択科目に移動するので、必修科目の多い中学校に比べると、いじめは起きにくいみたいです。

だから、会社などでも転勤したり、移動になるのはいいことだと思います。

環境が変わると、リフレッシュできるからです。

 

正社員にならずに、派遣やアルバイトをするのも、苦しい人間関係から比較的逃げやすくて、いいことだと思います。

人間関係が苦手な人は、いつでも自分を逃げやすい環境に、おいておくのも一つのテクニックだと思います。

 

同じ会社にずーっと長くいると、どうしても、いじめは起きやすくなるのです。

あまりにも苦しかったら、辞めて別の会社に転職するなり、自分で起業すればいいのです。

私などは起業して、23年になりますが、この間、いじめの体験など一度もありません。

時間も空間も束縛されないし、人間関係でも、つきあわなくてはいけない義務の関係が、まったくないからです。

自分が毎日、心地よく生きているので、自分にもやさしくなれるし、周囲のにもやさしくなれます。

やはり、これが人間らしい生き方なんだと思います。

 


「精神世界」を学んでいると、この世界以外にも、たくさんの世界が存在していることが、わかってきます。

別の惑星に、文明が存在していることや、死後の世界も実在していることなども、どんどん、わかってきます。

この世界への執着が、少なくなってきます。

「地球だけに、文明が存在しているわけではない」

「人生は、この人生だけで終わりではない」

こういうことが、どんどんわかってくると、精神的にとても自由になります。

人間は、精神的に不自由になると、他者をいじめたりすることが多いみたいです。

精神的に自由になると、やさしくなるものなのです。

 

「神との対話」という本の中に、こういう一文がありました。

「神は自由である」

この言葉が、とっても好きです。

「自由な意識状態になって、はじめて、人間は神を感じることができるようになる」

ということです。

 
今、「いじめ」を体験している人たちは、おそらく、不自由な時間と空間で生活していると思います。

「不自由な意識」

これが、自分も他人も苦しめるのです。

そうやって、苦しんでいるときは、なるべく、自分のできる範囲で、自由な時間と空間に、自分をおいてあげてください。

「自由な意識」

これが、自分にも他人にも、やさしくなれる唯一の方法なのです。

 


6年以上前、「いじめ」を、テーマにしたドラマ、「ライフ」をDVDで観ました。

凄く深い内容でした。


「いじめ」を、テーマにした、ドラマは昔からあります。

私が中学くらいの頃は、「3年B組 金八先生」などでも、たまにとりあげていました。

あと、野島伸司脚本の「人間・失格」なども、「いじめ」を扱っていましたね。


「ライフ」というドラマを、観た感想は、

「最近の若者、特に女性は、いじめ方が複雑になっているみたいだな…」

というかんじでした。

男性のいじめは、どちらかというと、腕っ節にものをいわせるような単純な力関係が、多いのに対し、女性のいじめは、もっと集団心理的で、複雑な力学が働いているようです。


いつの時代にも、どこの土地でも、いじめ問題はありますが、現代の日本は、集団による「無視」などの心理攻撃、そして、メールやラインなどを利用した「誹謗中傷」や「悪質な噂」など、責める武器も、高度になっているみたいです。

「ライフ」というドラマは、もちろん、フィクションですが、現実にも、これに近い事件は、たくさん起こっています。

 

ドラマのキャッチコピーには、

「あなたも、友達のフリをした悪魔ですか?」

という言葉が、書いてありました。


自分も、この「友達のフリをした悪魔」に、何回か会ったことがあります。

本当に最初は、「いい人」の顔をして、近づいてくるのですが、だんだん、

「この人、やばい…」

と気がつくことがあったのです。

「仲良しだと思って、一緒にいるけれど、だんだん、自分は利用されてるような気がしてきた…」

「あれっ? 変な噂、流されてる?」

「最初は楽しかったけど、長く付き合っているうちに、なぜか最近、疲れてくる。エネルギーを、吸い取られているみたい…」

すこしづつ感じてくる、微妙な違和感。

 

やっかいなのは、その人自身には罪の意識はほとんどなく、半分くらいは無意識的にやっている行為だということです。

最近では、この友達顔で近づいてきて、自分の人生を蝕む敵のことを、「フレネミー」と表現したりするようですね。

「フレネミー」とは、「フレンド(友達)」と「エネミー(敵)」を合わせた造語で、「友達の顔をした敵」のことだそうです。

 
ドラマの中では、女の子同士で、よく、

「私たち、友達でしょう?」

と何度も確認しながら、相手を追い詰めていく場面がありますが、これなどは日本人が、

「皆、仲良くしなくてはいけない」

と思っている弱点をついた、いじめだと思います。
友達のフリをした悪魔は、よくこの手口を使います。


しかし、だんだん、いじめらている主人公の女の子も、この巧妙な心理トリックに、気がつき、

「あなたたちのような友達は、本当の友達ではない! あなたたちのような友達を友達というのなら、私は、友達なんかいらない! 一人のほうがマシだ!」

と叫ぶ場面があります。

そのとおりだと思います。


考えてみれば友人関係にも、いろいろな関係があります。

利害で結びついている仲。

恐怖で支配している仲。

愛情で付き合っている仲。


ドラマの中でも、

「本当の友達の関係とニセモノの友達ゴッコは、まったく違う」

というような話がでてきます。
「本当の友達関係」というのは、

「苦しいときにも助け合える関係。そして、お互いに相手が間違ったことをやったら、注意したり、叱ったりしあえる関係」

なんだと思います。


学校を卒業したり、会社を辞めた後、

「別に無理して、会うほどの人ではないな…」

と思うような友人は、もしかしたら、「ニセモノの友情」だった友人かもしれません。

逆に、

「あの人、どうしているかな? 久しぶりに会いたいな…」

と思うような友人は、「本当の友情」で結びついていた友人だったのだと思います。

 
このドラマの中で、主人公の女の子が、大事にしていた「ヒマワリ」を意地悪な男の子に切られて、踏みつけられる場面があります。

その後、彼女にできた本当の友人たち、二人が傷ついた彼女を、夏休みの旅行に誘うのですが、そこは、たくさんのヒマワリで溢れた、ヒマワリ畑のような場所でした。


そのひまわり畑の中で、本当の友人の女の子が、

「学校なんて世界は、ちっぽけな世界だよ。ちょっと外の世界に出かけたら、こんなに広い世界が、私たちを待っているんだよ」

と慰める場面があります。


また、

「ヒマワリっていう花はね、いつも太陽のほうを自然に向いているだよ。だから、大きく成長できるんだよ。人間も、世の中の闇ではなく、光のほうを常に見るようにしていれば、ヒマワリのように大きく成長できるんだよ」

と言います。


最後に、

「ヒマワリの花言葉はね、『あなたは、素晴らしい』だよ!」

と言う場面がありますが、感動して涙が出てきました。


他にも、花言葉はあるみたいですが、このヒマワリの花言葉、

「あなたは、素晴らしい」

という言葉は、自分のハートの奥に、じわーっとしみこんできました。

 


私自身も、学生時代、いじめられた体験があり、勉強やスポーツができないで、苦しんでり悩んだ時期もありました。

でも、それは、学校教育の中には、自分の好きなものや得意なものが、なかったからでした。「学校」などという空間は、自分にとっては狭すぎたのです。


20歳になってから出会った、「パワーリフティング」という競技では、たくさんの大会で優勝したのですが、この競技に出会うまでは、自信がなく劣等感の塊でした。

でも、ドラマの中の台詞のように、いつもなるべく、「光」のほうを見るようにして、ポジティブシンキングを心がけ、歯を食いしばってがんばっていました。


おかげで、少しづつですが、自分に自信をもてるようになりました。

「自分は、素晴らしい存在だったんだ…」

と、気がつくまでには、長い年月がかかりました。
このヒマワリの花言葉は、自分の学生の頃のトラウマを、深く癒してくれました。

 


<参考>


「フレネミー(frenemy/frienemy)」

friend(友人)+enemy(敵)からの造語

フレネミーとは、フレンド(友達)とエネミー(敵)を合わせた造語で、友達の顔をした敵。

親しくするように見せかけて、相手を陥れようとする人。


(フレネミーの特徴)

○情報通であろうとする(情報仕入れのために根掘り葉掘り)
○自分の好みや情報を押し付けてくる(子分にしたがる)
○八方美人(日々陰口満載でも、「こんにちわー」と、明るいトーンで話しかける)
○ヒソヒソ陰口を、共有・拡散するのが好き(情報操作、陥れるのも得意)
○どこかで他人を馬鹿にしている
○他人の幸せが面白くない(幸せアピールしたら、大変な目に遭う)
○気が強く嫉妬心が強い
○ウソが上手
○利益を得られるコネクションを常に探している
○長く付き合っている友だちがいない
○向上心が強い割に、飽きっぽい
○不幸自慢がウマイ
○テリトリー意識が強い

出会って早々に、相手を親友扱いし、そのあと、その相手が他の友達と交流することを極端に嫌う。

周りの友達の悪口を並べ立て、周囲からその相手を孤立させるのが特徴。

しかし、対等な友人関係ではなく、自分がいかに優れているかを、周囲に見せつけるために、 さりげなく、その相手が自信を喪失するようなことを繰り返し、奴隷に対して、「女王または王様」として、君臨しようとする。

 

 

前置きが長くなりましたが、セミナーの案内です。

8月30日(日)と9月6日(日)の東京セミナー、両日とも満席になりました。

まだ、受講希望者が多いようなので、9月22日(祝・火)に、追加セミナーを開催することにしました。

 
‪2019年3月から、‬「悪の根源」というテーマで、全国各地で、このセミナーを開催していますが、毎回、衝撃と感動の波動で会場全体が包まれます。

ようやく、ずーと調べていた、戦争や陰謀のことを、とうとう全て解明することができました。
地球における悪の枢軸は、悪魔のような極悪人ではなく、「絶対平和主義」で、「神の愛」の持ち主達でした。
この究極のパラドックスに、いつも皆さん、呆然とします。‬

 

振り返ってみれば、ちょうど平成の世に入ったばかりの頃から、世界の裏側を調べてきました。

だから、もうこれについて考え始めて、30年以上になります。

そして、そのファイナルアンサーが、とうとうわかったのです。

これを知った時に、人類史の本当の根源がわかり、魂が喜び、そして、癒されていくのがわかりました。

 

「陰謀論」を調べている人は多いのですが、

「地球の支配者たちが、私利私欲のために、お金と権力のために悪さをしている」

こういう結論ばかりです。

しかし、よく考えてみてください。

たしかに、こういう人たちもいるのですが、だいたい、下っ端で一部のグループです。

本当のトップの人たちは、お金も権力も、ずでに有り余るほど持っているのです。

だから、そんなことをする必要などないのです。

「どうして、その悪さをしているのか?」

この根源的な問いに、ちゃんと答えられる人は、とても少ないということです。

 

「悪」にも、いろいろな種類があります。

もちろん、ニュースで目にする犯罪など、一般的でわかりやすい「悪」もあります。

しかし、地球上から、なかなか戦争が無くならないような、「究極の悪」は、人知を超えている部分もあるので、なかなかわかりにくいのです。

 

その答えは、2014年から始めた、宇宙考古学にありました。

なんと、720万年前に行われた、人類と宇宙の創造主との契約だったのです。

この時の「神との契約」が、「悪の根源」だったのです。

その場所は、日本から始まっていました。

そして、この歴史こそが、日本の天皇家の真実の歴史でもあり、最大の秘密だったのです。

 

この究極のファイナルアンサーを知った時に、私は、しばらく目から涙が止まらなくなりました。

話を聞いた友人たちも、そうなる人が多かったです。

それは、世界情勢や政治や軍事だけではなく、私たちの普通の日常生活の中にも、影響していたからです。

自分の中の一番奥底にあるトラウマが、癒されるのです。

 

前述したように、私は、中学生の頃、大変な「いじめ」をうけていました。

自殺したくなるほど、辛かったです。

その時に、思ったのは、

「どうして、この世界には、平気で人をいじめる人間と、いじめられる人間が存在するのだろうか?」

このことです。

 

いじめてくる連中も憎かったし、本当に殺してやろうかと思っていましたが、もっと嫌だったので、いじめをやるよう最低の連中に、歯向かえずに、言いなりになり、殴られっぱなしになっている情けない自分が、もっと嫌いでした。

肉体的も苦しかったのですが、精神的な苦しさは、もっと過酷でした。

 

 周囲の友人たちは、

「一言でも言い返したり、一発でも殴り返したら、いじめは終わるよ」

こう簡単に言いました。

でも、それができないから、苦しんでいたのです。

 

古代史をとことん学んでわかったのは、それは、太古の大昔、地球が始まったこ頃に、創造主が、そういうDNAを、一部の人類にプログラムしていたのです。

ある意図と目的のために…

 

この真実は、現代において、学校や職場など、ありとあらゆる所で行われている、「いじめ」の問題のファイナルアンサーでもあります。

そして、全ての地球の歴史を解く、鍵であり、現代社会の構造そのものでもあったのです。

 

私は、これを知ってから、「平成」の最後の時期に、心の底から、「平安に成る」という状態になることができました。

これによって、私の「平成」の時代は終わったのです。

 

ここから先は、話がとても長くなります。

ご存じのように、現在の世界情勢も、大激動しています。

この大切な時期に、この凄い内容をお伝えしようと思います。

たくさんの人ではなく、「本当に、世界の真実を知りたい!」という方のための少人数セミナーになります。

 

 

<東京セミナー ~悪の根源~>

 

<満員御礼! 予約申し込み、締め切らせていただきました。ありがとうございました。キャンセル待ちもできますが、10月4日(日)に、同じ内容で、追加のセミナーも予定しています。よかったら、こちらにご参加ください。>

 

〇日時:2020年9月22日(祝・火)13時45分(受付開始) 14時00分~17時00分

〇場所:東京都大田区西蒲田にある、私のオフィスで開催します。
詳しい住所などは、別途、メールにて連絡させていただきます。

〇内容:この世界の悪について、古代史から現代までの流れを話します。

とてもユニークな戦争論になると思います。

〇定員:10名 深い話がしたいので、少人数とさせていただきます。
定員に達し次第、申し込み締め切らせていただきます。

〇受講料:2万円 
お振込み方法などは、別途メールで、ご連絡いたします。

〇その他:セミナー終了後、懇親会も予定しています。
こちらも、時間や場所などは、別途、ご連絡いたします。


☆参加をご希望の方は、私、トーマまでメールお願いします。
お手数ですが、メルアドはコピーして貼り付けてください。
最近、メールが返信できないことが増えています。
3日経っても、私から返信がない場合は、別のメルアドから送信してみてください。

トーマ
toma_atlas@yahoo.co.jp

 

 

PS この世界は、「光と闇」の陰陽で、構成されています。

そして、その闇には、いろいろな種類があるようです。

しかし、「究極の光」と同様に、「究極の闇」は、やはり、「愛」だったのです。

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平和の少女像 

毎日、凄い暑さですね~!

こんなクソ暑い中、まだ、「マスク真理教」の信者たちが、街中にウジャウジャいるのに驚きます。

 

すでに、ドイツやイギリスなど、諸外国では、「新型コロナウイルス感染拡大」という大嘘がバレて、100万人以上の人々が、大規模なデモを行っています。

コロナ後進国である日本でも、そのうち、このムーブメントは広がると思います。

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この記事は、衝撃作である「赤い靴」、それから、「生麦事件の真相」の二つの記事の続編になります。

こららの過去記事を読んでいないと、内容がわからないと思うので、まだ読んでいない方は、先に、こちらから読んでから、今回の記事を読み始めてください。

 

〇「赤い靴」

https://tomaatlas.hateblo.jp/entry/2020/04/02/231637

 

〇「生麦事件の真相」

https://tomaatlas.hateblo.jp/entry/2020/07/21/174133

 

 

8月8日(土)から10日(月)まで、主に宮城県で調査旅行をしていました。

その最終日に、郡山市で、例の爆発現場に行く機会があり、そこの現場でも現地調査しました。

詳しいことは、別の機会に旅行記でまとめます。

今回は、ちょっとだけ書いておきます。

 

郡山市の事件現場に、着きました。

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近くで見ると、凄い迫力です。

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爆風で、シャッターが凹んでいます。

f:id:tomaatlas:20200811132804j:plain

 

こちらも、窓にヒビが入っています。

f:id:tomaatlas:20200811132742j:plain

 

表のメディアでの報道では、

「ガスボンベの爆発が、事件の原因である」

こういう内容ですが、もちろん、これは表向きの話です。

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実際には、もっと複雑な事情があり、複数の理由で起こった事件だと思います。

そのうちの一つが、新しくできた小型核爆弾の実験だった可能性もあります。

福島の旅行記でも紹介した、比較的安全な核爆弾、つまり、放射能が短時間で無害になる設計で、製造された兵器かもしれません。

f:id:tomaatlas:20200811133021j:plain

 

「福島アースツアー」で、

「福島県は、地球のひながたであり、縮図でもある。だから、福島県で起こったことは、世界でも起こる」

こう書きましたが、そのとおりになっていますね。

 

記念撮影しました。

f:id:tomaatlas:20200811132935j:plain

 

この事件の後、立て続けに地球全でも、爆発が相次いでいます。

おそらく、日本の福島県で、実験をした後、今度は、次のステップである、地球全体での爆破に移行したのかもしれません。

 

ロシアでの爆発です。

f:id:tomaatlas:20200811133422p:plain

 

現在、ネットで囁かれている噂に、興味深いものがありました。

最近、爆発が起こっている国名の頭文字を並べると、ある文字が浮かび上がってくるという話です。

「レバノン」、「アラブ首長国連邦」、「イラク」、「中国」、「イラク」、「フランス」、「イギリス」、「ロシア」です。

 

こうなります。

L=Lebanon

U=UAE

C=Chaina

I=Irag

F=France

E=England

R=Russia

「ルシファー (Lucifer)」ですね~!

凄いですね~!

 

「ルシファー」の石像です。

f:id:tomaatlas:20200811133439j:plain

 

「ルシフェリアン」ともいわれている、悪魔崇拝主義者たち、つまり、「悪魔教」のグループの意味ですね。

現在では、「カバール」や「ディープステート」とも呼ばれていますね。

だとしたら、現在、「Qアノン」と呼ばれているグループとの激戦が、知られていますが、一連の爆発事件は、やはり、この戦いに関係しているということですね。

 

「悪魔教」とは、「赤い靴」に関わった、悪のグループです。

こういう組織も、そうですね。

よく見ると、「赤いハイヒール」と「黒いハイヒール」の絵ですね。

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これらのグループも、「カバール」と呼ばれている組織の一部であり、現在、トランプ大統領をリーダーにした、「Qアノン」というグループが、戦っているようです。

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過去記事の「赤い靴」でも書いたように、この組織は、太古の昔から現在まで、世界中で、子供の誘拐に関わり、沢山の子供たちを生贄の儀式で殺し、その子たちの脳内物質である、「アドレノクロム」という物質を抽出して、その液体を飲むという行為を繰り返してきたようです。

 

彼らは、殺した子供たちの生皮で、「赤い靴」を作り、それを履くという狂人たちです。

「悪魔教」のメンバーです。

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最近では、この情報も急速拡大で、世界中に広がっていますね。

アメリカでは、こういう看板も設置されているそうです。

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凄い時代に突入していますね。

 

 

さて、旅行記です。

先週、東京都内で、仲のいい友人たちと、裏の歴史の調査をしました。

 

場所は、「JR高輪ゲートウエイ駅」の近辺でした。

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この駅で降りたのは、初めてでした。

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暑い中、汗をダラダラ流しながら、目的地に向かいました。

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「生麦事件の真相」でも書いたように、幕末の頃には、鎖国が終わり、開国した途端に、沢山の良い外国人も、入国したのですが、同時に、一部の悪い外国人も、日本に入ってきました。

 

それは、当時の江戸でもあったようです。

その事件が、「東禅寺事件」です。

 

「東禅寺」に着きました。

扉には、意味深な形のシンボルがありました。

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「最初のイギリス公使宿館跡」と書かれた石碑がありました。

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案内板を読みながら、皆で、意見交換をしている場面です。

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現在の境内は、ひっそりと静まりかえっていました。

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拝殿に着きました。

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拝殿です。

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「東禅寺事件」は、江戸時代末期に、攘夷派志士が、東禅寺に置かれたイギリス公使館を襲撃した事件です。

1861年7月、1862年5月に、事件は2回発生したようです。

この2回の事件のすぐ後、1862年9月に、有名な「生麦事件」が起きているようです。

 

いろいろ調べると、当時の日本に本格的に、「悪魔教」が進出したことから、始まっているようです。

そして、この動きに気が付き、本質を見抜いた侍たちが、西洋から来た悪魔どもに、正義の鉄槌を下したというのが、真相みたいです。

正義の志士たちが、悪魔どもを斬ったということです。

 

その後、1922年(大正11年)に、「赤い靴」の唄が、作詞作曲されています。

これは、前述したように、

「赤い靴をはいた女の子」

こういう意味ではなく、実際には、

「赤い靴にされた女の子」

これが、真相だったみたいです。

やはり、明治維新や大正時代から、日本人と悪魔教の戦いは、始まっていたと考えたほうがいいと思います。

 

境内は、過去に、そんな暗黒の歴史が、ここであったことを感じさせないくらい、穏やかで平和な空間が広がっていました。

 

仏像です。

なぜか、オレンジ色の帽子を被っています。

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三重塔の前で記念撮影です。

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ここからさらに、ちょっと歩いた場所にある寺にも行きました。

「承教寺」という名前のお寺です。

距離的には、昔は、「東禅寺」とは同じお寺だった可能性もあります。

そのくらいの近さにあります。

 

着きました。

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とても珍しい狛犬がいました。

「件(くだん)」という怪物だそうです。

皆で、この狛犬を見て、盛り上がっている場面です。

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「件(くだん)」とは、19世紀前半ごろから、日本各地で知られる妖怪だそうです。

「件」=「人」+「牛」

この文字通り、半人半牛の姿をした妖怪だそうです。

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シュメール文明の狛犬ですね。

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斜めからの視点だと、たしかに、その説明通りの狛犬です。

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しかし、視点を変えて、正面から眺めると、「達磨」に見えます。

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これです。

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「生麦事件の真相」という記事でも、紹介しましたが、

「達磨」=「トマス」=「サンタクロース」=「サタン(悪魔)」

こうなります。

だから、実は、「達磨」の正体は、「悪魔教」のボスの意味なのです。

つまり、江戸時代には、この辺りのエリアは、「悪魔教」の拠点があり、そのリーダーが、住んでいたということです。

おそらく、この寺の近くのどこかにいたのだと思います。

 

境内の奥に向かいました。

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「赤門」がありました。

東京大学の「赤門」もそうですが、こうやって、赤色で塗られた門や建物は、東京大空襲などの災害から逃れているものも多いです。

旧約聖書に出てくる、「過ぎ越しの祭り」の意味が込められているのです。

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門の奥に、本堂がありました。

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釣鐘もありました。

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宇宙考古学的な解釈をすれば、この釣鐘は、太古の時代、インドの辺りで、核戦争をやった宇宙人グループが乗っていた、UFOの形と似ていることから、それを模した形の可能性も考えられます。

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この時の核戦争で、地球上に核爆弾を、108発投下したという説もあります。

大晦日に鳴らす鐘の音は、これからきているという話もあります。

「同じ過ちは、もう二度と繰り返さないぞ!」

こういう誓いを、毎年の最後に行う儀式が、「除夜の鐘」だということです。

 

わりと最近では、ナチスが、これと同じ形のUFOを製造していたみたいです。

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意味深な石碑もありました。

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この夜は、JR品川駅の近くのカラオケボックスに行き、アニメソング大会をしました。

楽しかったですね~!

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前置きが長くなりましたが、ここからが本番です。

 

横浜市の山下公園にある、「きみちゃん」の像です。

「赤い靴はいていた女の子」のシンボルとして、像になっていますね。

 

ここでは、たまにイベントも行われるようです。

演歌歌手が来て、ガールスカウトの女の子たちが、楽器の演奏などをやるそうです。

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これは、形を変えた抗議やデモだと思います。

つまり、あからさまに、「悪魔教」のメンバーに、抗議したり、敵対すれば、彼らも、金と権力を使って、抗戦してくるからです。

場合によっては、暗殺される人も出てくるかもしれません。

だから、こういうイベント、それから、「赤い靴」という唄に、メッセージを隠して、抗議していたのだと思います。

 

 「きみちゃん」の像が、太平洋を向いていますね。

これは、自分を殺した悪魔たちが、アメリカやヨーロッパにいることを、暗示しているのだと思います。

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ここで、ちょっと頭を柔軟にして、視点と思考の角度を変えてみてください。

 

ご存じのように、大昔から現在まで、世界中で、「悪魔教」の被害に遭っている国は、山ほどあります。

日本だけではありません。

だとしたら、日本以外でも、静かに、そして、それとはわからないように、形を変えて、「悪魔教」の組織に、抗議やデモをしている国や人々がいるはずです。

 

これは、フィリピンにある像だそうです。

韓国を拠点にしているグループが、設置したそうです。

最初に、世界中に、100以上の像を置いたそうですが、その後、9割以上の像は、撤去されてしまったそうです。

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これも、韓国の団体が置いた像だそうです。

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これも、同じく韓国に置いてある像です。

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「慰安婦像」や「従軍慰安婦像」と呼ばれている像です。

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 しかし、もう一度、よく見てください。

「従軍慰安婦像」であれば、18歳以上の女性が多かったはずです。

しかし、ほとんどの像は、「少女」ですよね。

だんだん、わかってきましたか?

 

メディアなどでは、表向き、

「慰安婦とは、第二次世界大戦中に、戦地で将兵の性の相手をした女性のことであり、一般に慰安婦というと、日本軍慰安婦を指すことが多い」

こういう説明が多いですね。

もちろん、これも事実です。

しかし、75年前の戦争中の売春の話を、今頃、蒸し返して、抗議をするというのは、いくらなんでも、バカすぎます。

連日の報道を見ていると、

「韓国の人たちは、バカばかりだな?」

こういう感想をもつ人が、ほとんどだと思います。

 

そうなのです。

これは、形を変えた抗議の意味も含んでいたのです。

つまり、

「悪魔教の生贄で、命を落とした少女たちに、謝罪しろ!」

こう言っているのです。

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そういう視点で、もう一度見ると、日本にある、「赤い靴をはいていた女の子(きみちゃん)」の像と、ソックリですね。

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見てください!

この少女が見ている方向にある建物は、韓国にある、「日本大使館」だそうです。

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この韓国の団体は、「日本軍」に抗議していたわけではなったのです。

世界中の「悪魔教」に、抗議をしていたのです。

その中の下部組織の一つとして、「日本の政治家」も含まれたいるということです。

「日本の政治家の中の悪魔達、殺した韓国の少女に、謝りなさい!」

遠回しに、こう言っているのです。

 

これも、有名な像ですね。

アメリカのグレンデール市にある像です。

この像に、花束を捧げているのは、市長みたいです。

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「グレンデール」という街は、昔、「悪魔教」から弾圧を受け、多くの国民が虐殺された、「アルメニア」から亡命した人たちが、たくさん住んでいる土地です。

 だから、悪魔たちが、どれほど、残虐で狡賢いかを、よく知っている所なのです。

だから、この抗議に賛同して、一緒にやっているのだと思います。

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極めつけは、この記事です。

「慰安婦」や「従軍慰安婦」という呼び方は、日本で報道される時に、無理やり意味を変えて翻訳されているようです。

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そうです。

元々、韓国で制作した人は、

「平和の少女像」

こう名付けていたようです。

繰り返します。

この像の正式名称は、

「平和の少女像」

これなのです。

世界中で、悪魔達から誘拐され、生贄の儀式で殺害された子供たちの象徴が、この像だったのです。

 

つい最近でも韓国で、この少女に、日本の安倍首相が、土下座している場面を表現した場面が、どこかの公園に設置されましたね。

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これは、「平和の少女像(生贄の子供たち)」が、「悪魔教(日本の安倍首相)」に、強制的に謝罪をさせている場面を、表現していたのです。

 

「今までに殺した子供たちに、謝りなさい!」

こう言っているのです。

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どうですか?

裏の歴史から読み解くと、世界情勢も、真逆に見えてくる部分もあるでしょう。

人間の歴史とは、とても奥深く、罪深い歴史ばかりなのです。

 

 

 

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