ここで、知らない方のために、沖縄の「ニライカナイ」のことも、説明しておきます。
ネットで検索すると、こういう説明です。
「ニライカナイとは、沖縄や奄美群島で、遠い海のかなたにあると信じられていた楽土。記紀の神話に登場する、常世の国に相当する」
この他にも、ユニークな解釈では、
「ネガイカナイ」
というのもあります。
つまり、「願いが叶う世界」という意味だというのです。
「どんな夢でも、実現する世界」ということですね。
一言で簡単にいうと、「ユートピア」だということです。
数年前から調べている裏の日本史において、最重要な出来事である、「補陀落渡海」をネットで調べると、あるサイトに面白いことが書かれていました。
だいたい、こういう内容です。
「補陀落渡海をやった僧の中には、黒潮の流れに逆らい、沖縄にまで辿り着いた渡海上人がいた。その僧は、16世紀に、補陀落渡海を試み、沖縄県金武村の近くの海岸に漂着した、日秀上人である。熊野の那智の浜を旅立ち、1100キロ彼方の沖縄に辿り着いた時は、デイゴの花咲くこの地こそ、観音浄土だと思った事だろう。その後、当地に、補陀落院観音寺を建立し、那覇市にある琉球八社の一つ、波上宮なども再興し、精力的に熊野信仰を広げた」
ほとんどの「補陀落渡海」には、その後の僧たちの生死に関する記録は、ありません。
「死んだ」という記録もなければ、「生きていた」という記録もないのです。
しかし、この「日秀上人」だけは例外で、「生きていた」という記録が、正確に残っている唯一の人物なのです。
調べていて他にも、面白いことに気がつきました。
あるサイトに、当時の琉球王国の王様だった、「中山王」も、これに関わっていたと書かれていたのです。
「開山日秀上人行状記」という書物に、その記録が残っているそうです。
内容です。
ある晩、中山王(琉球国王)が夢で、東北の方から大いなる聖人が、沓に乗って来たのを見た。
そして、これが、無碍大悲(観音)の化身であることを知った。
そこで勅を、津・湊に下し、待つこと久しかったが、ある日、異相の僧が一葉に乗って来た。
舟の中を見てみると、ただ三衣一鉢があるのみであった。
宮中に奏上して、日秀を入内させた。
日秀が渡琉した年について、永禄・元亀年間(1558~73)説、嘉靖元年(1522)説、永禄元年(1558)説があり、碑銘などから嘉靖元年(1522)から嘉靖18年(1539)まで滞琉し、同19年(1540)か同20年(1541)に、薩摩に渡ったとみられている。
実は、この王様は、私の父方の先祖なのです。
私の御先祖様も、「補陀落渡海」に関わっていたのです。
この王様が、「日秀上人」が、小舟で琉球にやってくるのを、予知夢で知っていたというのが、興味深いですね。
そして、その後、この僧をサポートしていたというのです。
この王様は、「羽衣伝説」とも関わっているそうです。
母親が、天女だったという伝説もあるのです。
まさに、「天照派」です。
面白い縁ですね。
数年前からの「補陀落渡海」を探る旅は、やはり、先祖からの導きだったのですね。
「日秀上人」の名前の漢字を分解すると、
「日」+「禾(設計)」+「乃」+「上(かみ)」+「人」
こうなります。
「太陽からやってきた、人を設計した神」
つまり、「イザナギ」と「イザナミ」で、これも、「アマテラスオオミカミ」の意味になります。
「天照派」だったということです。
神界から、神々が遣わせた神人だったのかもしれません。
そして、「日秀上人」の建てたお寺が、現在でも、沖縄県の金武町にあるということも知りました。
それが、「金武観音寺」というお寺なのです。
ここを訪れるのは2回目ですが、今回も、「金武観音寺」に向かいました。
入口で、記念撮影しました。
「高野山真言宗 金峯山 金武観音寺」
これが、このお寺の正式名称だそうです。
山号が、「金峯山」です。
奈良県の「金峯神社」からの流れですね。
この神社と深い関係にあるということが、わかりますね。
つまり、「金武町」という名前は、ここから来ていたのです。
思い出してください。
「天照派」の重要拠点が、「金峯神社」だったのです。
「奈良県の金峰神社」 ⇒ 「沖縄県の金峯山 金武観音寺」
この二つが、見事に繋がりましたね~!
本堂の前でも、記念撮影しました。
沖縄戦で、ほとんどの神社と寺が全焼したのですが、なぜか、この寺だけが無傷だったそうです。
和歌山県の熊野から、1100キロくらい離れた沖縄に、「天照派」の「熊野信仰」が、ちゃんと根付いていたのです。
それまでの沖縄にも、自然崇拝や先祖崇拝、民間信仰はありました。
しかし、人の生き方を説くような、本格的な仏教や密教、それから、神道は、この町、金武から始まったのだと思います。
境内を歩きながら、とても歴史の伊吹を感じました。
本堂の横には、地下に降りていく、洞窟もあります。
この中に、日秀上人の開いた、「金武宮」があるのです。
内部は、不思議な感じの空間です。
鍾乳洞です。
祠がありました。
マイアさんが、祈りを捧げている場面です。
中は、ヒヤリとして冷たかったです。
マイアさんの祈りの後、やはり、洞窟内の空気が変わっていました。
この土地は、平和を愛し、「常世信仰」、つまり、「補陀落信仰」をもっていた、「天照派」の理想郷だったのです。
近くには、昔からの有名なビーチ、「ホテルムーンビーチ」や「ANAインターコンチネンタル万座ビーチリゾート」、それから、「サンマリーナホテル」もあります。
ちなみに、私は、学生時代、「サンマリーナホテル」で、アルバイトをやっていました。
このエリアは、西日本の土地で、長い長い弾圧の時代をくぐり抜けて、やっとたどり着いた、「天照派」にとっての本当の「ニライカナイ(理想郷)」だったのですね。
う~ん、沖縄の恩納村に、これほど奥深い歴史があったとは…
この後、有名なドライブインで食事しました。
知る人ぞ知る、恩納村にある老舗店「シーサイドドライブイン」です。
ちなみに、ここのスープ、とても美味しいです。
そこのドライブインの窓から、面白い形の小島があったので、近くまで見に行くと、なんと、その島も、「亀」でした。
おそらく、太古の昔、超強大生物である大亀が、化石化したのだと思います。
ここから近くの所に、「読谷(よみたん)村」や「北谷(ちゃたん)町」があるのですが、実は、「イザナギ」と「イザナミ」の38人の子孫である、「大丹生」や「丹生」の文字、「丹」は、長い歴史の中で、いつの間にか、「谷」という文字にもなったそうです。
だから、「谷」の文字で、「たん」と読むのは、「天照派」の拠点だった土地なのです。
北谷町の街を、散歩した時の記念写真です。
その日は、クリスマスだったので、サンタさんがいました。
「浜比嘉島」にも行きました。
この島からは、遠くのほうには、「平安座島」も見えました。
ここには、「アマミチュー」の墓だと言われている墓があります。
この神様は、琉球を作った女神のことです。
「アマミチュー」の墓です。
琉球を創生したとされる、「アマミチュー(アマミキヨ)」と「シルミチュー(シネリキヨ)」が暮らしたのが、この島だとされていて、浜比嘉島は、琉球創生神話において重要な島だと言われています。
「アマミチュー」は女神、「シルミチュー」は男神です。
二人でセットの神様で、日本の「イザナミ」と「イザナギ」です。
ちなみに、「アマミチュー」は「奄美」の語源とされています。
奄美地方は現在鹿児島県になっていますが、琉球文化圏に属していることを示すエピソードの一つではないでしょうか。
ここから、車でちょっと走った所には、「シルミチュ」ーという場所があります。
鳥居が設置され、御嶽の聖地の雰囲気を醸しています。
階段を上ったところにあるのは、このような洞窟です。
この洞窟は、アマミチューとシルミチューが暮らしたとされる洞窟です。
つまり二人の愛の巣だった所です。
ここでも、マイアさんが、祈りを捧げました。
写真では、わかりにくいのですが、墓の周囲の岩肌の色が、黒っぽい色から、白っぽい色に変化するのが、肉眼で確認できました。
マイアさんの祈りは、本当に、その場のエネルギーを根本から変化させるようです。
私の専門分野は、どちらかというと、人間よりもちょっと進化した、宇宙人たちなのですが、マイアさんが繋がる神様は、この世界の創造神のような存在みたいです。
このように、得意分野の違う二人が、一緒に旅するというのも、面白いですね。
以前から、ずーっと行きたかったけど、なかなか行けずにいた、本島北部にある、「大石林山」にも、今回、ようやく行くことができました。
国道58号線を北上すると、その山が見えてきました。
わかりましたか?
これも、イースター島の「モアイ」の頭部が、横たわてい形なのです。
つまり、「アヌ王」の拠点だったということです。
「大石林山」に着いたら、驚きました。
これに気が付いたのは、私だけではなかったのです。
建物内に、すでに説明書きが貼られていました。
「ねはん像」と呼ばれていたのですね。
記念撮影しました。
不思議な奇岩が、たくさん転がっています。
太古の昔、ここで、何があったのでしょうね?
ここには、大きなガジュマルもあるのですが、私が、この蔓のようなものを、引っ張ろうとしたら、物質的な部分ではなく、その植物の霊的な部分が、引っ張られるのを嫌がって、逃げようとするのが、手の感触で伝わってきました。
すると、隣にいたマイアさんが、すかさず、
「嫌がっているので、触らないでください!」
と言いました。
「うわ~!、本当に植物たちとも、会話ができるんだ~!」
こう思って、改めて驚きました。
ここでも、祈りを捧げるマイアさんです。
この岩石群が、どのようにして形成されたのかは、わかりません。
ここで、思いっきり、頭を柔軟にして、ユニークな空想をしてみました。
すると、現代でも似ている場所が、思い浮かびました。
そうです。
「ディズニーランド」です。
もしかしたら、太古の昔、ここに、宇宙人たちの古代版の「ディズニーランド」があったのかもしれません。
いろいろ想像すると、楽しいですね。(笑)
今回、沖縄本島の北から南まで、ドライブしていると、青春時代の思い出が、たくさん蘇ってきました。
10代の頃の楽しかった思い出が、最初に思い浮かびました。
それから、しばらくすると、苦しかった思い出のほうを、たくさん思い出しました。
特に、中学時代の「いじめ」の思い出が、脳裏に、映画を観ているように、鮮やかによみがえってきました。
私の人生の中の最悪の暗黒時代です。
何年か前に、「ライフ」というドラマを、DVDで観ました。
「いじめ」が、テーマでした。
ドラマのキャッチコピーには、
「あなたも 友達のフリをした悪魔ですか?」
という言葉が、書いてありました。
私も、「友達のフリをした悪魔」に、何回か会ったことがあります。
最初は、「いい人」の顔をして、近づいてくるのですが、だんだん、
「この人、やばい…」
と気がつくことが、あったのです。
「仲良しだと思って、一緒にいるけれど、だんだん、自分は利用されてるような気がしてきた…」
「最初は楽しかったけど、長く付き合っているうちに、なぜか最近疲れてくる。エネルギーを、吸い取られているみたい…」
すこしづつ感じてくる、微妙な違和感。
やっかいなのは、その人自身には、罪の意識は、ほとんどなく、半分くらいは無意識的にやっている行為だということです。
友達顔で近づいてきて、自分の人生を蝕む敵のことを、最近は、「フレネミー」と表現したりするようですね。
「フレネミー」とは、「フレンド(友達)」と「エネミー(敵)」を、合わせた造語で、「友達の顔をした敵」のことだそうです。
ドラマの中では、女の子同士で、
「私たち、友達でしょう?」
と何度も確認しながら、相手を追い詰めていく場面がありますが、これなどは、日本人が、
「皆、仲良くしなくてはいけない」
と思っている弱点をついた、いじめだと思います。
友達のフリをした悪魔は、よくこの手口を使います。
しかし、ドラマの中で、いじめられている主人公の女の子も、この巧妙な心理トリックに、だんだん気がつき、
「あなたたちのような友達は、本当の友達ではない! あなたたちのような友達を友達というのなら、私は、友達なんかいらない! 一人のほうがマシだ!」
と叫ぶ場面があります。
そのとおりだと思います。
考えてみれば、友人関係にも、いろいろな関係があります。
利害で結びついている仲。
恐怖で支配している仲。
愛情で付き合っている仲。
ドラマの中でも、
「本当の友達の関係とニセモノの友達ゴッコは、まったく違う」
というような話が、でてきます。
「本当の友達関係」というのは、
「苦しいときにも、助け合える関係。そして、お互いに相手が間違ったことをやったら、注意したり、叱ったりしあえる関係」
なんだと思います。
学校を卒業したり、会社を辞めた後、
「別に無理して、会うほどの人ではないな…」
と思うような友人は、「ニセモノの友情」だった友人かもしれません。
逆に、
「あの人、どうしているかな? 久しぶりに会いたいな…」
と思うような友人は、「本当の友情」だったのだと思います。
ドラマの中で、主人公の女の子が、大事にしていた「ひまわり」を意地悪な男の子に、切られて、踏みつけられる場面があります。
その後、彼女にできた、本当の友人の二人が傷ついた彼女を、夏休みの旅行に誘うのですが、そこは、たくさんのひまわりで溢れた、ひまわり畑のような場所でした。
そのひまわり畑の中で、本当の友人の女の子が、
「学校なんて世界は、ちっぽけな世界だよ。ちょっと外の世界に出かけたら、こんなに広い世界が、私たちを待っているんだよ」
と慰める場面があります。
また、
「ひまわりっていう花はね、いつも、太陽のほうを自然に向いているだよ。だから、大きく成長できるんだよ。人間も、世の中の闇ではなく、光のほうを常に見るようにしていれば、ひまわりのように、大きく成長できるんだよ」
と言います。
最後に、
「ひまわりの花言葉はね、『あなたは、素晴らしい』だよ!」
と言う場面がありますが、その時、感動して涙が出てきました。
他にも花言葉は、あるみたいですが、この「ひまわり」の花言葉、
「あなたは、素晴らしい」
という言葉は、自分のハートの奥に、じわーっとしみこんできました。
そして、
「光のほうを、常に見ていればいい」
という表現にも、癒されました。
前述したように、私自身も学生時代、いじめられた経験があります。
とても苦しんでり、悩んだ時期もありました。
自殺したくなった時もありました。
でも、それは、学校教育の中には、自分の好きなものや得意なものが、なかったからでした。
「学校」などという空間は、自分にとっては狭すぎたのです。
20歳になってから出会った、「パワーリフティング」という競技では、たくさんの大会で、優勝したのですが、この競技に出会うまでは、自信がなく劣等感の塊でした。
でも、ドラマの中の台詞のように、いつも、なるべく、「光」のほうを見るようにして、ポジティブシンキングを心がけ、歯を食いしばって、がんばっていました。
おかげで、少しづつですが、自分に自信がもてるようになりました。
「自分は、素晴らしい存在だったんだ…」
と気がつくまでには、長い年月がかかりました。
今回のドライブの最中にも、「ひまわり」の花言葉、それから、このドラマの台詞、そして、自分の学生時代のいじめを思い出して、なんともいえない気持ちになりました。
あの頃は、とても暗い青春時代でした。
まさか将来、こんなに楽しい将来が待っているとは、思えませんでした。
私は今が、人生の中で一番幸せです。
人生というのは、年齢を重ねるごとに、どんどん幸せになるのが、自然な姿だと思います。
それが、ほとんどの人が、年齢を重ねるごとに、どんどん疲れ切った顔をしてきて、苦しみのほうが、多くなってきているのです。
こういう姿を、子供たちや若者が見て、
「あんな大人だけには、絶対なりたくない!」
と思ったり、
「もう大人になんか、なりたいくない…」
と、人生に絶望したりしています。
そうではなく、やはり、私たち大人の役割というのは、子供や若者から、
「自分も、あんな大人になりたい! あんな素敵に生きたい!」
と思われたり、
「早く、大人になりたい! 大人になって、あんなふうに、自由に毎日を、楽しみたい!」
と、人生に希望を与えることです。
どんな仕事や社会貢献、ボランティアよりも、これは大切だと思います。
子供たちや若者たちに、
「人生って、こんなに楽しんだよ。世の中は、面白いよ」
こう伝えなくては、いけないのです。
「どうして、勉強しなくてはいけないの?」
と、子供たちに聞かれて、
「いい学校に行って、いい会社で働くためだよ」
なんて答えていては、世の中は、いつまでたっても、良くならないのです。
私は今回のような旅行を、できれば、たくさんの子供や若者に知ってもらいたいです。
「世の中には、こんな楽しくて面白い旅を、毎月、やっている大人がいるんだよ。しかも、そうやって遊びながら、それが仕事になっているんだよ。こんな生き方ができるんだよ」
こう言いたいのです。
「勉強も大切だよ。勉強すれば同じ旅行でも、こうやって何倍も楽しく感じることが、できるんだよ」
こうも伝えたいです。
今までの旅行でも、たびたび書きましたが、「宇宙人」や「神々」だと呼ばれている存在たちの科学力や知性は、私たち人間など、足元にも及ばないレベルです。
だからといって、私たち人間が、自分たちを低く見たり、劣等感をもつことはないのです。
宇宙人たちに言わせると、地球の人間が、宇宙全体でも、ずば抜けて優れている能力は、実は、「感情」なのだそうです。
私たちは、広い宇宙では、「感情のマスター」と呼ばれていて、たくさんの宇宙人たちから、尊敬の対象になっているそうです。
宇宙人たちの中には、わざわざ、地球人から、それを学びにやってくるグループもいるみたいです。
この地球で、傷ついたり悲しんだり、怒ったり、笑ったり喜んだりした体験は、どんな高度な存在にも、ひけをとらないくらい、素晴らしい宝物だそうです。
「喜怒哀楽を通して、宇宙の真理を学んでいく」
というのが、私たち人間の主要科目だそうです。
もっと人間くさくても、いいのです。
俗にまみれてもいいのです。
聖なることは、神々たちが、やってくれています。
人間は泥臭い体験を通じて、ゆっくりと地道に真理を学び、成長していく存在なのです。
あと、人間が一番苦しむのは、「罪悪感」だそうです。
誰でも、過去に間違いを犯したり、罪なことをやっています。
これを許すのが、一番難しいそうです。
自分で自分を、罰し続けるのです。
どこかで許さない限り、永遠に苦しむことになります。
真面目な人ほど、これで苦しんでいます。
罪悪感が、外側に向かえば、自分と同じような罪を犯している人を許せずに、そういう人を、攻撃したりします。
そして、人を攻撃することもできない心の優しい人は、内側に向かい自分を責め続け、「うつ病」になります。
現在、「うつ病」が、増えている根本の原因は、これが多いみたいです。
そういう時は、ぜひ、「ひまわり」を見に行きましょう。
今の冬の時期は、季節ではありませんが、夏には、「ひまわわり」の花を花屋さんで、買ってきたり、「ひまわり」の写真や絵を、眺めるのもいいですね。
そして、自分の全てを許してあげましょう。
なぜならば、あなたは、素晴らしい存在なのですから…
冒頭に書いた、「ニライカナイ」は、長い時間をかければ、誰でも実現できると思います。
「時間」というのは、この世界のおいて、「万能薬」なのです。
あきらめずに、真面目に地道に生きていれば、必ず、自分の思い描いているような理想の人生を生きることができるようになるのです。
この地球という惑星は、「ニライカナイ」、つまり、「ネガカナイ(願い叶い)」の世界なのです。
那覇市では、地元の友人たちにも声をかけて、懇親会を開催しました。
私の著書、「地球を創った魔法使いたち」を販売してくださっている千晶さんも、参加してくださいました。
マイアさんを囲んで、皆で、沖縄の情報交換をしている場面です。
次回から、いよいよ、本格的な浄化の旅の話題です。
辺野古に行った話です。
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