九州ミステリーツアー 8 熊
熊本県山鹿市にある「不動岩」にも行きました。
ここも、ずーっと行きたかったのですが、なかなか行けなかった所です。
しかし、今回は、これまた不思議なご縁で、この近所に住んでいるNさんという方に、案内していただけることになりました。
この巨大な岩は、蒲生山という山に、デンと隆起している巨大な岩です。
まさに、聳え立っているという形容が、ピッタリなのです。
遠目でも存在感あります。
だんだん、近づいてきました。
角度によって、いろいろなものに見えます。
着きました。
さっそく、いつものように記念撮影です。
デカイです!
近くから見上げると、畏敬の念がわいてきます。
手で触ると、いろいろな砂や石が混じったように感じますが、同時に、「世界樹」の可能性もあるとも感じました。
この岩が、どうやって生成されたのか、いろいろと考えれば考えるほど、不思議な気持ちになります。
案内板です。
ここからの景色も、素晴らしいです。
不思議な形の雲も、ポカリと浮かんでいました。
「ヒルコとヒルメかな?」
なんて思いました。(笑)
鳥居と祠がありました。
御神体は、もちろん、この巨岩です。
「不動明王」が祀られていました。
「エンリル」ですね。
記念撮影です。
この角度から見ると、「馬」の横顔にも見えますね。
つまり、「邪馬台国」の象徴だということです。
よくわかりませか?
これです。
「馬」の形のチェスの駒です。
エジプトの「アヌビス」という神様にも見えますね。
「おおいぬ座」からやってきた、シリウスの宇宙人グループですね。
だから、熊本県は、「シリウス」の勢力も影響を与えていたことがわかります。
この巨岩の周辺にも、面白い場所が、いくつもあります。
古い神社がありました。
記念撮影しました。
「穴観音」と書かれていました。
前回書いたように、この旅行では、島原半島の「岩戸山」に登りましたが、あの頂上の洞穴の名前も、「穴観音」でしたね。
そろそろ、九州の最大の秘密の扉を開きますよ。
心の準備はいいですか?
では、メガトン級の地上絵を、こちらで初公開します
九州の秘密です。
まずは、普通の地図を見てください。
わかりやすいように、左に約90度に回転させています。
東が上になっています。
もっとわかりやすいように、凹凸がクッキリ浮かび上がっている地図を見てください。
まだ、わかりませんか?
では、さらにわかいやすいように、私が、白地図に赤ペンで描いた地図を見てください。
ジャ~ン!
そうなのです!!
九州の正体は、熊だったのです!!
「九州」=「熊」
これが、九州の最大の秘密だったのです。
左側の鹿児島県の辺りが頭で、「都城市」辺りが、「目」になると思います。
それから、「国後半島」が、丸い「尻尾」になっています。
面白いのは、「種子島」と「屋久島」の意味です。
熊の食事は、焼いて食べる魚や種のある果物などですね。
「焼く島」、それから、「種の島」です。
この2つの島々は、その意味かもしれません。
食べた後は、デザートが欲しくなりますね。
だから、熊の目線の先には、「奄美大島」があります。
「甘みの大島」です。
さらに、この熊から遠くにある島だから、遠くの島で、「徳之島」です。
食べた後は、糞をしたくなりますね。
最初に、「一気」に噴出して、それから、「つの形の糞」をしたのかもしれません。
だから、「壱岐対馬地方」なのかもしれません。(笑)
九州には、「熊」がいないのに、「熊襲」や「熊本県」という名前って、昔から不思議でした。
「熊の本部」に当たる地方だから、「熊本県」なのです。
そのまんまだったのです。
「甑島」は、そのまま、「甑」という土器で、食べ物に関係している名前ですね。
これも、熊の食事に関係していると思います。
この熊の「性器」や「子宮」に当たる土地が、「佐賀県」です。
つまり、この土地は、「性(さが)の県」だったのです。
ここには、人類創生に関わる、「吉野ヶ里遺跡」もあります。
2017年に訪れた時の写真です。
「くまモン」の正体を、とうとう突き止めました!
「くまモン」=「九州」
この意味だったのです!
「熊」は、同時に、前述したエジプトの神様、「アヌビス」でもあります。
さらには、この神様は、「シリウス(おおいぬ座)」からやってきた宇宙人グループ「ゲル」です。
「おおきな犬」、つまり、「熊」でもあります。
「熊の神様」なのです。
これは、ツキノワグマが、立ち上がっている様子です。
まとめます。
「九州」=「熊神」=「ゲル(アヌビス)」=「シリウス」=「くまモン」
こうなるのです。
面白いのは、昔から、この秘密を知っていた人々がいたということです。
以前にも書きましたが、
「九州の形は、熊の姿だ!」
と目視できるのは、山の上くらいじゃ無理です。
人工衛星くらいの高度からじゃないと、わかりません。
だから、大昔、成層圏あたりに滞在していた宇宙人たちが、「熊」という名前を、この土地に付けたということです。
または、「世界樹」や「ラピュタ」から、下界を見下ろして、「熊」の形だと知ったのかもしれません。
さらに面白いことも、発見しました。
2018年の秋に、故郷の沖縄に行った時、糸満市の具志川城で見た岩が、その形だったことにも、気がつきました。
沖縄に、九州の答えを残した人がいたんですね。
これは、オマケです。
そもそも、「熊本県」というエリアも、「熊」の形なのです。
右側の赤い部分が、頭部にあたりますね。
「目」と「脳」です。
そして、「天草」のエリアが、この熊の餌になるのです。
「天から与えられた草」ということです。
だから、「天草」なのかもしれません。
熊が、まさに、草を食べようとしている地上絵ですね。
いや~!
平成最後の年に、日本の秘密が、どんどん解明されていきますね~!
今回の九州旅行では最後に、熊本空港で、友人の松田さんと食事しました。
熊本空港で、二人で盛り上がった地上絵も、紹介しておきますね。
松田さんが、以前から、
「阿蘇山には、面白い地上絵がありますよ」
と言っていたのですが、二人で話しているうちに、さらに、いろいろな発見がありました。
写真では、わかりにくいかもしれませんが、まず、阿蘇山の周囲には、二頭の龍がいます。
口から火を出している火龍。
それから、水龍です。
驚嘆するのは、真ん中には、大きな狛犬が、人を食べている場面が描かれています。
その人は、食べられた後、骸骨になっています。
わかりやすいように、これも、赤ペンで補助線を描きました。
「目」がわかると、全体像がわかるかな?
食べられながら、プッとオナラもしています。
それが、火口付近の噴煙です。
もしかしたら、「阿蘇」は、「ass」、つまり、「asshole=肛門」の意味かもしれません。(笑)
この後、松田さんが、さらに面白い発見をしました。
「草千里」の池は、西は枯れませんが、東は乾季は枯れるのだそうです。
つまり、この「ドクロ」は、時々一つ目になるわけです。
「エンリル」は、「不動明王」ですが、その「左目(東の目)」は、半分閉じているのです。
つまり、「ドクロ」の正体は、「エンリル」だということです。
「狛犬であるエンキが、ドクロのエンリ」を食べている」
という意味です。
これに気が付いたときに、また、
「うわ~!」
と叫んで、鳥肌が立ちました!
「トンカラリン」の神社で見た、人食いの狛犬が、なんと、ここにもあったということです!
いやー、凄すぎますね〜
熊本空港では、羽田空港に帰る直前まで、松田さんと、この話題で、盛り上がりました。
最後に、二人で記念撮影もしました。
正確には、「クマモン」も一緒なので、3人ですね。
ふーっ!
「九州ミステリーツアー」は、今回で最終回です。
いかがでしたか?
いつも凄いけど、今回の旅行記も、凄まじい内容になりましたね。
5年くらい前から、たった一人で始めた、宇宙考古学と地上絵の調査は、最近では、少しづつ愛好者も増え、志を同じくする仲間がたくさん増えて、毎回、楽しくやっています。
それは、東京にある、私のマンションでの語らいであったり、セミナーだったり、食事会だったりします。
素敵な輪が、どんどん広がっています。
ちょっとだけ、写真も掲載しますね。
もうすぐ、平成の世も終わり、新しい時代に、突入しますね。
新しい時代になっても、真実の追及は、どんどん続けていこうと思っています。
最近は、またまた、凄い真実に気が付きました。
それは、この地球を陰で支配している存在たちの新たな姿です。
いわゆる、陰謀論などで、「悪の権化」などと思われている存在たちのことです。
昔から、
「どうして、この世界には、悪人がいるんだろうか? 彼らは、どうして陰に隠れて、悪さをするのだろうか?」
ずーっと、これが疑問でした。
今月に入ってから、その謎がようやく解けたのです。
陰謀論も、とうとうファイナルアンサーが出たのです。
結論だけを言っておきます。
「地球を支配している悪の権化たちの正体は、絶対平和主義者で神の愛の持ち主たちだった」
こういうことです。
この凄いパラドックスを知って、1週間くらい頭がクラクラして、仕事ができなくなったくらいです。
ブログでは書けないことも多いので、またセミナーなどで、この真実をお伝えしていこうと思っています。
では、いつものように、恒例の締めの言葉です。
「その国は、もとまた男子をもって王としていた。7~80年前倭国は乱れ、あい攻伐して年を歴る。すなわち、ともに一女子をたてて王となす。名づけて卑弥呼という。鬼道につかえ、よく衆をまどわす」
(其国本亦以男子為王住七八十年倭国乱相攻伐暦年乃共立一女子為王名曰卑弥呼事鬼道能惑衆)
「魏志倭人伝」
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九州ミステリーツアー 7 卑弥呼
この仮説を思いついたキッカケは、2018年のゴールデンウイークの最終日に、千葉県野田市にある、愛宕神社に行ったのが始まりでした。
そこで、友人と参拝した後、2人で神社の近くのファミレスで、「人類創世」の話題になった時のことです。
「旧約聖書の創世記によると、アダムとイブは、神様が土から創ったそうですよ。アダムは、土と塵で創ったので、ヘブライ語のアダマは、土という意味の名前で、それから、アダムの肋骨でイブを創ったそうです。イブの別名である、エバは、生命という意味だそうですよ」
私が、こう話したのが、始まりでした。
それから、人間の身体の成分が、ほとんど土からできているという科学的なことなどを話したら、その友人が、とてもユニークな発想で答えたのです。
「私は科学的なことは、よくわかりませんが、人間が土からできているという話は、感覚的にとても腑に落ちます」
こう言ったのです。
理由を尋ねると、
「だって毎朝、身体の中から、土を出しているんじゃありませんか?」
この発言は目から鱗でした。
そうなのです。
「人間は、土から創られた」
この仮説は、たまにチラホラと耳にしますが、その先を考える人は、今までに、ほとんどいなかったのです。
「では、その土の正体は何だろう?」
という本質的な話です。
つまり、
「人間の身体の成分は、ほとんど土である」
ということは、身体の内臓も、ほとんどそうだということです。
そして、その内臓の死んだ細胞、食事の残りかす、体内最近の死骸、これらが、毎朝、身体から、「大便」として出てくるという当たり前すぎて、いちいち考えもしなかったことに、大きなヒントがあったのです。
二人で同時に、そのことに気が付き、一瞬、顔を見合わせた後…
「もしかして、人間を創った土の正体って、ウンコだったのー!」
こう言って、大笑いしました。
考えてみたら、我が国で、正式な歴史書として、一般的にも認定されている、「古事記」や「日本書記」には、そういう記述が、たくさん書かれています。
ちゃんと、書いてあるのに、ほとんどの学者は、そのあたりを直視しないで、綺麗な話ばかり考察したり、解釈しています。
しかし、これらの歴史書には、汚い話もたくさん書かれています。
たとえば、古事記には、
「屎(くそ)に成りませる神の名は、波邇夜須毘古(はにやすびこ)の神」
と記録されています。
つまり、イザナミが、火の神である、「迦具土命」を産んで、命を落とすのですが、最後まで身体から、神を産んだといいます。
その時に、吐いたものや糞からも、神を産んだというのです。
その神様が、「ハニヤスビコの神」なのだそうです。
「糞を信仰するなんて…」
と短絡的に考えたら、恥ずかしく理解出来なくなりそうですが、これは、粘土になったり、長い時間をかけて、燃料や化石になるので、太古の人々が、崇めたのだと思えば納得いきますね。
特に、農業においては、大切な肥料になるので、人類の生活に、不可欠な貴重品です。
これは、後から気が付いたのですが、このアイデアを閃いたのが、前述した「愛宕神社」の参拝の後だったのですが、ここに祀られている神様が、なんと、「迦具土命」だったのです。
もしかしたら、私たちに、インスピレーションを与えてくれたのは、この神様だったのかもしれません。
ご存知のように、「迦具土命」は、神産みにおいて、イザナギとイザナミとの間に生まれた神です。
火の神であったために、出産時にイザナミの陰部に火傷ができ、これがもとで、イザナミは死んでしまいます。
その後、怒ったイザナギに、十拳剣で殺されたと言われていますね。
イザナミが死ぬ直前に、吐いた吐しゃく物から、鉱山の男女の神、大便からは、土の男女の神、尿からは、水の女神と生成の神、涙からは、泉の女神を産んで、それから、力尽きだとも言われています。
それから、「迦具土命」の血からも、岩、剣、雷、炎、滝、谷、坂など、たくさんの神々が生まれています。
つまり、日本においては、神話によれば、神様の死体や排泄物から、森羅万象の大半が生まれているということです。
素直に解釈すれば、そういう結論になるのです。
日本の古代史の中で、記述や表現が少ないために、最大の謎だと言われている、「ヒルコ」も、この視点から考えると、その正体は簡単にわかります。
「古事記」では「水蛭子」で、「日本書記」では「蛭͡兒」と書きますね。
これは、「古事記」の記述です。
「然(しか)れども 隠処(くみど)に興(おこ)して 生める子は水蛭子
この子は葦船にいれて 流し去てき」
いずれにせよ、
「蛭のような形の赤ちゃんだった」
と言っているのです。
初めて生んだ赤ちゃんが、蛭のような形をしていて、生まれてすぐに動き回ったので、
「これは失敗作だ! この生命体は、人間として生きられない…」
こう思って、イザナギとイザナミは、葦の船に乗せて、川に流したということです。
これを原文に忠実に、私たちの知っている範囲内の知識で、客観的に解釈しますね。
あくまでも可能性の一つですが、この状況が、当時の出来事に一番近いと思います。
「イザナギかイザナミのどちらか、もしくは、二人が、大腸を通じて、肛門から、大便を出した。すると、その大便に、何かの間違いで、生命が吹き込まれて、その大便が、蛭のように動き出した。それで、驚いた二人は、その蛭のような生命を川に流した」
どうですか?
どうして、今までに誰も、この解釈をしなかったのかが不思議です。
「人間というのは、子宮に子供を宿し、それから出産する」
たしかに、これが常識ですが、今やっているのは、人間の常識の話ではないのです。
「神々が、どうやって人間を創った?」
という話なので、常識が当てはまらないこともあるのです。
ヒルです。
ウンコです。
考えてみたら、当たり前のことですが、「土」というのは、大半が、「粘土質」の物質で構成されています。
そして、その「粘土」は、大きく分けると、「無機物」と「有機物」の二つになります。
そして、「有機物」というのは、太古の時代からの「植物の死骸」や「動物の死骸」や「動物の糞」が、大きな割合を占めます。
そうなってくると、「人類創世」の場面が、わりと具体的にイメージできると思います。
旅行記の最初に書いたように、シュメール文明の神話でも、旧約聖書でも、
「最初の人間である、アダムは、土から創られた」
と記述されていますが、この「土」の正体は、神々の「大便」だった可能性があるということです。
これも、よくよく考えてみれば、自然なことです。
私たちは、現在でも、糞を肥料にした野菜を、食べたり、その野菜を食べた家畜を、また食べたりしています。
つまり、
「糞」→「野菜」→「家畜」→「人間」→「糞」
自然界では、これらは、完全に循環しているのです。
旅行記の最初に、人間の原型であった土人形は、古代の日本においては、「埴輪」だったという話をしましたね。
私は、全国にある古墳の内部で、人間や鳥や馬などが、この焼き物である「埴輪」という土人形から、創られていたこともあると考えています。
大阪にある、大仙陵古墳です。
今までの仮説の延長線上で考えてみると、古墳の土も、「特別な粘土」が使われていた可能性があるのです。
つまり、古墳を形成した粘土質の中の有機物は、「糞尿」だった可能性があるということです。
古墳の周囲に、よく土器や埴輪が並んでいますが、この土器の中に、特別な粘土の埴輪を入れて、人間や動物を、創っていたのかもしれません。
古墳に登ったことがある方は、わかると思いますが、ほとんどの古墳の土は、とてもやわらかいです。
そして、栄養分が豊富なせいだと思いますが、その周辺や古墳の上には、植物が生い茂っていることが多いです。
興味深いのは、古墳の内部に、たまに変わった形の石棺があることです。
これは、学問的には、「舟型石棺」と呼ばれていて、王様の眠る棺桶だそうですが、これの大きさと形は、どこからどう見ても、「和式便所」だと思います。
太古の時代に、宇宙人たちが、ここを、トイレとして、使用していたと思ったほうが、史実に近いのではないでしょうか?(笑)
では、古墳を形成するほどの大量の糞尿は、いったいどこから、誰が運んできたのでしょうか?
私は、その運び屋の正体が、太古の時代、日本の国土にも、たくさん生息していた、「恐竜」だったと考えています。
彼らが、長期間、地球上で暮らしていたのは、地球の環境づくりだったと思っています。
現在の石油や石炭が地球から採掘されるのは、彼らの活動のおかげですね。
それ以外にも、巨大な身体をもっていた恐竜たちは、糞尿も大量にやっていたと思うのです。
そして、意外と賢かった彼らは、トイレのような場所を決めて、皆で、そこでやっていたのだと思います。
それを、後に宇宙人や人間が、形を整えたものが、「古墳」だったんじゃないでしょうか?
「古墳」という文字は、もとともは、「古糞」、つまり、「古い糞」という意味だったんじゃないでしょうか?
恐竜が絶滅した後でも、他の動物や人間の糞尿も、引き続き集めていたと思います。
特に、日本においては、「鹿」などの糞が、大量に集められていたかもしれません。
私は、いろいろ調べた結果、前述した神様、「迦具土命」は、「火の神」でもありますが、同時に、「土の神」でもあったと思うのです。
さらに、「うんこの神」でもあったと思います。
つまり、もともとは、「嗅ぐ土」という名前で、「思わず嗅ぎたくなるくらい臭い土」だったんじゃないでしょうか?(笑)
古代の日本だけじゃなく、古代の地球全体に目を向けると、もっと具体的なビジョンが見えてきます。
一番わかりやすいのが、「エジプト文明」です。
この文明は、宇宙人が、「死と復活」に関わった痕跡が、たくさんあるので、わかりやすいのです。
エジプトのピラミッドの中では、死体の埋葬も行われていましたが、ご存知のように、これらには必ず、
「この王様をミイラにして、いつか復活させる」
というようなことが、ピラミッドの内部の壁画に文字として、刻まれています。
そして、さらに、興味深いのは、その王様のミイラの胸の上などに、「スカラベ」の形をした宝石が、置かれていたりするのです。
そういえば、「ハムナプトラ」という映画にも、この虫が出てきますね。
「スカラベ」というのは、ご存知のように、「フンコロガシ」です。
こんなにかっこ悪い生態の生き物も、珍しいでしょう。
糞虫とも言われて、食糞の習性をもち、人間の価値観からすれば、最低の生き物です。
しかし、それが、エジプト文明においては、最高神の扱いなのです。
わかりましたか?
つまり、人間の原型である「土人形」、さらに、その原料となる大切な「糞」を集めるアンドロイドのような眷属として、宇宙人たちから、「スカラベ」は創られたのだと思います。
「糞」だけでなく、人間を含む動植物の「死骸」なども運んでいたのかもしれません。
だから、現在でも、その機能が残っていいて、せっせと、「糞」を集める作業をやめていないのだと思います。
この虫は、超高性能のシステムが搭載されていて、最先端の科学では、脳内のセンサーで、昼間は、太陽の光、そして、夜間には、なんと、天の川の光を基準にして、行動していることまで、わかっています。
凄い昆虫だったのですね~!
もしかしたら、「スカラベ」は、地球の絶対的な支配者グループである、「アヌンナキ」の一族、その中でも、最高神だった、「アヌ王」が、シェイプシフトしていたのかもしれません。
彼が、魔法を使って、この虫に変身していたのかもしれないということです。
もう一度、太古の時代、地球の支配者だった、「アヌ王」です。
ゾロアスター教、ミトラ教、ユダヤ教、イスラム教、バラモン教などの最高神、「アフラ・マズダー」でもありましたね。
「スカラベ」です。
「八咫烏」です。
「アメリカ合衆国の国章」です。
これらのシンボルのコンセプトが同じことから、同一神の可能性であることが、わかりますね。
「スカラベ」は、昆虫学の分野では、「甲虫類」に分類されるそうですが、「甲」という文字の意味を、古い時代までさかのぼると、「申」の文字と源流は同じで、その文字には、「神」の意味も含まれるという話を、どこかで聞いたことがあります。
「スカラベ」=「神」
こういうことを、昔の人は、わかっていたのかもしれませんね。
兵庫県の「六甲山」は、もしかしたら、「六つの手足をもつ甲(神)の山」という意味で、「スカラベ」が、太古の昔にはそこに、「スカラベ」が大量にいたのかもしれませんね。
ネットで調べてみると、日本にも、もちろん、「スカラベ(フンコロガシ)」は生息しているそうですが、とても小さいサイズで、3ミリくらいの糞虫みたいです。
研究している学者も少なく、生態については、あまり知られていないそうです。
奈良県などでは、よく、鹿の糞を転がしている様子も、観察されているそうです。
大昔の地球には、3メートルの大きさのトンボもいたそうです。
だから、もしかしたら、「スカラベ」も、古代の日本では、犬や猫くらいの大きさの「スカラベ」もいたのかもしれません。
友人たちとは、最近、この話題で、大盛り上がりするのですが、ある友人と話していて、面白いことがわかりました。
この凄い史実にとっくの昔に、気が付いていた大天才が、一人いたのです。
「ファーブル昆虫記」で有名な、「ファーブル」です。
おそらく、彼は、これに気付いていたと思います。
だから、91歳で亡くなるまで、星の数ほどある昆虫の中で、特に、「フンコロガシ」の研究を、一番やっていたのだと思います。
ほとんどの日本人は、「ファーブル昆虫記」で、「フンコロガシ」の存在を知ったと思います。
ファーブル博士って、超大天才だったのですね~!
私が今頃になって到達した境地に、あの時代に簡単に到達していたとは…
さらに、興味深いことが、わかりました。
世界中を熱狂させた、20世紀最大の人気グループ、「ザ・ビートルズ」は、最初のバンド名は、「シルバービートル」だったそうです。
これは、おそらく、「スカラベ」という意味だったと思います。
「スカラベ」が、地球の本当の支配者だったのかもしれません。
もしかしたら、古代史などは、真面目に考えていては、その本質は、わからないのかもしれません。
真面目で、常識的に考えていたから、すぐに限界にぶつかっていたのだと思います。
もっと遊び心をもって、無邪気に好奇心で考えたほうが、いいのだと思います。
いいですか?
「真面目」に考えるのではなくて、「クソ真面目」に考えるのです。(大笑)
私は、魔法使いではありませんが、古代においては、地球を支配していた宇宙人や神々と呼ばれている存在たちは、そのスーパーテクノロジーを見せられた古代人たちからは、まさに、「魔法使い」に見えたと思います。
私たちが、江戸時代にタイムトラベルして、車に乗ったり、スマホで、ドローンを操作しているのを見たら、江戸時代の人々からは、これも、魔法使いに見えると思います。
その「魔法」ですが、これは、推測するしかないのですが、もしかしたら、ある程度、使うパワーに、レベルのようなものがあったのかもしれません。
たとえば、こんなかんじです。
1、無から有をとりだす。
これは、何もない空間から、生命体を創りだすかんじです。
神様という存在は、基本的に全知全能なわけですから、なんでもできると思います。
しかし、これができるのは、究極の創造主のような存在で、使うパワーも、宇宙の根源のようなものなので、凄いエネルギーが必要とされるのかもしれません。
2、無機物を有機物に変換する
無生物だと言われている石などを、生命体に変換するかんじです。
これは、石から人間を創ったり、逆に、人間を石にしたりする技術です。
神話や聖書などにも、そういう場面が出てきますね。
3、有機物を別の有機物に変換する
これは、カボチャを馬車にしたり、人間をネズミにしたりするかんじです。
これは、上記の二つに比べると、もしかしたら、エネルギー消費量も少なく、楽なのかもしれません。
つまり、魔法使いたちも、よほどのことがないかぎり、なるべくなら、3番目の方法を使いたかったのだと、私は推測するのです。
「籠神社」には、日本の三種の神器と言われている「勾玉」は、イスラエルの三種の神器の「マナの壺」と同じ物だという説もあります。
そして、この神社に、それがあるという噂もあります。
この「勾玉」の正式名称は、「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」というそうです。
諸説ありますが、「八尺」は、「単に大きい(あるいは長い)」という意味であるとも、「弥栄(いやさか)」が転じたものとする説もあるようです。
大切なことのは、「瓊」は、赤色の玉のことであり、これは、「瑪瑙(メノウ)」のことだというのが、有力な説らしいのです。
「勾玉」=「メノウ」
だということです。
これは、8世紀に出土されたと言われている、「八尺瓊勾玉」です。
全体的に、赤っぽいですよね。
さらに、これは、「ヒルコ」の形でもあったと思います。
「ヒルコ」=「勾玉」=「メノウ」
こうなるのかもしれません。
これらの写真は、ちょっとわかりにくいかもしれませんが、恐竜の糞の中で発見された、「メノウ」です。
科学的な話をすると、ネットの説明では、
「どうして、ウンコの中に、宝石ができるのか?」
という問いかけには、ある学者が、
「糞が埋められた後、有機物が腐敗・分解されるとともに、常温・常圧下で浸透した地下水の持つ鉱物成分によって置換され、方解石(CaCO3)や珪石(SiO2)が、沈殿してできます。非晶質の珪石がメノウです。 この化学的変化は、化石ができる原理とほとんど同じで、腐敗・分解が進んでしまうと、残りません」
と答えているようです。
難しすぎて、よくわかりませんね。
要するに、
「糞から、メノウなどの宝石ができることもある」
と言っているのです。
私は以前に、パワーストーンの収集に夢中になっていた頃があります。
その時に、アメリカのアリゾナ州で出土されたという石を、持っていました。
緑色の石だったのですが、レインボーカラーの光沢もあって、とても綺麗でした。
しかし、ある時、石に詳しい人から、
「この石は、太古の糞の化石ですよ」
と言われて、驚いたことがあります。
同時に、糞というのが、長い年月をかけると、とても綺麗な土になるということも知りました。
陶器なども、普通の陶器と一級品の陶器は、土が違うそうです。
いい陶器は、年月が経つほど、光沢がでてきて輝くそうです。
つまり、いい陶器の土は、パワースポットの土から作るのですが、その土は、多くの場合、有機物であり、古代の生き物の糞などの場合もあるということです。
このことから、
「勾玉」=「メノウ」=「恐竜の糞」
こうなります。
さらに、面白いこともわかりました。
「籠神社」の奥宮にあたる、「真名井神社」の入口には、2頭の龍がいます。
この二頭の龍の正体は、「イザナギ(エンキ)」と「イザナミ(ニンフルサグ)」だと思います。
2頭で、合計4つの「赤っぽい玉」を持っていますね。
これが、「勾玉」の正体なんじゃないですか?
そして、この4つの玉のエネルギーの正体が、DNAに使われる塩基であり、
A(アデニン)・T(チミン)・G(グアニン)・C(シトシン)
この4つなんじゃないでしょうか?
だとしたら、
「勾玉」=「メノウ」=「恐竜の糞」=「DNA」=「龍の玉」
ということになります。
簡単にいうと、
「勾玉」=「ドラゴンボール」
だということです。
いや~、面白いですね~
謎が、どんどん繋がってきますね~!
そして、これも推測ですが、こうも言えると思います。
「日本の三種の神器は、生命の源だった八尺瓊勾玉(ドラゴンボール)に、八咫鏡の裏に書いてある文字の呪文を唱えながら、草薙剣から、生体エネルギーを放射して、生物を創るための道具だった」
つまり、
「三種の神器とは、人類の創造や復活のための道具だった」
こういう仮説も成り立つということです。
「古事記」によると、「イザナギ」と「イザナミ」が、オノゴロ島に神殿を立て、最初に創った神が「ヒルコ」だと言われています。
ところが、このヒルコは、神としては不完全で、三年たっても足腰の立たないものだったようです。
そこで、「イザナギ」と」「イザナミ」は、このヒルコを、葦船にのせて、海に流してしまいました。
「古事記」には、その後ヒルコが、どうなったのかについては、語られていないようです。
興味深いのは、旧約聖書に登場する、「モーセ」が、生まれたばかりの時に、「ヒルコ」と似たように、川に舟で流れ着いたのを、その時に水遊びをしていた女性たちに助けられ、引き上げられたと言われています。
「モーセ」とは、「水の中から引き上げた」という意味のヘブライ語「マーシャー」に由来するそうです。
もしかしたら、不完全な姿だった、「ヒルコ」が、時空間を越えて、当時のエジプトに飛んだのではないでしょうか?
それから、身体が完全な人間の姿に、シェイプシフトして、「モーセ」という男の子として、生まれ変わったのではないでしょうか?
何度も繰り返しますが、「神々」という存在たちは、人間のように、時間や空間や姿形などに、束縛されないのです。
同じ時代に、別々の人間の肉体にも、魂を宿すこともできるそうです。
そういう複数の人間のグループを、「ツインレイ」や「ツインソウル」、それから、「ソウルメイト」や「ソウルグループ」と呼んだりもするそうです。
この世界において、全ての出来事から、完全に自由な存在なのです。
「モーセ」は、時空間を自在に飛び回る、「パラレルワールド」の旅人だったのかもしれませんね。
これは余談ですが、一説によると、「モーセ=スサノオ」という話も聞いたことがあります。
この二人も、同じ魂グループだというのです。
加えて、私は、「モーセ」も、「エンリル」や「エンキ」などの「人類創世」をやった神々のメンバーだと認識しています。
だとしたら、「モーセ」も「スサノオ」も、それに関わっていた神々だということになります。
もしも、そうならば、面白いことがわかります。
「古事記」には、こういう記述があります。
「スサノオが、アマテラスの作る田の畦を壊し、その溝を埋め、大嘗を行う御殿に、糞をまき散らした」
これは、もしかしたら、「スサノオウ」も、太古の時代に、遺伝子を使って、生物を創る仕事をやっていて、それで、糞を集めたり、何らかの魔法を使って、糞を空中に浮かせたりしていたのかもしれません。
その様子を見た、普通の庶民たちが、
「スサノオ様は、糞を投げて暴れている!」
こう誤解したのかもしれません。
こうやって考えると、古代史が、また楽しくなってきますね。
オマケの話です。
もう一度、「ツタンカーメン」のマスクを見てください。
「ヒルコ」は。双子でしたね。
「コブラ」のような姿のヘビが、おそらく、「ヒルコ」の正体だと思います。
隣にいる、「アヒル」のような存在が、「ヒルメ」なのかもしれません。
シュメール文明の神々である、「エンリル」と「エンキ」でもあります。
〇「ヒルコ」=「エンキ」=「爬虫類の神様」=「亀」=「口の閉じた狛犬(吽)」=「出雲大社」
〇「ヒルメ」=「エンリル」=「鳥の神様」=「鶴」=「口の開いた狛犬(阿)」=「伊勢神宮」
こうなります。
もしかしたら、
「鶴と亀」→「ツルとカメん」→「ツタンカーメン」
こうやって、日本からエジプトに、名前が訛って伝わったのではないでしょうか?
まあ、これは半分は冗談です。(笑)
これは、沖縄の首里城に展示してある、琉球王国の国王が使っていた印鑑です。
上記の「ツタンカーメン」の仮面にある、「アヒル」の姿にソックリですね。
これは、「ヒルメ」だと思います。
これは、何度も紹介していますが、福岡県の沖ノ島で発見されたものです。
「ヒルメ」ですね。
これが、「ドラゴン」の原型でもあったかもしれません。
土で創った、「ドラゴン」と「人間」のハイブリッドの存在だったかもしれません。
一説によると、「ヒルコ」と「ヒルメ」の双子は、こういう系統になるそうです。
〇「ヒルコ」=「銅鐸の文化」=「出雲」=「スサノオ」
〇「ヒルメ」=「銅鏡の文化」=「伊勢」=「アマテラス」
おそらく、「ヒルコ」のほうが、「九州を中心にした邪馬台国」で、「ヒルメ」のほうが、「関西を中心にした邪馬台国」だったのだと思います。
そして、両者とも、しばしば人間の姿に変身して、「スサノオ」や「アマテラス」になったのだと思います。
ただし、この場合、あまり細かいことは考えなくもいいと思います。
「ヒルコ」と「ヒルメ」は双子で、ツインレイの魂なので、名前などは、どちらでもいいということです。
そろそろ、旅行記に戻ります。
島原半島の旅では、いろいろなところをまわりました。
友人のタウリンさんが、とても興味深い神社などを案内してくださいました。
「温泉神社」という名前です。
境内には、「プロビデンスの目」や「世界樹」や「ラピュタ」を創造させるような物も置かれていました。
面白い形ですね。
お稲荷さんですね。
しかし、近づいて、よく見ると、普通のお稲荷さんではありません。
最初は、意味がわからなかったのですが、しばらくして、この石像の意味がわかりました。
ハイ!
この旅行記を最初から読んでいたら、すぐにわかりますね。
つまり、このお稲荷さんは、「イナンナ」なのです。
そして、「ニンフルサグ」でもあるのです。
「エンキ」の妹でもあり妻でもあった女神です。
もう一度、「イナンナ」の姿です。
「聖母マリア」です。
詳しいことは割愛させていただきますが、こうなります。
「エンキ」=「イザナギ」=「宇賀神」
「ニンフルサグ」=「イナンナ」=「聖母マリア」=「イザナミ」=「卑弥呼」
おそらく、二体のお稲荷さんは、簡単に言うと、「イザナギ」と「イザナミ」なのだと思います。
そして、「氷の天使」と呼ばれる「クリオネ」に似た姿の二人の子供は、「ヒルコ」と「ヒルメ」なのだと思います。
だとしたら、「ヒルコ」は、「キリスト」でもあります。
すると、必然的に、「ヒルメ」は、弟の「イスキリ」になります。
「イザナギとイザナミが、ヒルコとヒルメの双子の子供を生んだ」
この石像は、そういう意味なのです。
そして、生んだ後に、二人の子供たちは、産道(鳥居)を通ってこの世界に出ます。
それが、この二人です。
ブサイクで可愛いですね。
身体が不完全なのに、注目してくださいね。
拝殿です。
つまり、この拝殿前の二体の狛犬は、「ヒルコ」と「ヒルメ」が成長して大人になった姿なのかもしれません。
「ヒルコ」→「エンキ」→「エビス」
「ヒルメ」→「エンリル」
こういうことです。
タウリンさん、私、エンキ、この3兄弟で、記念撮影です。(笑)
さらに、面白いことに気が付きました。
日本に来ていた「エンキ(宇賀神)」の姿です。
頭部は人間で、身体が蛇の神様ですね。
「ヒルコ」が成長して、「蛇神」になった姿でもあると思います。
「ヒルコ=蛇神」なのです。
そして、この絵は、古代の中国の伝説に登場する神様です。
二人の神様は、「伏羲」と「女媧」という兄妹です。
「エンキ」と「ニンフルサグ」だと思います。
日本では、「イザナギ」と「イザナミ」です。
「伏羲」と「女媧」
「エンキ」と「ニンフルサグ(イナンナ)」
「イザナギ」と「イザナミ」
これらの神様は、皆、「蛇神」なのです。
だとしたら、「ニンフルサグ(イナンナ)=卑弥呼」なので、「卑弥呼」も、「蛇神」だったということです。
そして、私は、「ヒルコ」は、「卑弥呼」でもあったと思っています。
名前の音も似ていますね。
いいですか?
ここからが、凄いですよ。
「魏志倭人伝」の中には、
「卑弥呼は、邪馬台国に居住し、鬼道で衆を惑わしていた」
という古代史上の謎があります。
今まで誰も解けなかったのですが、この神社の鳥居をくぐっていたら、わかりました。
そうなのです。
「鬼道」とは、熊本県の「トンカラリン」にあったような「地下トンネル」のことだったのです。
「鬼が通る道」
という、そのままの意味なのです。
皆、難しく考えすぎていたのです。
鬼のような顔で、身体が蛇の姿の「卑弥呼」が、地下トンネルを通って、当時の人々を、いろいろな理由で、惑わせていたということです。
もしかしたら、当時、九州と関西の間を繋ぐ、巨大な地下トンネルもあったのかもしれません。
「卑弥呼は、戦の時などに、鬼蛇の姿になって、地下にある鬼の道を通って、敵を攻撃したり、逃げたりしていた」
こういう意味なんじゃないでしょうか?
もう一度、「トンカラリン」です。
実は、「鬼蛇」の神様は、現在でも、日本中の神社や寺で、私たちを出迎えてくれています。
ハイ!
「鬼瓦」です。
「鬼のような顔で蛇のような身体の神様」
この神様の正体は、「邪馬台国の卑弥呼」だったということです。
さて、そんなことを考えながら、神社参拝の後、タウリンさんと、ランチを食べに行きました。
タウリンさんの知り合いの店だというので、そこに入ったら、店員の女性が、なんと、私のブログを、ずーっと愛読してくれて、ファンだったことを知って、大盛り上がりになりました。
なんでも、
「トーマさんに、そろそろ会いたいな…」
と思っていたら、私、トーマ本人が、店にやってきたのだとか…
奇跡の出会いでした!
名前を聞いて、さらに驚きました!
「マリナ」という名前だそうです。
タウリンさんが、
「マリアとイナンナが、合体した名前だ…」
と、ポツリと呟いた時に、鳥肌が立ちました。
「聖母マリア」と「イナンナ」を祀っている神社に参拝した帰りに、この名前が合体した方に出会うとは…
しかも、私のブログのファン…
今回の旅行の中で、宇宙考古学や地上絵よりも、この出来事のほうが、ビックリしました。(笑)
人と人との出会い、これが、人間にとっての最大の「ミステリー」なのかもしれません。
島原の旅では、ある日の夜、タウリンさんのお店にも、久しぶりに立ち寄りました。
松下皮膚科の松下先生も、途中から合流して、3人でいろいろなことを語りました。
タウリンさんのお店です。
看板が笑えます。
次回、「九州ミステリーツアー」、感動のフィナーレです。
〇松下先生のブログです。(私の記事です)
https://89343703.at.webry.info/201807/article_2.html
〇「松下ひふ科」のサイトです。
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〇タウリンさんのバー、「スーノルーノ」です。
https://www.facebook.com/Sunoluno-359048364611591/
〇マリナさんのお店、「リッツ」です。
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九州ミステリーツアー 6 ラピュタ
旅行記の続きの前に、ここでも、「ラピュタ」のおさらいを、やっておきましょう。
当時の縄文人、つまり、人間たちの生活は、狩猟採集だったと言われています。
こんなかんじですね。
こんなことを言ったら、縄文人たちには失礼かもしれませんが、上記の絵のような生活をしていた人々は、とてもじゃないけど、彼らには、あの時代に、あれほどの完成度の土器や土偶は、作れなかったと思います。
技術的に、不可能なのです。
例をあげますね。
青森県で発見された、有名な遮光器土偶は、現代の最先端のセラミック技術でも、かろうじで復元できるレベルの土偶だそうです。
この土偶は、摂氏9000度くらいの超高温で、40時間くらい熱しないと、ああいう焼け方はしないそうです。
さらに、粘土の中に、植物繊維を混入させたりと、とても高い技術で制作されているそうです。
簡単に言うと、縄文時代には、すでに、現代の科学と同等か、それ以上の科学力をもった人たちが、存在していたということです。
ここで、疑問なのは、
「これほどの科学力をもった人たちが、どこに住んでいたか?」
ということです。
彼らの住居跡が、見つかっていないのです。
よく、木で作られたテントのような住居が、復元されていますが、あれは縄文人、つまり、人間の住居です。
遮光土偶を制作できたほどの科学者たちが、あんな原始的な住居に住むと思いますか?
優れた科学力をもった宇宙人たちの住居跡は、実はどこにもないのです。
私は、
「古代の科学者たちは宇宙人、もしくは、未来人で、普段は、現在の宇宙ステーションのような場所で、地球の上空に滞空して生活していた」
と思っています。
そして、たまに地上に降りてきたのです。
つまり、「ラピュタ」に住んでいたということです。
その降りてくる場所が、「古墳」だったと思います。
こんなかんじで、空から来たのだと思います。
その後、船の底に穴が開き、搭乗員たちが、光のビームとともに、地上に舞い降りたのではないでしょうか?
「縄文時代」というのを考察する時には、「縄文人(人間)」と「宇宙人(未来人)」を、区別して考えなくてはいけないということです。
何回か書きましたが、私は、古墳の用途として、
「超巨大な古墳は、最初は、宇宙船の離発着場として、宇宙人たちが建築した」
という仮説を支持しています。
もちろん、権力者たちが、「お墓」や「祭祀場」としても使ったのですが、それは、宇宙人たちが、これを使わなくなった、ずーっと後に、跡地を利用したのだと思っています。
そう考えたほうが、自然なのです。
数名の人間の遺体を、埋葬するためだけに、あれだけの規模の墓を造るというのは、不自然なのです。
権力を誇示するためだけでは、あれほどの巨大建築物は造らないと思います。
前方後円墳の写真を見てみながら、
「ここに、超巨大な母船が、着陸していたんじゃないかな?」
と考えると、そういうふうに見えてくるんじゃないですか?
特に、この古墳は、わかりやすいです。
これは、群馬県高崎市にある古墳を、空撮したものです。
「保渡田古墳群」といいます。
雑草を取り除くと、このように、「古墳」の本来の姿が現れます。
真ん中が、司令官クラスのロケットやUFOの発着台で、四隅には、護衛用のUFOが、発着していたと思うと、シックリくるのではないですか?
どこからどう見ても、スペースシップの発着台ですよね?
縄文土器ですが、生活用品以外にも、芸術品や記念品としての役割を目的にして、制作された物も、あったようです。
たとえば、「宇宙人のロケット」を、模造してつくった物もあったようです。
「土器」ということを前提にして、撮影されている写真ばかり、いつも見ているから、そう見えるのです。
土器を逆さにして、一度、「ロケット」として、眺めてみてください。
土器の下部の模様は、ロケット噴射の時に出る「火炎」です。
垂直に上空に飛び立っている姿を、イメージしてみてください。
人間の目というものは、面白くて、一度でも、「ロケット」だと認識すると、他の写真も、そう見えてくるのです。
最初から逆さまにした写真を掲載すると、ロケットに見えますね。
ドッカ~ン!!!
ゴゴッ、ゴ~~~~!!!
と炎を吹き出しながら、まっすぐ垂直に、宇宙に旅立っていくのが、わかりますか?
これも、何度も書いていますが、「関ケ原」の合戦では、「ゲル」と「ペル」という二つの宇宙人グループが、人間を使って代理戦争をやっていたようですね。
犬型の宇宙人と爬虫類型の宇宙人、2タイプの宇宙人グループですね。
実は、さらに裏話があるのです。
エリザベス女王1世が、徳川家康を助けたという話も書きましたね。
その時に、この女王の使者として、日本に武器を運んできた人物がいたのです。
イギリスから、「ウィリアム・アダムス」という人が、リーフレス号という船に乗って、日本に漂着しました。
このアダムスが、大量の武器を日本に密輸して、家康は、アダムスの武器を買って、関ヶ原の大戦に備えたようなのです。
この大量で、しかも強力な武器のおかげで、家康は、この戦で勝つことができたのです。
「ペル」という同じ宇宙人グループだった、エリザベス女王が、同じ仲間である家康を助けたということです。
後に、アダムスは、徳川家康の外交顧問になりました。
そして、日本名を、「三浦按針」と名乗りました。
「按針」とは、「航海士」の意味らしいです。
晩年は、故郷への帰国を夢見ていましたが、1620年に、長崎県の平戸で亡くなったそうです。
現在でも、長崎県平戸市には、銅像が立っているそうです。
アダムスは、関ヶ原の戦いの約半年前、1600年4月29日に、日本に着いたと言われています。
それから、日本で、いろいろな活動をしていたようです。
アダムスが、日本の情報を、イギリスなどのヨーロッパに伝えていたようです。
ここで話は、一気に飛躍しますが、いろいろ調べた結果、私は、この人物も宇宙人のグループだったのではないかと考えています。
この人は、不思議なことや謎が多いのです。
そういえば、有名な宇宙人コンタクティー、「アダムスキー」とも、名前が似ていますね。(笑)
アダムスは、1620年に亡くなっているのですが、それから、約100年後に、一人の人物が、ある本を書きます。
その人物とは、アイルランドの風刺作家、「ジョナサン・スウィフト」です。
この人物が生まれたのは、1627年で、アダムスの死の7年後です。
世界中で読まれている名作、「ガリバー旅行記」を書いた人です。
この本は、初版が、1726年に出版されています。
アダムスの死後、106年後ですね。
「ガリバー旅行記」を、ちゃんと読んだことがある人は、少ないと思いますが、実際の原作は、第4部から構成されている大作です。
第一篇 リリパット国渡航記(12分の一の小人の国)
第二篇 ブロブディンナグ国渡航記(12倍の巨人の王国)
第三篇 各国渡航記
ラピュタ(空飛ぶ島 バルニバービの首都)
バルニバービ(首都ラピュータの植民地)
グラブダブドリッブ(魔法使いの種族)
ラグナグ(大きな島国)
日本
第四篇 フウイヌム国渡航記(理性を持った馬の種族と野蛮で下品な人間によく似たヤフー)
こうなっています。
実際に、日本語訳の原書を読んでみましたが、とても描写が細かく、とても想像だけで書かれたストーリーだとは、思えませんでした。
第三篇に注目してください。
「日本」と「ラピュタ」が出てきますね。
「ガリバー旅行記」に出てくる、大半の国の名前は、架空の存在なのですが、「日本」だけが、現実にある国として登場します。
主人公のガリバーが、日本を訪問しているという話、それから、物語のあちこちに、日本人の話が出てきます。
しかも、かなり正確に描かれているのです。
物語の中では、ガリバーは、日本に、1709年に来たことになっています。
しかし、学者の間では、当時日本は鎖国していたので、イギリス人のガリバーが、日本を訪問できるはずはないだろと、言われているようです。
一説によると、先ほどのウィリアム・アダムスが、本国のイギリスに送った手紙などの情報を元に、この物語は、書かれたとも言われています。
しかし、私は、別の可能性を考えてみました。
「ウィリアム・アダムス」=「ジョナサン・スウィフト」
という可能性です。
アダムスが、宇宙人であったのならば、タイムトラベルやシェイプシフトして、別の時代の別人になることは、可能なのです。
もしくは、同じ魂が、生まれ変わった可能性もありますね。
本の内容では、ガリバーは、1699年から1715年にかけて、4度航海しているようですが、3度目の航海で、ガリバーが、「ラピュタ」と「日本」に行く話が出てきます。
だいたい、こういう内容です。
1707年、日本人の海賊船に襲われ、ガリバーは、単身海へ流される。
その後、ある島に漂着し思案に暮れていると、なんと空中から円形の巨大な飛行物体が、舞い降りてくる。
「ラピュタ島」と呼ばれる、この浮島では、男たちは音楽、天文学、数学に熱中し、まったく現実離れした抽象の世界に、遊んでいた。
一方、女たちは、夫を馬鹿にして、下の「バルニバービ島」に逃亡し、情交にふけることを夢見ているといったありさまだった。
次に、「バルニバルビ島」に降り立った、ガリバーは、最新流行の新学問の粋を集めたという、アカデミーを訪れた。
人間の糞便を、食物に戻そうと悪戦している者、胡瓜から、日光を抽出しようとする者、すべての言語を廃止して、物体言語を用いんとする者、そこはこうした気狂い科学者で、一杯だった。
とりわけ、奇怪だったのは、世界中の書物を集めた完璧なる百科全書を作らんと、印刷機を操作しているグループだった。
ガリバーは、そこから出たあと、「ラグナグ島」にも向かった。
そこでは、不死人間と対話し、最後に、ラグナグ王の弟君が統治する、「日本」に渡航した。
「ザモスキ」というに上陸して、エドに向かい、将軍に、ラグナグ国王の親書を提出する。
彼は、日本が、オランダとだけ貿易をしていたことを、知っていたので、オランダ人と偽って入国する。
そして、
「あの十字架踏みの儀式(踏絵)だけは、免除していただきたい」
と願い出る。
将軍は、
「そんなことを願う外人は、初めてだ」
といっていぶかるが、ラグナグ国の特使であることから、その願いを許し、護衛をつけて「ナンガサク(長崎)」まで送り届けてくれた。
1709年、アンボイナ号というオランダ船にのって、アムステルダムに向かい、1710年に無事に帰国した。
どうですか?
年代なども、細かく記述されていますね。
想像だけは、書けませんよね。
どこからか情報を得ていたのです。
ウィリアム・アダムスからの情報、また、マルコポーロの「東方見聞録」も読んでいたのかもしれません。
いや、もしかしたら、
「ウィリアム・アダムス」=ジ「ョナサン・スウィフト」=「マルコポーロ」
という可能性もあります。
宇宙人たちは、もうなんでもありなのです。
「ガリバー旅行記」の原書の中の挿絵には、「ラピュタ島」や「バルニバービ島」、「ラグナグ島」、「日本」の位置まで、地図で描いてあります。
「ラピュタ」は、日本列島の北東、太平洋上にあったことになっています。
これは、
「実際にあった島々で、その後、海中に水没した」
と、考えることもできますが、私は、ここで、「パラレルワールド」の可能性をあげておきます。
言葉で表現するのは、難しいのですが、時空間がズレている状態で、違う振動数の異世界が、ここの空間にあったという解釈もできるのです。
だから、見える人には見えて、見えない人には見えないという、霊的な空間都市だったのかもしれません。
いずれにしろ、当時のヨーロッパの人々にとっては、「黄金の国・ジパング」のイメージのオマケに、「ラピュタ」があったということです。
いやー、面白いですねー。
「日本」と「ラピュタ」は、ワンセットだったみたいです。
実は、太古の昔、「ラピュタ」だと思われる空中都市が、日本の空を飛び回っていた痕跡が、たくさんあるのです。
日本中に、「貴船神社」や、「岩船神社」など、「船」の文字が入る神社が、たくさんありますが、おそらく、そこの上空に、宇宙ステーションのように滞空していたと思います。
アーティストというのは、チャネリングのような能力をもっていて、それで見たビジョンを、作品にすることも多いそうですが、有名な「ルネ・マグリッド」が、不思議な絵を描いています。
「ピレネーの城」という作品です。
これなど、完全に、「ラピュタ」ですよね。
「ラピュタ」にも、いろいろな種類があって、宮崎アニメに出てきたような巨大な天空の城は、「母船」のようなものだったのかもしれません。
これは、「小型機」みたいなものだったんじゃないかな?
和歌山県在住の友人からの写真です。
これは、「狩場明神」の祖である「犬飼の神」が祀られている、「立岩」だそうです。
「狩場明神・犬飼の神」とは、「狼信仰」のことらしく、明らかに、「宇宙人・ゲル」のことですね。
そして、こちらは、「丹生都比売」が、最初に降りたったと言われている「明神岩」と呼ばれている岩だそうです。
この二つの岩は、「宇宙人・ゲル」が、前述の小型機のタイプのラピュタを、車を廃棄処分にするみたいに、乗り捨てた宇宙船だったかもしれませんね。
他にも、「ラピュタ」には、いろいろな種類があったそうです。
これは、昔のヨーロッパの本で、描かれている「ラピュタ」です。
ピラミッドですね~!
アメリカの1ドル紙幣に描かれている、「プロビデンスの目」のピラミッドのような形で、飛行しているUFOですね。
最近でも、こういうピラミッド型のUFOは、たまに目撃されていますね。
宮崎アニメの「ラピュタ」、どうやら、本当にあったみたいです。
しかも、日本の隣の国だったみたいですね。
そして、たまには、日本の上空にも、アニメのように滞空していた痕跡も残っています。
さらなる面白い仮説を、展開しましょう。
「天空の城 ラピュタ」の作品の中に、「ロボット兵」が出てきますね。
ロボットの頭部です。
縄文時代あたりには、このロボット兵が、頻繁に地上に降りてきていたのだと思います。
もちろん、いつの時代にも、「ラピュタ」は、日本の上空にいたと思いますが、縄文時代には、なんらかの理由で、特に、現在の東北地方から北海道の空に、滞空していたようです。
2014年に、青森県の「石神神社」に行った時の写真です。
「石神様」といって、神社の裏手に祀られています。
「ドクロ」や「宇宙人・グレイ」など、いろいろな解釈がありますが、私は、これは、「ラピュタ」から落ちてきた、「ロボット兵」の頭部だと思っています。
左右非対称の目が、ロボットに、そっくりですね。
私は、このロボットたちを、土を使って、そのまま忠実に作ったのが、大半の縄文土偶だったのだと思っています。
「ラピュタ」のストーリーの中では、そのロボットが、地上に落ちてくるシーンがありましたね。
私は、縄文時代あたりに、ラピュタから、ロボット兵が、何かの理由で、実際に、たくさん落ちてきたことがあったのではないかと、考えています。
その落ちてきたロボット兵の姿を、そのまま土偶にしていると思われる作品です。
一説によると、縄文土偶の中でも、特に、「遮光器土偶」のことを、「アラハバキ神」と呼んだという説もあるようです。
この神様は、謎が多く、いまだに定説らしきものもないのですが、私は、
「ロボット兵」=「縄文土偶」=「アラハバキ神」
という仮説を主張しています。
オマケの話を、もう一つ書いておきます。
歴史認識について、話題になるときに、よく、「伝言ゲーム」のたとえが、つかわれます。
つまり、
「歴史というものは、長い年月が経つごとに、人から人への口伝えという行為では、事実が歪曲され、間違って伝わる」
という話です。
たしかに、ある程度は、解釈の違いなどにより変わりますが、大切なことは、歴史を語る場合、現代の感覚で考えてはダメだということです。
昔は、現代のように、テレビやゲーム、雑誌、インターネットなど、まったくなかった時代です。
だから、逆に正確に伝わりやすかったのです。
親から子へと、昔話くらいしか、娯楽がなかったので、皆、ほぼ正確に、話を覚えていたのです。
特に、時代が昔になればなるほど、これは顕著になります。
昔の時代のほうが、正確に情報は伝達したのです。
だから、神話や伝記の中には、かなりの真実が含まれているものなのです。
特に、権力者が横暴な時代には、庶民の間では、「物語」として、こっそりと、真実が語り継がれていることが、多かったみたいです。
前述の「プラビデンスの目」の形は、一説によると、台形と三角形の二つに分かれたピラミッドは、二つの船を暗示しているそうです。
旧約聖書の中の「ノアの方舟」の話は、最近では、ほとんどが、事実だったことが、わかっています。
ただし、その方舟が、二つあったという話は、あまり知られていないようです。
聖書以外の「エノク書」などの外伝や伝記などには、「アダム」と「イブ」から、10代目の子孫に、「エノク」という男性がいて、神様が最初、このエノクに、
「もうすぐ、大洪水が起こるから、たくさんの人を連れて逃げなさい」
と教えたそうです。
それで、エノクは、160万人の男女を連れて逃げたそうです。
名前の音からして、
「エノク」=「エンキ」
だと思います。
おそらく、「エンキ」の生まれ変わりだと思います。
160万人といえば、日本では、一つの県くらいの人口ですね。
逃げた船というのが、「空中に浮かぶ町」だだったようです。
そうです。
この町が、「天空の城 ラピュタ」だったのです。
聖書にも、登場していたのです。
その後に、エノクの曾孫である「ノア」が、有名な「ノアの方舟」を造って、少数の人間と全ての動物を、40日間、大洪水から避難させます。
面白いのは、この時に、乗船した人々は、8人だったそうですが、男と女、それから、4種類の人種に、4種類の血液型だったそうです。
さらに、日本語で、「船」と書きますが、「八」と「口」で、
「8人の口が、あった」
という意味になります。
ほかにも、「口」が、台形のピラミッドの下の部分で、「八」が、三角形のピラミッドの上の部分も、表現しているようにも見えます。
漢字って、凄いですねー!
日本の歴史でいえば、日本書記の「天の磐船」には、二つ意味があり、一つは、空を飛んだ、「天の浮き船」で、二つ目が、「海の浮き船」になります。
前者が、エノクの「天空の城 ラピュタ」で、後者が、有名なノアの「ノアの方舟」です。
細かい話は省略しますが、
「ラピュタは、当時の太陽に飛んで行った」
という記述があるそうです。
さらに、いろいろ調べると、この時代の私たちの太陽系の太陽は、現在の「木星」だったそうです。
それが、次第に輝きを失い、その後、太陽系内の最大の惑星になったそうです。
現在の太陽は、もともとは、シリウスにあった3つの恒星の一つが、この太陽系の中心に来たという説もあるようです。
興味深いのは、宮崎監督のアニメを見ると、最後のエンディングの歌のシーンで、ラピュタが浮かんでいる惑星の隣に、「土星」が出てきます。
このことから、宮崎監督は、アニメの中で、遠まわしに、
「ラピュタは、最後は木星に帰った」
と表現しているのです。
恐るべし、宮崎アニメですねー!
このシーンです。
左上に、土星があります。
前回、「世界樹」のことを書きましたが、
「世界樹」=「ラピュタ」
でもあったのかもしれません。
反重力装置のせいなのか、超巨大樹が、根元から空を飛行していますね。
こういう「ラピュタ(世界樹)」が、太古の時代、世界中を飛び回っていたのかもしれません。
「世界樹」は、大晦日に放映されている、「NHK紅白歌合戦」の時のフィナーレでも、登場することもあります。
この時、「蛍の光」を、皆で合唱するのですが、この歌を聴いていると、なんともいえない感情が、魂の奥から湧き上がってくるのを感じている人も多いと思います。
ある知人から教えていただいたのですが、この歌は、実は、太古の昔、「レムリア&ムー」の時代に、大洪水で多くの島々が水没した時に、当時の地球人たちが、皆で歌った歌なのだそうです。
その時に、「蛍の光」のように輝きながら、無数のスペースシップが、人々を、その大災害から救ったそうです。
茨城県の「大洗磯前神社」には、こういう伝承が残っているそうです。
「神々が乗ってきた船には、石が20個の輪になっていて、それらの石が光っていて、真ん中には、さらに大きな石が一つあった」
この表現は、明らかに、UFOですよね。
フランスで目撃されたUFOです。
こういう「玉虫色のUFO」は、世界中で、たくさん目撃されています。
こちらは、ニュージーランドで目撃されたUFOです。
これは、「大洗磯前神社」の拝殿にあった彫り物です。
全部、「玉虫色のUFO」ですね~!
昔、日本中に、「玉虫色のUFO」が、着陸したのだと思います。
そして、ここから、宇宙人たちが降りてきたのだと思います。
こんなかんじですね。
「大洗磯崎神社」の御神体は、なんと、「アワビ」だそうです。
これは、メキシコ産の「アワビ」です。
「玉虫色のUFO」じゃありませんか~!
こちらも見てください。
「大洗磯崎神社」で行われている、「お磯下り」という神事です。
水戸市有賀町の「有賀神社」から「大洗磯崎神社」まで、この御神体を運ぶのだそうです。
平安時代から受け継がれているそうです。
この御神体は、間違いなく、「玉虫色のUFO」ですね~!
さらに、興味深いのは、茨城県のあたりには、知る人ぞ知るの「うつろ船」の話があります。
「八芒星」のようなシンボルマークが、UFOの表面に描かれています。
「イナンナ(聖母マリア)」ですね。
頭から、布を被っていますね。
前置きが長くなりましたが、島原半島の旅行記の続きです。
私たち一行は、山道を歩いて、頂上を目指しました。
途中には、「八咫烏」の石碑もありました。
とうとう、頂上に着きました。
なんと、この山の頂上に、洞穴があるのです。
汗ビッショリになりました。
海から吹きあがってくる海風が、とても気持ちよかったです。
子宮の中のようで、とても落ち着きました。
この洞穴は、昔、剣豪の宮本武蔵が、傷を癒した場所としても有名だそうです。
祠がありました。
なんでも、この洞穴の中に、食物を置いておいても、なかなか腐らないのだとか。
それから、この山にある、もう一つの頂上に行きました。
ここからの景色も、絶景でした。
見てください!
私には、この景色は、太古の昔には、手前にある、「オニギリ」のような山が、後方にある台形の山の上に、浮かんでいたビジョンが見えました。
現在は、この二つの山は、離れていますが、昔は、セットだったのではないでしょうか?
そうです。
ここに、地球における、正式な「プロビデンスの目」があったのではないでしょうか?
こんな形の山が、本当にあったのではないでしょうか?
つまり、この「オニギリ」の山は、前述したように、「ピラミッド型のUFO」、つまり、「ラピュタ」だったのではないでしょうか?
よく見ると、「目」のような模様も見えますね。
こんなかんじで、後方の台形の山の上に、浮かんでいたのかもしれません。
だとしたら、私たちが登ったこの山も、太古の時代、「ラピュタ」だったかもしれないということです。
もっと想像を広げると、あの頂上の洞穴には、操縦室があったのではないでしょうか?
「ラピュタ」の司令官がいた、司令室だったのかもしれません。
そして、「レムリア&ムー」の時代には、大洪水で苦しんでいる人々を、この山が空に浮かびながら、救助していたかもしれません。
そんなことを考えながら、ここの頂上で、ぼーっとしていました。
こんなかんじですね。
この山の登り口にあった、「岩戸権現」という御神体は、「ラピュタ」のことだったのかもしれません。
太古の昔に、救助してもらった恩を忘れないように、「神様」として、今でも祀っているのかもしれません。
こういう空想は、最高に楽しいですね~!
頂上でも、記念撮影しました。
実は、この空想は、まんざらでもないのです。
島原半島にも、凄い地上絵があったのです。
見てください!
わかりやすいように、南北を逆転しています。
どうですか?
熊本県の「トンカラリン」の頂上の「菅原神社」の拝殿の前にあった、2本の松の木にも似ていませんか?
上記の地上絵も、視点を変えれば、2本の松の木が、重なっているようにも見えます。
最初は、「世界樹」の地上絵だと思ったのですが、その後、「ラピュタ」にも見えてきました。
大きく茂っている葉っぱ、それから、太い幹に、たくさんの根っ子もありますね。
つまり、この地上絵は、「世界樹&ラピュタ」だということです。
「島原半島」=「世界樹&ラピュタ」
こういうことだったのです!
これに気が付いた時、大感動しました~!
次回に続きます。
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九州ミステリーツアー 5 世界樹
2017年の春に初めて知ってから、それに魅了されて虜になり、それ以来、夢中になって、その痕跡を辿りました。
それが、「世界樹」の存在です。
生まれてから今までに、驚いたことは、山ほどありますが、その中でも、これは一番かもしれません。
あれ以来、これらの岩たちが、私には植物の化石に見えるのです。
「世界樹」の話も、ここで、おさらいしておきましょう。
地球という星は、「惑星」ですね。
「惑星」とは、英語では、「planet」です。
これは、ある本で読んだのですが、もともとは、
「plant(植物)」と「network(ネットワーク)」
という二つの単語を、組みわせた合成語だそうです。
つまり、地球という星は、元々は、
「植物たちが生い茂り、相互に意思疎通をやっていた土地」
という意味だそうです。
その衝撃は、2017年の4月。
最初は、出張先のホテルで見た動画が、キッカケでした。
ウクライナの科学者の方が作成したそうですが、それを見て、ビックリ仰天したのです。
「この地球に山や森は存在しない(前編)」
このタイトルの動画です。
動画では最初に、「切り株」が登場します。
これが、この地球の全ての謎を解く、鍵になります。
植物というのは、年月が経つと、だんだん石化してしまうそうです。
堅くなり、石になり、それから、石炭になったり、環境が整えば、ダイヤモンドになるものもあるようです。
さて、この山を見てください。
アメリカのワイオミング州北東部に存在する岩山です。
「デビルズタワー」と呼ばれています。
1906年に米国初のナショナル・モニュメントに指定されたそうです。
高さは、約386メートルだそうです。
1977年に、スティーヴン・スピルバーグ監督の映画、「未知との遭遇」で、巨大UFOの降りる場所として描かれ、有名になりましたね。
クライミングする人たちです。
人が、小さく見えますね。
こうやって、登っているみたいです。
話は変わりますが、自然界において、「六角形」という形は、とても多いようです。
これは、雪の結晶です。
蜂の巣も、六角形ですね。
そして、植物の中には、六角形をベースに、フラクタル幾何学の模様の形で、成長するものも多いようです。
植物の中には切り取ると、細胞がこのように、六角形になっているものも多いです。
これは、何かの苔の細胞だそうです。
六角形ですね。
もちろん、そうじゃない形の細胞も、たくさんありますよ。
もう一度、「デビルズタワー」の壁面を見てください。
表面が、薄く剥がれていることが、わかると思います。
これは、植物の膜が剥がれているのに似ていると、動画の中では解説されていました。
そうです。
この山は、岩山ではなく、太古の昔、超超超巨木だったのです!!
木の表面が、石化していたのが、あの模様だったのです!
樹木というのは、下の方が、こうなっていますよね?
デビルズタワーの下部です。
つまり、これは、超超超巨大な「切り株」だったということです!
上空から見た姿です!
まさに、「切り株」ですね~!
これは、「デビルズタワー」ではありあませんが、その近くにある、同じような山の頂上だそうです。
「六角形」で、構成されていますね。
植物の細胞が、石化した証拠です。
では、この「切り株」、もしも伐られていなかったら、どれほどの高さだったのでしょうか?
コンピューターで、解析した結果、なんと、6千メートルの高さの超超超巨木だったことが、わかったそうです。
左下の小さな岩山が、「切り株」である「デビルズタワー」です。
こういう超超超巨木の痕跡は、世界中に、山ほどあります。
アイルランドにある、「ジャイアンツ・コーズウェイ」です。
縦に、約8キロにわたって、4万本の六角形の柱が存在しているそうです。
植物の六角形の細胞が石化したと考えたほうが、自然ですね。
火山活動や溶岩などのによる現象だと、既存の学者たちは、考えているようですが、その説には、かなり無理があります。
これらが、火山の溶岩でできた地形です。
そして、一方で、これらが、「ジャイアンツ・コーズウェイ」の岩です。
明らかに違いますね。
この形の地形は、他にも、世界中に山ほどあります。
太古の昔、超超超巨木だった樹木が石化して、「切り株」のような状態になったと思われる岩山は、皆、サイズが違うだけで、「切り株」だと思います。
南米のギアナ高地にある、「テーブルマウンテン」ですね。
これらも、「切り株」です。
太古の超超超巨木の中には、スパーンと伐ったもの以外にも、このように、ボキンと折ったような樹木が、石化したものもあると思います。
これなども、そうだと思います。
ボキンと折られていますね。
これらも、ボキンと何者かが、折ったと思います。
どうですか?
このように、地球という惑星には、太古の昔は、超超超巨木だったのに、現在は石化して、岩山や山だと思われる形になって、存在しているものが、たくさんあるみたいなのです。
世界中の神話や伝説に、「ジャックと豆の木」のような話は、たくさんあります。
これらが、全て真実の話だったということです。
凄すぎるんじゃないですか~!!
まさに、プラント(植物)のネットワークであり、
「植物たちが生い茂り、相互に意思疎通をやっていた土地」
だったのです。
「プラネット」
これが、昔の地球の真実の姿だったのです。
太古の昔、超古代文明の地球の姿は、そういうかんじだったみたいです。
超超超巨木が、地球上には、無数に生えていたんだと思います。
さて、これらの「切り株」について、素朴な疑問です。
どうやって育ったのか?
幹や枝があったならば、その根はどうなっていたのか?
花は咲いたのか?
種は、どのくらいの大きさで、どういう形だったのか?
そもそも、誰が、どうやって伐ったのか?
その目的は、何だったのか?
こういうことを、わかる範囲で、一緒に少しづつ考えていきましょう。
「超超超巨木」は、昔から、「世界樹」と呼ばれていて、世界中に神話や伝説あります。
これは、北欧神話における、「ユグドラシル」という世界の中心にあったと言われている大木です。
英語では 、「World tree」、日本語では、「世界樹」や「宇宙樹」と訳されることが多いそうです。
中国の伝説にも、「扶桑樹」という巨木の話があります。
その巨木の生えている土地を「扶桑国」と呼び、それは、我が国「日本」のことだったみたいです。
「ウィキペディア」によると、中国においては、「扶桑樹」とは、はるか東海上に立つ、巨木だったそうです。
そして、そこから太陽が昇るとされていたようです。
古代、中国などの人々は、不老不死の仙人が棲むという、ユートピア、「仙境=蓬莱山」にあこがれ、さらに、太陽が毎朝、若々しく再生してくるという生命の樹、「扶桑樹」に、あやかろうとしたようです。
古代の中国人は、
「蓬莱山に棲む仙人のように長生きし、扶桑樹に昇る太陽のように若返りたい」
と強く願って、蓬莱山と扶桑樹への憧憬を、つのらせていたそうです。
そして、その場所は、「東海の島」だったと言われているのです。
「日本」ですね。
お隣の中国では日本のことを、「巨木の国」という表現で認識していたのです。
日本はまさに、「木の国」だったのです。
「これだけのウルトラ級の巨木だったら、地面の下の根っこは、もっと凄かったのではないか?」
という疑問が、すぐに、わいてきたのでですが、この説を唱えている科学者の動画に、興味深い仮説が述べられていました。
「太古の時代、世界中にあった世界樹の根っこの痕跡が、洞窟なんじゃないか?」
というのです。
植物の根のイラストです。
外国にあるどこかの洞窟です。
なるほど…、ですね。
日本にも、明らかに「切り株」だと思われる所が、30カ所以上あります。
あの動画を見た後、最初は直接、アメリカの「デビルズタワー」に「切り株」を見に行こうかと思いました。
しかし、いろいろな事情で海外に行くのは、今の時期は難しいことがわかって、
「国内にも、デビルズタワーのような切り株はないかな?」
と思っていたら、すぐに思い浮かんだのが、熊野にある「楯ヶ崎」でした。
そこで2017年6月に、さっそく行ってきました。
最初は、「千畳敷」という所に行くといいと思います。
ここから、「楯ヶ崎」が見えます。
「楯ヶ崎」という岩山は、基本的には登山はできません。
真っ先に、ここの岩肌を見ました。
「六角形」ではありませんが、明らかに、太古の時代、超巨大植物の細胞だった部分が、化石化していると思われる模様でした。
「やっぱり、ここは大昔、細胞だったみたいだったな…」
と思いました。
なんでもそうですが、インターネットだけの情報では真実はわかりません。
やはり直接、現地へ行き、自分の目で見て手で触り、自分の頭で考えることが、大切なのだと実感しました。
同行してくだった山本さんが、さっそく、ここの頂上に登りました。
手を広げているのが、山本さんです。
続いて、辻田さんも頂上に登りました。
この岩々が元々は、超巨大な植物の一部だったと思うと、何ともいえない気持ちになり、じわじわと感動がこみ上げてきました。
私は、途中までしか登りませんでしたが、大迫力の景色を楽しみました。
辻田さんと私が、登っている場面です。
上から、岩肌を見ると、「細胞」だということが、よくわかりますね。
遠くに、「楯ヶ崎」が見えてきました。
やはり、この岩々は、「細胞」です。
歩いていると、それを実感することができました。
念願の目的地に着き、大感動でした~!!
写真では、わかりにくいですが、実物は凄い迫力です。
高さ約80メートル、周囲約550メートルだそうです。
近づいて行くと、威厳と威圧感を感じます。
昔、神武天皇がここから、熊野に上陸したという言い伝えもあるようです。
他にも昔、聖徳太子が馬に乗って、天空を駆け抜け、この岩までやってきたという説もあります。
一般的には、「富士山」と言われていますが、それよりも、「デビルズタワー」や「楯ヶ崎」の形に似ていますね。
アメリカの「デビルズタワー」が、約400メートルで、その超巨大木の推定の高さが、6千メートルだったそうですから、単純計算して、高さが5分の1の「楯ヶ崎」は、太古の昔は、その高さは約1200メートルだったということです!
とてつもない超巨木が、昔ここにあったのですねー!
ここから、少し歩いた所に、もっとよく見えるポイントがあるというので、そこまで、移動しました、
たしかに、よく見えます。
そして、半端じゃないエネルギーが、バンバン伝わってきました。
この岩肌を見てください。
色が、茶色ですよね。
この色も、元々は樹木だったと思ったら納得します。
中国の伝説にも、「扶桑樹」という巨木の話があり、日本を「扶桑国」と呼び、「巨木の国」だと認識していた話も書きましたね。
では、我が国日本では、どうだったのでしょうか?
私の古代史を学ぶ基本姿勢として、
「全くの荒唐無稽で、バカバカしく、事実ではなかったようなことは、歴史の記録として残りにくい。逆に、何かの記録が、神話や伝承として残っていれば、その中には、必ず事実の一部が含まれている」
これを信条にしています。
ということは…
日本にも、「超超超巨木」である、「世界樹」や「扶桑樹」の神話はあるはずなのです。
しばらく考えたら、思い浮かびました。
「高天原」です。
これについては、具体的な絵などの描写が、ほとんどないので、イメージしにくいのですが、言葉にそのまま表現されています。
「高い天の上にある原っぱ」
と書いてあるのです。
つまり、よく描写されている、「アマテラス」や「スサノオ」などが住んでいたという場所は、「雲の上」というよりは、
「雲を突き抜けるほど高い、超超超巨木の上にあった、超超超巨大な葉っぱの上」
に住んでいたのではないでしょうか?
日本の神々は、「扶桑樹」と呼ばれていた巨木の上に、原っぱのようにデカイ、超超超巨大な葉っぱの上を、歩いたり飛び回って生活していたと、考えられませんか?
だとしたら、それまで、なんとなく抽象的で、ボヤッとしたようなイメージだった神々の世界が、急に具体的で身近に感じてきますね。
こういう世界は、「超超超巨大な葉っぱの上」だったのかもしれません。
そして、ある時期に、その原っぱの上で生活してた神々の一部が、地上に降りてきたのだと思います。
それが、「天孫降臨」です。
雲の上の超超超巨木の上の「高天原」に、神々が住んでいたのだと思います。
日本中のたくさんの土地で、同じような出来事があったのだと思います。
「扶桑樹」は、太古の時代、日本中にたくさんあり、その巨木の上の全てに、神々が住んでいたのだと思います。
これに気が付いたのは、2017年の春だったのですが、
「うわーーー!!!」
叫んで、大感動で一人でブルブル震えてしまいました。
もちろん、学問的には仮説の段階ですが、その時、私の脳内では、具体的なイメージが湧き上がってきて、その場面がリアルに感じられたのです。
「高天原」や「天孫降臨」の神話は、高次元や異次元の話ではなく、この世界で起こっていた、現実レベルでの出来事だった可能性が、出てきたということです!
これは、もう今までの古代史が、ひっくり返りますね~!
ワクワクしてきますね~!
九州には、「高千穂峡」がありますが、ここにも明らかに、「植物の細胞の化石」だと思われる巨岩があります。
2017年の夏に行った時の写真です。
この川岸の岩も、「柱状節理」だと思いますが、大きさが桁外れです。
おそらく、太古の時代には、ここにも、超超超巨木がそびえ立っていたのだと思います。
こういう形も、元々巨木だった植物の化石だと考えると、納得しますね。
「切り株」の痕跡だと思います。
学者の先生がたは、こういう形も、火山や溶岩で説明するのかな?
これなども、明らかに、巨木の細胞部分が、化石化したものだと思います。
「高千穂峡」では、ここが特に印象に残りました。
大分県にも、その名もズバリ、「伐株山」という山があります。
「伐株山(きりかぶさん、きりかぶやま)」は、大分県玖珠群(くすぐん)玖珠町(くすまち)にある、標高685.5メートルの山です。
別名で、「切株山(きりかぶさん)」と表記されることもあるそうです。
この山は、前述した、アメリカの「デビルズタワー」の386メートルよりも、はるかに高くて大きいのです。
上記の山に、形がソックリですね。
文字通り、「切り株」の形をした山ですね。
2017年の夏に、記念撮影しました。
読者の方から、教えていただいたのですが、「豊後の国風土紀」という本にも、こういう記述があるそうです。
昔この郡に、大きなクスノキがあって、そこから玖珠郡という名前がついたという伝説が書かれていて、その中には、
「クスノキから、鳥の巣が落ちたところが鳥栖、ここまでは、くるめえ(久留米)、クスの葉が、最も遠くに届いたところが、博多(葉形)」
他にも、
「玖珠にあった巨大な楠木を、巨人が切り倒し、木は、西九州方面に向かって倒れ、木の先は、久留米を越え、壱岐対馬まで届いたとされています。そして切り落とされた伐り株が伐株山となりました」
こう書かれているそうです。
面白いですね~!
こういう巨人たちが、本当にいたのかもしれませんね。
太古の時代、地球上には、「世界樹」が、あちらこちらに、ニョキニョキと生えていたようです。
これなどは、もう完全に「世界樹」ですね。
2018年の夏に、島原半島に行った時に、この土地にも、「世界樹」があったことがわかりました。
島原市在住の友人、タウリンさんから、教えていただいた所です。
「加津佐 温泉神社」という名前だそうです。
ネットで調べると、ここは、「筑紫国魂神社」、「四面宮」と称して、地元では、「お四面さま・お四面さん」と呼ばれて、親しまれているようです。
鳥居には、「四面宮」と書かれていました。
おそらく、シュメール文明における、「エンキ」が関係していると思います。
「エンキ」のシンボルが、「4」の数字でもあるのです。
そういえば、「遺伝子(DNA)」も、4種類の塩基(えんき)からできていますね。
拝殿で参拝しました。
「菱形(◇)」のシンボルがありました。
これも、「エンキ」の象徴です。
この神社の裏山に、「世界樹」の痕跡があったのです。
これを見ていたら、太古の昔、島原半島全体が、世界樹だったような気がしてきました。
島原半島には、このような形の山もあります。
これは、タウリンさんから送られてきた写真です。
上記の山の裏側だそうです。
完全に、「柱状節理」の岩ですね。
間違いなく、「世界樹認定」です。
さて、旅行記に戻ります。
今回の旅では、この土地の山に登ったのです。
それほど高い山ではありませんが、けっこうな傾斜角度で、いい運動になりました。
いつもは、少人数なのですが、この日は、この日は、地元の友人たちが、口コミで集まり、総勢9名になりました。
山登りする前に、皆で記念撮影しました。
ファミレスです。
そして、目的地に着きました。
場所は、南島原市加津佐町本岩戸です。
「巌吼寺」という名前の寺です。
「普陀山」という山号がついています。
明らかに、「補陀落」の意味ですね。
階段の途中には、「亀に乗ったお坊さん」の石像がありました。
今考えると、これは、「スペースシップに乗った宇宙人」の意味だと思います。
「三つ巴」と「菊花紋」が組み合わさった特別な模様の瓦です。
これがあるところは、特別な聖地です。
登山口の辺りに、新しい拝殿が建っていました。
ここでも、記念撮影しました。
ここの拝殿の彫刻を見て、ビックリしました!
なんと、「世界樹」が刻まれているではないですか~!
登る前から、これを見ただけで感動しました。
ここの御神体は、「世界樹」だったということです。
この山自体が、そうだったのだと思いました。
この立て札を見てください。
「さるの墓」と書かれていますね。
立派な神殿のような土地がありました。
地元には、ここで死んだ猿に関する伝説があるそうです。
そして、ここから、ちょっと登ったところに、小さな祠で、「猿の墓」がありました。
でも、それだけではないと思います。
「猿(申)」=「猿田彦(天狗)」=「キリスト」なのです。
ここは、「キリストの墓」なのだと思います。
「キリストの墓」は、全国に何カ所かありますが、全部本物だと、私は思っています。
そして、ここもそうなのです。
正確には、「お墓」ではなく、「新しい肉体に生まれかわり、復活した場所」だったと思います。
昔、キリスト本人が、ここで、何かの儀式をやっていたのだと思います。
考えてみれば、「切支丹(キリシタン)」の聖地に、「キリストの墓」がないほうが、おかしいのです。
以前から、
「島原には、どこかに、キリストの墓があるんじゃないかな?」
と思っていたのですが、ここにあったのです。
それから、私たちの一行は、この山の頂上を目指して、楽しくおしゃべりしながら、ゆっくりと登っていきました。
この話は、次回に続きます。
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九州ミステリーツアー 4 トンカラリン
前回、シュメール文明の頃に、活躍していた、「アヌンナキ」の一族について書きましたね。
その中でも、特に、「アヌ王」、彼の二人の息子たち、「エンリル」と「エンキ」、それから、息子たちの共通の孫娘、「イナンナ」、それから、彼女の息子、「キリスト」についても書きましたね。
もう一度、簡単にまとめると、こうなります。
「人間の姿の神様」=「アヌ王」&「エンリル」
「人間と蛇の姿の神様」=「エンキ」
「二つのグループの融合」=「イナンナ」&「キリスト」
世界中の神様の歴史を辿っていくと、それらの正体は、最終的には、だいたい、この5人におさまるようです。
「九州」という土地は、この中でも、特に「エンキ」の影響が強いような印象を受けました。
詳しいことは、割愛させていただきますが、「エンキ」のシンボルマークは、「蛇」だけでなく、いくつかあります。
簡単に書くと、こうなります。
「エンキ」=「蛇」=「龍」=「馬」=「一角獣(ユニコーン)」=「ピラミッド」=「プロビデンスの目(一つ目)」=「石の建造物」
他にも、たくさんありますが、代表的なものを挙げると、こんなかんじになります。
今回、以前から、ずーっと行きたかった、熊本県和水町の「トンカラリン」に行くことができました。
熊本空港まで、Nさんという方が、迎えにきてくれました。
素敵な車に乗せていただき、楽しくドライブしながら、「トンカラリン」に向かいました。
着きました。
ある程度の場所まで、車で行けます。
記念撮影しました。
案内板です。
「ウィキペディア」による説明です。
トンカラリンは、熊本県和水町にあるトンネル型遺構である。
江田船山古墳がある清原台地に位置し、全長は464.6メートル、自然の地隙や人工の石組暗渠で構成されている。
「トンカラリン」の名称は、穴に石を投げ込むと、「とんからりん」という音が聞こえることからつけられたという説と、朝鮮語由来という説がある。
また、考古学者の吉村作治により、エジプトのピラミッドとの共通点も、いくつか指摘されている。
石積みが布石積みという、日本では珍しい工法であり、これはエジプトのピラミッドと同じものである。
トンカラリンに関しては、民間伝承もなく、排水路説、古代人の信仰遺跡説、道教由来説、古代朝鮮由来説などの諸説があるが、未だに定説はない。
熊本県教育委員会は、1974年に現地調査を行い、1978年3月に、「近世の排水路」との調査報告書を、一旦は発表したが、用水路説と信仰遺跡説も検討すべきと、将来の検討にゆだねている。
2001年に、同教委と当時の菊水町教育委員会が再調査し、「排水路」にしては不都合な点が多すぎるとして、現在は再び、「謎の遺跡」とされている。
この調査では、第2のトンカラリンが、2001年に発見され、さらに第3、第4のトンカラリンが埋蔵されている可能性も指摘されている。
1975年5月に、トンカラリンを訪れた作家の松本清張は、「魏志倭人伝」の一節から、トンカラリンが、邪馬台国の卑弥呼の鬼道であるとの説を唱え、同説の発表によりトンカラリンの存在が、広く知られるきっかけとなった。
読んでいるだけで、ワクワクしてきますね。
どんどん、歩いていきました。
ほとんどの方々は、このトンネルの部分だけを見て帰るみたいですが、それでは、もったいないです。
「トンカラリン」の本当の凄さは、このエリアの頂上付近にある神社なのです。
見えてきました。
鳥居の前で、記念撮影しました。
「菅原神社」と書かれていますね。
ここで、狛犬に驚愕しましたー!
見てください!
まず、片方の狛犬は、大人しく人間と並んでいます。
しかし、もう片方の狛犬は、この場面です!
わかりましたか?
なんと、その人間を食べているのです!
しかも、頭から丸かじりです。
つまり、太古の時代、ここで、「生贄の儀式」があったことを、物語っているのです。
「人身御供」ですね。
現代の日本でも、お祭りなどで、獅子舞に頭から、ガブリと噛まれる儀式がありますが、それは、この儀式の名残みたいです。
境内には、この儀式で使われたと思われる、斧もありました。
「斧を地面に突き刺している状態」
だと思います。
上部が取っ手の部分で、下部が刃の部分だと思います。
かなり大きいです。
もしかしたら、これは、等身大だったかもしれません。
巨人の宇宙人が、人間を生贄にしていたということです。
いや~!
日本中、星の数ほど神社巡りをしていますが、こんな凄い狛犬は、初めてみました。
九州には、古代の歴史が、捻じ曲げられたりせずに、そのまま残っていますね。
ほとんどの神社は、観光地でもあるので、イメージが悪くならないように、明るくポジティブな印象だけにしていますが、人類の歴史というのは、ほとんどが闇の歴史です。
「生贄」や「人身御供」などの「人肉」の歴史から目を背けると、真実はわかりません。
ここで、少しだけ、「人身御供」について、書いておきます。
人間を神の捧げものとして供える行為は、太古の昔から、世界中で行われています。
ただし、それらのほとんどは、正しい歴史を知らないせいで、誤解されているようです。
ほとんどの人は、
「人を殺して、神様に捧げるなんて残酷だ。神様は、なんと冷酷で残酷なことをしたんだろう!」
こう思って憤るようです。
しかし、いろいろ調べると、その本質は、かなり状況が違うようです。
以前にも書きましたが、エデンの園などで、クローン技術により、つくられた人間たちは、いわゆる、「土人形」」であり、現代風な表現をすると、「アンドロイド」だったようです。
つまり、「心」や「意識」や「魂」が入っていないので、見た目は、「人間」にソックリなのですが、現代でいえば、「牛」や「豚」や「鶏」のような存在だったようです。
「アヌンナキ」の宇宙人グループは、この存在たちを、金の採掘などの労働用の「奴隷」にしたり、「セックスパートナー」にしたり、「食料」として食べたりしていたようなのです。
たまに、それらの「アンドロイド」の中で、
「私も、人間のように、心や意識や魂が欲しい。私に、それをください!」
と懇願してくる存在たちがいて、それらに、「心」などを吹き込んでいれる儀式が、「洗礼」だったようなのです。
現在でも、世界中のキリスト教国で行われていますね。
この儀式の根源は、ここにあるのです。
「アンドロイド」のグループは、「心」を吹き込まれると、「自我」が目覚めて賢くなり、いろいろなことが、わかるようになるのですが、同時に、様々な「苦悩」も生まれるということで、そのまま、「動物」のような意識の状態を選ぶ存在たちも、たくさんいたようです。
一方で、多くの苦しみも生まれますが、それでも、自分の意識を持ち、様々な「喜怒哀楽」を味わいたい存在たちもいて、それらの存在たちが、「洗礼」を受けて、いわゆる、「普通の人間」になったようです。
そして、ここからが面白いのですが、「アヌンナキ」のグループも、二つに分かれたそうです。
一つは、
「どうせ、心がないのだから、いくら食べてもいいだろう。猛獣は捕まえるのが面倒だし、大人しい動物も、それなりに狩るのが大変だ。このアンドロイドたちのほうが、捕まえて食べやすい」
こう思った者たちと、二つ目には、
「たしかに、このアンドロイドたちは、心が無いかもしれないが、私たちの姿にソックリな動物を食べるのは、やはり、かわいそうに思える。もう食べたくない」
こう思った者たちがいたようなのです。
前者は、そのまま食べていたようですが、そのうち、後者のほうが、
「いいアイデアを思い付いた! 人間というアンドロイドよりも、もっと美味しい動物を遺伝子操作でつくればいいのだ!」
こう思って、ある時期から、「牛」や「豚」や「鶏」などをつくり、それを食べるようになったそうです。
時期的には、日本では、縄文時代の終わりくらい、外国では、アトランティスの時代に、それが始まったともいわれています。
今でも、漢字の「家」は、「宇宙」を表現する「ウ冠」の中に、「豚」の文字の一部が入っていますね。
特に、アジア大陸においては、特に中国あたりの家では、「豚小屋」が必ずセットになって、「家づくり」がされるようになったそうです。
縄文時代後半の土器は、急須や土瓶が、内部の下のほうに溜まった液体を飲むための形になっています。
これらの食器は、どうやら、人間の血液を飲むための物だったようです。
世界中の「人類創生」だと思われる土地は、「葡萄」や「林檎」の実ができる所が多いみたいです。
それは、「ワイン」をつくるためだったそうです。
そして、生贄の儀式が嫌いなグループが、好きなグループに、
「このワインという液体のほうが、人間の血液よりも、はるかに美味しいし、飲み終わった後に、気持ちが良くなりますよ。こちらのほうを、飲んでください!」
こう言ったようです。
それから、宇宙人たちは、人間の代わりに、「家畜」と「ワイン」を楽しむようになったようです。
もちろん、これらのほとんどは、私の空想であり仮説です。
しかし、この神社の境内には、それを裏付けるようなものもありました。
先ほどの狛犬の下の台には、「葡萄」の絵が、刻まれていました。
おそらく、「家畜をつくった」という意味の記念の石像だと思います。
これは、「豚」の石像かな?
こちらは、明らかに「牛」ですね。
縄文時代の後半では、「人間」の代わりに、「牛」などが生贄になったのだと思います。
つまり、ここは、
「人間の代用の生贄がつくられたおかげで、人間の生贄が無くなったことを記念した聖地」
だったということです。
ちなみに、
「心の入っていない人間は、動物と同じなので、食べようが何をしようが、かまわない」
という価値観は、中近東の「エデンの園」で、始まったグループのものみたいです。
大切なことは、現在でも、地球の支配者層の中には、いまだに、こういう世界観をもっている人々が、一部いるということです。
私は個人的に、こういう世界観は好きではありません。
絶対的に正しいとも思っていません。
ただし、一方では、この世界観や価値観は、絶対的に間違っているわけでもないということです。
日本の場合は、宇宙の根源神から誕生した、「イザナギ」と「イザナミ」の遺伝子が入っている子孫が多かったようです。
このグループは、「宇宙意識」を持っているので、人間と同様に、動物や植物、それから、魚、虫、石、風、水など、ありとあらゆる存在の心を、感じ取れるので、そういう残酷に見える儀式を、嫌ったようなのです。
この話は、長くなるので、別の機会に書きますね。
どうですか?
宇宙考古学を学ぶと、こういうことに気づくことができるのです。
最高ですね!
拝殿の前でも記念撮影しました。
拝殿の前に植えてある盆栽のような松の木が、やけに気になりました。
おそらく、これの意味は、
「聖書に書かれている、エデンの園の生命の木と知恵の木」
だと思います。
ここは、やはり、「人類創生」の聖地だったのです。
拝殿や本殿には、意味深な彫刻が、たくさんありました。
これなども、面白いです。
有名な「見ざる聞かざる言わざる」の変形バージョンですね。
これは、「竜座」からやってきた宇宙人グループですね。
ドラゴン族で「エンキ」のグループですね。
「エンリル」だと思います。
子供を連れているので、「イナンナ」と「キリスト」かもしれません。
これは明らかに、「アヌ王=アフラ・マスダ」ですね。
本殿のあたりに、「菅原大神」の名前がありました。
ご存知のように、「菅原道真」は、「学問の神様」として有名ですね。
詳しいことは割愛させていただきますが、この神様の正体です。
「菅原道真(菅原大神)」=「学問の神様」
「エンキ(宇賀神)」=「知恵の神様」
共通項をまとめると、こうなります。
「菅原道真(菅原大神)」=「エンキ(宇賀神)」
岐阜県の位山にある、「エンキ」の像です。
頭部が人間で、身体はヘビですね。
もうわかりましたね。
太古の昔、ここを拠点にしていたのは、「エンキ」だったのです。
見てください。
こんな小さな穴は、人間が歩いて移動できません。
しかし、アナコンダのような大蛇の姿であれば、移動しやすいのです。
もう一度、日本の「宇賀神」です。
「トンカラリン」のエリアの全体の断面図です。
横穴を移動した後、垂直に昇ります。
その上が、「菅原神社」の本殿なのです。
ちなみに、エジプトのピラミッドとは、同じ穴の大きさで、同じ傾斜角度です。
同じ神様だったということです。
この穴から、蛇神である、「エンキ(宇賀神)」が、狭いトンネルを通って、移動していたということです。
トンネルの出入口です。
そして、頂上の神社の本殿に出るときには、シェイプシフトして、神主のような姿の人間になり、人間の生贄を、本殿の中に招き入れ、そこで、その「アンドロイド」とセックスしたり、それを食べたりしたのだと思います。
この神社の本殿です。
どうですか?
古代史の凄い真実が、わかってきたのではないですか?
そもそも、古代の神社というのは、こういうことをする場所でもあったのです。
これは、この神社だけでなく、日本中の全ての神社が、そうだったのだと思います。
何かの理由で、たまたま、この神社だけ、元のままの姿で、記録用に残したのだと思います。
「人身御供」の儀式は、いろいろな理由があったと思います。
その中の一つには、地球において、「人口調整」などの意味もあったと思います。
天敵がいないと、生物というのは、多くなりすぎるのです。
それで、自然界のバランスが壊れることも、よくあったのです。
そのために、こういう儀式をやっていたのだと思います。
別に、「悪い神様」というわけではないのです。
この神社には、他にも秘密がありました。
この瓦を見てください!
これは、「ヒルコ」を表現していると思います。
トサカがあるほうが、「ヒルメ」で、トサカの無いのが、「ヒルコ」かもしれません。
現在の地球の生物でいえば、「ヤツメウナギ」にも似ていますね。
「ウイキペディア」の説明です。
ヤツメウナギ(八目鰻、lamprey)は、脊椎動物亜門、円口類、ヤツメウナギ目に属す動物の一般名、ないし総称であり、河川を中心に世界中に分布している。
円口類は、いわゆる「生きた化石」であり、ヤツメウナギとヌタウナギだけが現生している。
ウナギどころか「狭義の魚類」から外れており、脊椎動物としても非常に原始的である。
実は、この生物は、お隣の火星にもいるみたいです。
これは、火星の隕石からみつかった、微生物のような形をした物で、電子顕微鏡による拡大写真です。
1999年に、NASAが公開した火星の画像には、渓谷にある巨大なチューブ状の構造物が写っていたようです。
その後も、同じような不思議な地形が、火星でたくさん発見されています。
典型的なのは、ある峡谷で発見された地形で、タイヤ痕のようなので、研究家の間では、「キャタピラ痕」とよばれているそうです。
これらの痕跡を残した生物が、この生物だと言われています。
「サンドワーム」と呼ばれていて、幅数十m、長さ数kmの巨大ミミズと表現され、ミミズのような姿をしているそうです。
もちろん、真偽のほどはわかりませんが、私は、これの正体は、「ヒルコ」だと思っています。
こうやって、いろいろ空想すると楽しいですね。
境内には、他にも、面白い狛犬の姿もありました。
これは、孫悟空の「筋斗雲」のようなスペースシップで、空を飛んでいる神様(宇宙人)の姿だと思います。
そして、これです。
神社や寺には、こういう祠が、たくさんありますね。
今回、これの正体もわかりました。
「古代のロケット」だったと思います。
中に入っているのは、古代の時代に、地球にやってきた、宇宙飛行士だと思います。
「宇宙飛行士」の痕跡は、世界中の遺跡の中に残っていますね。
熊本県に滞在中は、「熊本県立装飾古墳館」にも立ち寄りました。
ここも、面白い展示品が、たくさんありました。
次回は、長崎県の島原半島に舞台が移ります。
お楽しみに!
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九州ミステリーツアー 3 アヌンナキ
ここで、「アヌンナキ」の一族について、再度説明しておきます。
なぜならば、この宇宙人ファミリーが、地球という惑星においては、私たち人類にとって最重要な神様だからです。
ほとんどの宇宙人は、宇宙の法律のようなものがあって、地球への直接介入は認められていないそうです。
しかし、「アヌンナキ」の一族は、地球にとっては、「親戚」のような存在だったため、太古の時代においては、わりと直接的に、人間に関わることが許されていたようです。
この一族は、シェイプシフト、つまり、変身能力があるために、いろいろな姿形になるので、この一族を論じる時には、話がとても複雑になります。
ここでは、思いっきり簡単に書いておきます。
「二ビル」という名前の惑星から、50万年前くらいに地球にやってきたとも、言われています。
「アダムとイブ」などの人類創世にも関わった神様です。
宇宙のグループ別では、「プレアデス」ですね。
「アヌンナキ」の意味です。
聖書などのヘブライ語の、「Elohim(エロヒム)」という単語は、本来、
「el(天)」+「im(人間の複数形)」=「天より地に降りし者たち」
つまり、
「天空より飛来した人々」
という意味で、れっきとした、人間の複数形なのです。
「他の惑星から、UFOで、この地球にやってきた人たち」
ということです。
さらに、「Anunnaki(アヌンナキ)」という宇宙人グループの名前は、古代シュメール語で、
「anu(天空)」+「na(~から)」+「ki(地球)」
これも、
「天より地に降りてきた」
という意味で、全体として、「エロヒム」と、同じ意味なのです。
「エロヒム」=「アヌンナキ」
だということです。
両方とも、
「星から来た神々」
という意味です。
太古の時代、地球においての最高神だったのが、「アヌ王(アヌンナキの王様)」だったと言われています。
他にも、いろいろな名前があり、「天神アン」や「アン」など、土地によって、様々な呼び方がされていたようです。
この男性の神様(宇宙人)から、地球の歴史は、主に始まっているのです。
彼が、地球の計画書みたいなものを作成して、そのプラン通りに、歴史は動いているのです。
だから、「his story(彼の物語)」なのです。
この二語を組みわせた造語が、「history(歴史)」だということです。
「歴史」の秘密は、そのまま、文字に表現されていたのです。
そのまんまなのです。
素直に解釈すればいいだけの話です。
「ギルガメッシュ」という王様です。
「アヌ王」の生まれかわりだとも言われています。
「ライオン」を、ペットのように抱いていますね。
一般的な「アヌ王」の姿です。
鳥の姿に、シェイプシフトした時の「アヌ王」だそうです。
鳥と人間の中間の姿、つまり、背中から翼を生やした姿でも、よく空を飛び回っていたようです。
彼は、「ゾロアスター教」の最高神、「アフラ・マズダー」でもあったみたいです。
「ユダヤ教」や「イスラム教」や「ミトラ教」それから、「バラモン教」などの最高神でもあります。
中近東のあたりで発生した宗教の源を辿ると、全てがこの神様にいきつきます。
聖書の中では、キリストが、洗礼者であるヨハネから、バプテスマ(洗礼)を受けるとき、天から聖霊が降りてきたと言われています。
この絵では、キリストの頭上に、「白い鳥」がいるのが、わかりますね。
ついでに、その白い鳥の右下にも、「黒いカラス」のような存在があることにも、注目していてください。
宇宙考古学の視点では、この場面に対して、とてもユニークな解釈をすることができます。
「この白い鳥、さらに、黒いカラスは、アヌ王だったのではないだろうか?」
つまり、「アヌ王=アフラ・マズダー」が、「鳥」の形に、シェイプシフトして、さらに、サイズを小さくして、キリストの頭上に、現れたのではないかということです。
何が言いたいかというと、
「特別な人を洗礼する場合、地球の真の王である、アヌ王自らが、宇宙からやって来て、次の地球の王になる人物を、直接、任命していたのではないだろうか?」
ということです。
たとえば、神武天皇にも、歴史上の最重要な場面で、「鳥」がやってきました。
「八咫烏」と呼ばれている鳥ですね。
上の「キリストの洗礼」の場面にいる、「黒いカラス」のような物体と、似ていませんか?
同じ存在だったのではないですか?
だとしたら、「アヌ王」、「キリスト」、「神武天皇」これらの三者は、同じ魂のグループだということになります。
下記の写真は、北極上空を通過しながら、地球軌道を移動している謎の巨大人工衛星です。
謎の物体は、「"Black Knight" Satellite" ブラック・ナイト・サテライト(黒騎士の衛星)」と名づけられているそうです。
この人工衛星の存在は、1960年から確認されているそうです。
有名な科学者、ニコラ・テスラも、この存在を知っており、この衛星とコンタクトをしていたようです。
NASAによって提供された、「黒騎士の衛星」の写真です。
「アヌ王」の乗っているUFOなんじゃないですか?
もしくは、「アヌ王」が、UFOの形に、シェイプシフトしているんじゃないでしょうか?
福岡県の「竹原古墳」に描かれている壁画を、わかりやすく描き直した絵です。
この絵は、宇宙考古学的に最重要な絵です。
遠くの「黒い三日月」のような物体が、「アヌ王」が、シェイプシフトしたUFOだと思います。
「黒い三日月」に、注目してください。
どこかで、見かけませんでしたか?
SF映画、「メッセージ」の中に出てきますね。
ここでは、「宇宙考古学」の視点から、解釈しますね。
このUFOは、地球の支配者である、「アヌ王」が、「黒い半月型のUFO」に、シェイプシフトした存在を、表現していると思います。
大阪の「住吉大社」にも、御神体として祀られていました。
多くの神社にある、「鏡の台」も、このUFOだということがわかりますね。
これは、「熊野本宮大社」の御社殿に入る前の門です。
飾られている「しめ縄」に注目してください。
「ゾロアスター教」の最高神、「アフラ・マズダー」ですね。
「八咫烏」の正体も、「アフラ・マズダー」であり、「アヌ王」だったということです。
「アヌ王」=「アフラ・マズダー」=「八咫烏」=「黒い半月型のUFO」=「神社の鏡の台」
こういうことです。
まとめると、「アヌ王」という存在は、「人間」や「鳥」、または、「人間+鳥」の姿がシンボルマークだということです。
実は、今回のテーマである、「九州」は、「アヌ王」でもあります。
それは、やはり、地上絵に表現されていました。
見てください。
「九州」の地上絵です。
大分県の「国東半島」が、「頭部」です。
「両足」が、鹿児島県の「薩摩半島」と「大隅半島」です。
「阿蘇山」が、中心にある、「動力装置」に見えます。
わかりやすいように、赤ペンで、補助線を描きました。
「片腕」は、海の底に沈んでいるのか、見えませんが、「もう片方の腕」は、「スフィンクス(ライオン)」を持っています。
わかりましたか?
「長崎市」のあたりが、スフィンクスの「心臓」で、「島原半島」が、「お尻」のあたりになります。
これも、赤ペンで補助線を入れますね。
そうです。
まさに、前述した写真のように、「アヌ王がライオンを抱いた姿」が、「九州」だったのです。
もう一度、シンプルにまとめますね。
「九州」=「アヌ王(アヌンナキの王様)」
であり、
「九州」=「地球の王様」
だったということです。
凄すぎますね~!
「九州」の北部の辺りには、「鳳凰」の地上絵もあります。
90度回転させた地図なので、東が上になります。
これも、わかりやすいように、赤ペンを入れますね。
ここでも、「島原半島」は、鳳凰の「頭部」になり、とても重要な位置に当たります。
「雲仙普賢岳」の近くが、「目」になります。
「壱岐」は、もしかしたら、この鳳凰が産み落とした「卵」かもしれません。
「鳳凰」の地上絵は、もっと巨大なものがあります。
それは、旅行記の最初に紹介した、「馬」の地上絵に、「中国地方」を足して、拡大した絵になります。
南北を逆転している白地図に、赤ペンで線を引いています。
今までの話を、全部まとめると、こうなります。
「アヌ王(人の姿の神様)」=「八咫烏(鳥の姿の神様)」=「大きな鳳凰(親)」=「西日本」
「アヌ王(人の姿の神様)」=「八咫烏(鳥の姿の神様)」=「小さな鳳凰(子)」=「九州の北部」
つまり、日本列島には、「2羽の鳳凰」の地上絵があり、「馬」の地上絵のように、「親子の鳳凰」になっているということです。
日本のお札に描かれている「鳳凰」です。
明治のはじめに、京都から東京に、天皇陛下が移動した時の絵だそうです。
場所は、皇居前ですね。
「これから、西日本の鳳凰が、東日本に移動する」
という意味だったのかもしれません。
このように、「アヌンナキ」の一族、その中でも、「アヌ王」が、地球の歴史には、一番影響を与えていたようです。
「アヌ王」が、特に活躍していたのは、シュメールの神話によると、今から、ざっと50万年前の出来事みたいです。
様々な説がありますが、一説によると、この一族の中で、中心的な位置にいた、「アヌ王」という宇宙人は、地球に来る前に、すでに正妻がいたそうです。
しかし、宇宙を旅している時に、どこかの惑星で好きになった女性がいて、妾の子ができたそうです。
今、地球でも流行の「不倫」というやつですね。(笑)
その惑星は、「竜座」という所にあり、このあたりの宇宙人たちは、「龍神様」の姿をしている存在が多いそうです。
「エンリル」は、人間の姿だったようです。
これは、「エンリル」の母親が、人間のような姿をしていたからだと言われています。
一方で、「エンキ」は、「人間+竜(蛇)」の姿だったとも言われています。
そして、二人の共通の妹、「ニンフルサグ」も、「人間+竜(蛇)」の姿だったようです。
これは、前述したように、父親である、「アヌ王」が、「竜座」と呼ばれる宇宙空間にある惑星の女性の宇宙人と恋をしたことが、その理由みたいです。
この星座に住んでいる宇宙人たちは、「竜(蛇)」の姿だそうです。
正妻の子が、「エンリル」で、妾の子が、「エンキ」だったそうです。
正妻が、「人間」の姿に似ていて、妾が、「龍(蛇)」の姿をしていたそうです。
だから、正妻の息子である「エンリル」は、「人間」の姿で、妾の子である「エンキ」は、「人間+龍(蛇)」の姿だったようです。
父の「アヌ王」は、「エンリル」のほうを、地球の王様にして、「エンキ」を、日陰のような存在にしたようです。
「エンリル」=「表の王様」
「エンキ」=「裏の王様」
太古の昔に、地球には、こういう二人の王様が、支配者として君臨したようです。
二人の息子は、仲が悪かったそうです。
どうして、仲が悪かったかというと、当時の「人間たちの扱い」について、価値観や意見が、合わなかったようです。
この二人の関係を、もう一度、簡単に説明すると、下記のようになります。
エンリルの姿は、「人間型」で、現在の私たちと、変わらない姿だったようです。
この宇宙人は、
「人間たちを、奴隷のままにしておこう」
と考えていたそうです。
そうやって、何も考えないほうが、幸せだと思っていたのかもしれません。
また、奴隷にするかわりに、サポートも、熱心にしていたようです。
見方を変えると、ある意味、過保護だったのかもしれません。
一方の「エンキ」は、「人間と爬虫類」が、混じったような姿だったそうです。
上半身は人間で、下半身がヘビのような爬虫類の姿だったそうです。
この宇宙人は、
「人間たちを、少しづつ教育していって、いつかは、宇宙人のと同じくらい賢い存在になってもらいたい」
と考えていたそうです。
知恵を与えることによって、だんだん自立していくように、願っていたのかもしれません。
だから、サポートは、必要最小限にするというのが、基本的なスタンスだったみたいです。
ある意味、放任主義ですね。
左の人間の姿の宇宙人が、「エンリル」です。
右の下半身がヘビの姿の宇宙人が、「エンキ」です。
これは、シュメール文明の壁画の絵ですが、ここでも喧嘩していますね。
身体の下半分がヘビだった、「エンキ」が、聖書の中で、「アダムとイブ」に、知恵を授けた、「ヘビ」です。
当時、「エンリル」のほうが、父親である「アヌンナキ」から、「エデンの園」と言われている場所で、「アダムとイブ」の管理を任されていたようなのです。
「エンキ」のこの行為に対して、「エンリル」が激怒したようです。
それで、「アダムとイブ」を、エデンの園から、追い出したようです。
「追い出した神」が、「エンリル」です。
その頃から、人間の姿をした「エンリル」という宇宙人が、半分ヘビの姿をした「エンキ」という宇宙人を、「悪魔」にしたそうです。
なるほど…、ですね。
つまり、聖書に出てくる「神」は、「エンリル」で、「悪魔」が、「エンキ」ということです。
「エンリル」の価値観に合わない「エンキ」を、悪者にしたということです。
中央で、木に巻き付いているのが、「エンキ」です。
「蛇(龍)」の神様です。
「アダムとイブ」に、知恵の実を勧めている場面です。
その後も、人間の歴史は、「エンリル」と「エンキ」という二人の兄弟の喧嘩の影響を受け続けます。
「アダムとイブ」の10代目の子孫である、「ノア」の時代に、二人の喧嘩が、一度頂点に達するみたいです。
「エンリル」は、自分たちの姿に似ていながら、中途半端に知恵をつけた人間たちを、嫌悪していたそうです。
天変地異を起こし、人間たちを、全員殺そうとしたようです。
それが、「ノアの大洪水」の話です。
しかし、結果的には、「エンキ」が、「ノア」を含む、一部の人間たちを助けたみたいです。
このように、地球の宇宙人グループには、「エンリル派」と「エンキ派」という二大グループができて、両者が争いながら、歴史が展開していったようです。
「人間を、奴隷にしたままにしておこう」
という価値観の「エンリル」が、つくったのが、「ユダヤ教」や「キリスト教」、「イスラム教」などの「宗教グループ」みたいです。
一方、
「人間は、知恵をつけながら、いつかは自立するべきだ」
という価値観の「エンキ」が、つくったのが、「ゾロアスター教」や「ミトラ教」、「グノーシス主義」、「フリーメーソン」や「イルミナティ」などの「秘密結社グループ」という流れみたいです。
「地球の歴史の様々な出来事に、この二人の宇宙人兄弟の価値観の違いが、間接的に遠因として、影響を与えてきた」
ゼカリア・シッチン博士は、こう主張していたようです。
宗教戦争などの虐殺の遠因を辿っていくと、最終的には、
「エンリル VS エンキ」
の喧嘩に行きつくことが多いのです。
これは単純に、
「どっちが、正しいか?」
という簡単な問題ではありません。
たしかに、人間は、バカなままでも、戦争をしますが、賢くなっても、もっと高度な戦争をやるからです。
どうですか?
どちらの意見も、正しかったのです。
だから、これだけの長い期間、対立していたのです。
もっとわかりやすい話をしましょう。
人間には、大きく分けて、2種類のタイプがいると思います。
ハッキリ分かれているわけではなく、あくまでも、便宜上の例え話です。
実際には、ほとんどの人が、この二つが、複雑に混じっています。
太古の時代から、地球を支配していた、二人の宇宙人兄弟は、二つのタイプに分かれています。
「エンリル」は、人間を、規律などで縛り、なるべく、一緒にして、全員を、平等に扱うほうがいいと思っていたようです。
一方の「エンキ」は、人間を、なるべく、各自の個性を生かして、自由にしたほうがいいと思っていたようです。
これは、どちらがいいという話ではありません。
好みの問題です。
「団体旅行がいいと思うのか? それとも、個人旅行がいいと思うのか?」
または、
「団体競技がいいと思うのか? それとも、個人競技がいいと思うのか?」
くらいの違いだと思います。
仕事でも、例えてみましょう。
「エンリル派」の人たちは、公務員や大企業の正社員などの「安定」を好む傾向があります。
「皆と、一緒に行動するほうがいい!」
こう考えるのです。
「エンキ派」は、個人事業主や起業家が、向いているようです。
「自分らしく生きたい!」
こういう姿勢ですね。
他にも、「エンリル派」は、宗教団体に属し、教義などで生き方を律するのが、向いていると思います。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、それから、仏教などは、どちらかというとここだと思います。
一方の「エンキ派」は、神社などに、参拝しに行きます。
ご存知のように、神社には、教義もなく、まったくの自由な空間です。
精神世界も、そうだと思います。
「エンリル派」は、 決まりに従いながら競ったり楽しんだりする、 ルールのあるスポーツみたいな生き方です。
「エンキ派」は、 決まりなどなくノールールで、ブラブラする野山のハイキングみたいな生き方です。
「メソポタミア文明」の古代遺跡には、いろいろな動物が描かれています。
「ライオン」です。
これは、シュメール文明の頃に、その土地に存在していたと言われてる霊獣です。
これが、「ユニコーン」の原型だと言われています。
頭に、角が一本生えているのがわかりますね。
「アヌンナキ」の宇宙人たちは、洋服やアクセサリーを取り替えるように、自由自在に、自分の身体を、変えられるのが特徴です。
「エンリル」は、もともとは、人間の姿をしていたのですが、おそらく威厳を保つためだと思いますが、ある時期から、自分の頭部を、「ライオン」の姿にすることを、好んでいたようなのです。
「ライオンが、地球の地上の動物で一番強そうだ。人間たちにナメられないように、ライオンの顔をしてやれ!」
こう思ったかもしれません。
プロレスラーが強そうに見せるために、覆面をかぶり、「覆面レスラー」になるようなものです。
「シュメール文明」の壁画に描かれている、この時代の宇宙人たち(神々)の姿です。
遺伝子操作で、頭の部分を、「ライオン」にしたばかりの「アヌンナキ」のファミリーの姿だそうです。
もっと古いものも、あるかもしれませんが、一般的には、このあたりから、「エンリル」と「エンキ」が動物に変身して、人々の前に姿を現した痕跡があるのです。
まずは、「エンリル」の話です。
これも、「メソポタミア文明」の壁画に、描かれていた絵です。
「エンリル」だと思います。
頭部が、「ライオン」ですね。
ライオンのような顔をしていて、剣を持っているのが、「エンリル」の特徴です。
日本では、誰だと思いますか?
それは、「不動明王」だと言われています。
たしかに、顔がライオン顔をしていますね。
一方の「エンキ」です。
「エンキ」のほうも、最初は、「半分人間で半分蛇」の姿だったそうですが、次第に、いろいろな姿を試し始めたようです。
途中までは、「エンリル」の真似をして、「ライオン」の頭部にしていたようなのですが、あとから、キャラがかぶったのを嫌ったのか、他の姿に変えています。
その姿が、前述の霊獣、「ユニコーン」だったようなのです。
詳しいことは、長くなので割愛させていただきますが、日本では、「毘沙門天」みたいです。
ある時期から、この二人は、それぞれ、
「エンリル」=「ライオン」
「エンキ」=「ユニコーン」
というシンボルマークを、使い始めたのです。
他にも、形を変えて…
「エンリル」が、角のない霊獣。
「エンキ」が、一本角のある霊獣。
こういう象徴も、よく使われています。
いくつか、例をあげていきますね。
「ライオン」と「ユニコーン」を国章にしているのが、「イギリス王室」です。
左右に、それぞれいますが、「ユニコーン」のほうが、鎖で繋がれていることに、注目してください。
さらに、小さな「ライオン」が、トップに立っていることから、この国は、「エンリル」の国だとわかります。
こちらは、「日本の天皇家」の紋章です。
「一角獣」と「獅子」が描かれていますね。
「ユニコーン」と「ライオン」の位置が、イギリスとは、逆になっているところが、興味深いです。
さらに、トップには誰もいないので、この両者は対等の関係だということがわかります。
「二本立て」ということです。
だから、「日本(二本)」という国名なのかもしれません。
これは、「靖国神社」の狛犬です。
口をあけているほうが、「エンリル」です。
「ライオン」を表現しています。
だから、角が無いものが多いです。
口があいているのは、父親から、
「オマエが、人間たちに、いろいろ命令しろ!」
と言われたからかもしれません。
「阿」の狛犬ですね。
口をとじているほうが、「エンキ」です。
「ユニーコーン」を表現しています。
だから、角が有るものが多いです。
口がとじているのは、父親から、
「オマエは、黙っていろ!」
と言われたせいかもしれません。(笑)
「吽」の方の狛犬です。
このように、歴史の古い神社は、だいたい、こうやって、「口のあいた狛犬」と「口の閉じた狛犬」の二体がいます。
父親の「アヌ王」から生まれた、二人の息子、「エンリル」と「エンキ」は、いろいろな時代に、世界中を、まわっていたようです。
それが、世界中に伝わる「二体の神様」の神話や伝説の原型になっているようです。
これは、「UFO」にシェイプシフトした父親の「アヌ王」が、上空に滞空して、その下の地面に、「エンリル」と「エンキ」の二人の兄弟がいる場面の壁画です。
「天使」のように、「羽根のある狛犬」ですね。
東京都の築地にある「築地本願寺」には、「羽根のある狛犬」が置かれています。
この二体の神様像は、大昔から、世界中にあります。
一番有名なのは、「シュメール」の文明に関係している、「人面有翼牡牛像」ですね。
日本では、「仁王像」などでも表現されていますね。
こういう聖地や神社や寺などの門に立っている二人は、
「神様の護衛であり、門番である」
というのが、定説のように考えられてきました。
しかし、ここでも、よく考えてみてください。
「全知全能の神に、そもそも、護衛や門番が必要なのか?」
ということです。
必要ありませんね。
そうなのです。
実は、この二人が、「神様」なのです。
世界中のあらゆる聖地で、「門番」のふりをして、入口で私たちに、最初に挨拶しているのが、この「二人の神様」なのです。
「エンリル」と「エンキ」だということです。
そして、この二人の息子の共通の孫娘が、イナンナです。
バビロニアでは、「イシュタール」という名前で、この二人の女性は、同一人物という説が有力です。
「イナンナ」の壁画です。
豊満な身体からもわかるように、「出産や豊穣」に繋がる「性愛の女神」の意味もあったようです。
日本にも、もちろん来ていたのですよー!
現在では、「国宝」にも指定されて、像が残っています。
長野県の茅野市のあたりで、発見されたようです。
ご存知、「縄文のビーナス」です。
日本の女性の象徴であり、日本の女神伝説の始まりでもあります。
頭に、ヘルメットのような被り物をしているのも、特徴の一つです。
世界中で発見されている、「イナンナ」だと思われる石像です。
これは、ギリシャの女神像です。
ヘルメットの穴の数が同じですね。
これも、シュメールで発掘された土偶です。
ヘルメットを被って、壺を持っていますね。
「ヘルメット」を頭から被っていたり、壺を持っている女神は、全て、「イナンナ」が変身して、いろいろな時代や文明に、関与した痕跡だと思います。
「イナンナ」は、「エンリル」と「エンキ」の二人の祖父の考え方を、融合させるような姿勢をもっていた可能性があります。
最近では、世界中の「女神伝説」の主役は、ぜんぶ、この「イナンナ」だったのではないかとも、言われています。
様々な時代に、タイムトラベルしていき、そこの土地に合わせた姿で、「女神」となって、人間をサポートしてた痕跡が、残っているのです。
高度な宇宙人は、自分の姿を、洋服やアクセサリーみたいに、自由自在に変えられるのです。
これが、一番有名な「イナンナ」の像ですね。
「いかり肩」や「逆三角形の頭」や「細長い目」という共通項があります。
さらに、「子供を抱いている」のが特徴です。
「イナンナ」は、今から、2000年くらい前に、中近東にも現れたようです。
その時の人物が、「聖母マリア」なのです。
この聖母マリアが、「イエス・キリスト」を産み、「キリスト教」を広めたようです。
この石像は、頭から「布」を被っていますね。
そして、「子供を抱いている」という特徴があります。
このように、「イナンナ」は、ヘルメットではなく、「布」を被ることも多かったようです。
そして、長年の間に、地球人類の間に、彼女を慕う人々が増えてきて、世界中の「マリア信仰」に繋がったとも言われています。
もともと、「イナンナ=イシュタール」のお祭りだった、「イシュタールの祭り」というものがあり、その後、「イースター(復活祭)」になったそうです。
ご存じのように、この祭りのシンボルは、多産のうさぎ、「イースターバニー」と、生命のはじまりを意味する、「卵」ですね。
やはり、「出産や豊穣」を祝うお祭りですね。
同様に、「子供を抱いている」や「布を被っている」という共通の特徴がある「慈母観音」も、「イナンナ」だと思います。
コンセプトが似ている存在は、皆、同じ神様なのです。
これで、地球の歴史の謎が、だいぶスッキリと整理できたと思います。
これらの仮説から、導き出される結論は、
「イナンナという女神は、二人の祖父である、エンリルとエンキの相反する価値観を、融合するために地球に誕生した。まったく違う価値観を認め合うというのが、愛である。そして、その実行者は、自分ではなく、息子のイエス・キリストに行わせた」
ということです。
もっと簡単に言いますね。
「イエス・キリストとは、何者だったのか?」
これは、素朴で世界史上、最も大切な疑問です。
学校などで、この一番大切なことを、なぜか教えないので、ここで書いておきます。
「キリストという人物は、当時、地球上で二極化しはじめていた価値観を、一つにまとめるために活動を始めた」
ということです。
キリストの説く、「神の愛」とは、
「違う価値観を認め合う」
ということだったのです。
今でも、世界中の主要な国々で、「西暦」が使用され、「紀元前」と「紀元後」に時代が、分けられていますね。
「キリストの誕生」というのは、それくらい、地球文明の時代の流れを、大きく変える、劇的な出来事だったのです。
「紀元前(B.C.)」→「対立の時代」
「紀元後(A.D.)」→「和解の時代」
「大きな地球の歴史の大転換」という大仕事をしたのが、「イエス・キリスト」であり、その活動を、陰でサポートしていたのが、「聖母マリア」に変身していた、「イナンナ」だったということです。
「イナンナ」が、「出産や豊穣」の神様だとしたら、勘のいい方は、すぐにピンときたかもしれません。
「伊勢神宮」の「外宮」に祀れている「豊受大御神」が、「イナンナ」だった可能性もあるということです。
「豊受大御神」=「聖母マリア」=「イナンナ」
だったかもしれないということです。
では、「内宮」の「天照大御神」は、誰だったかというと、「イエス・キリスト」ですね。
「天照大御神」も「イエス・キリスト」も、性別や民族は違いますが、二人とも、いったん世間から隠れた後に、復活するというストーリーが似ています。
このことから、
「もしかしたら、同一人物だった可能性がある」
と、推測できるのです。
「天照大御神」=「イエス・キリスト」
だったかもしれません。
この仮説が、本当だとしたら、「伊勢神宮」という場所は、「聖母マリア」と「イエス・キリスト」を祀っている聖地だということになります。
もう一度、「イナンナ」の石像を見てください。
「逆三角形の頭」や「細長い目」ですね。
何度も書いていますが、いわゆる、「狐顔」ですね。
そうです。
「イナンナ」=「稲荷」
なのです。
「イナンナ」=「聖母マリア」=「稲荷」
こういうことです。
昔の日本人で、「イナンナ」を見た人は、他にピッタリ当てはまる動物がいなくて、一番姿が似ている、「キツネ」だと認識して、それが全国に広まったんじゃないかな?
「稲荷(いなり)=イナンナ」
音も、そっくりですね。
昔から、日本の各地で、
「狐の嫁入りを見た!」
という目撃談がありますが、それは、「イナンナ」が、部下を引き連れて歩いていたのを、たまたま目撃したんじゃないでしょうか?
これは、あるお祭りで、女性がキツネのお面を被って、花嫁衣裳を着ている姿です。
「イナンナ」が、上記のような素の顔で、頭からヘルメットのようなものを被って歩いていたら、こういう姿なんじゃないでしょうか?
「豊川稲荷」にある「稲荷神」の石像たちです。
他にも、
「稲荷=イエス・キリスト」
こういう説もありましたね。
たしかに、十字架にかけられた時のキリストの名前は、「INRI」ですね。
これは、読み方によっては、「イナリ」と発音するそうです。
数年前までは、「キリストの罪名」だという説が有力だったのですが、いろいろ調べているうちに、私はハッと気が付きました!
違うのです!
この名前は、母親である、「聖母マリア」の本名なのです。
「イナンナ」
これが、その名前の真意だったのです。
つまり、この時代に、「イナンナ」がやろうとしていた、
「地球全体を、愛の惑星にしよう!」
こう思って、息子のキリストに、いろいろな活動をさせていたら、この活動を、よく思わない、何らかのグループから、キリストは、迫害された可能性があるということです。
「イナンナのグループ」
こういう意味で、書かれた文字だったのかもしれません。
前述の写真、「シュメール文明の石像の女神」が抱いている子供が、「イエス・キリスト」だったということです。
日本で一番多く崇めれている「稲荷神」の正体は、「イナンナ」であり、「縄文のヴィーナス」であり、「聖母マリア」だということです。
「日本の女神」の象徴、それが、「稲荷神」であり、「稲荷神社」だったのです。
だから、あんなにオシャレで、綺麗な赤色の鳥居なんですね。
「イナンナ」は、いろいろな時代に、タイムトラベルして、世界中のいろいろな「女神伝説」を、つくってきた痕跡が、あちらこちらに残っています。
実は、「卑弥呼」も、そうみたいなのです。
たくさんの状況証拠があるのですが、一つだけ紹介しておきます。
「イナンナ」の石像や壁画などを見ると、いくつかのシンボルマークが、確認されるのですが、
これは、
「このシンボルマークがあったら、それは、私だと思ってください!」
と言いたげに、わかる人たちだけに、そっと自分の痕跡を残しているようなのです。
「イナンナ」のシンボルマークです。
「八角形の星」ですね。
「八つの頂点を持つ星の形は、私ですよ!」
と言っているのです。
「九州」でも、「卑弥呼」の拠点だったと言われている土地からは、「銅鏡」が、たくさん出土していますが、その中には、「八つの頂点を持つ星の形」が、ハッキリと刻まれているものが、たくさんあるのです。
これらの銅鏡たちは、「イナンナ」が、
「私が卑弥呼ですよ。邪馬台国は、私が建国した国ですよ」
と言っているのかもしれません。
これは、「卑弥呼」の蝋人形ですが、袖のあたりに、さりげなく「八方向の光」のデザインがありますね。
「楊貴妃」も、「八芒星」がシンボルマークです。
だから、彼女の正体も、「イナンナ」だったということです。
「イナンナ」は、別の時代には、「魔女」としても登場しています。
この時は、フクロウを従えて、三本指という鳥の足になっています。
宮崎アニメの「ポニョ」は、これが、モデルだと思います。
「エンリル」と「エンキ」の双方の孫娘として誕生した女性、それが、「イナンナ」です。
この女性が、いろいろな時代や土地に、タイムトラベルやシェイプシフトを繰り返して、世界中に「女神伝説」をつくったということです。
このように、「アヌンナキ」の一族は、地球の人間にとっては、太古の時代には、「神様(宇宙人)」でもあったのです。
日本のほとんどの神社には、これらの存在が祀られています。
〇宇宙の創造主である究極の「神」
〇「人間」
〇地球の初代の王だった、「アヌ王」
〇アヌ王の後継者だった二人の息子たち、「エンリル」と「エンキ」
〇その二人の息子たちの共通の孫である、「イナンナ」
〇彼女の息子である、「キリスト」
それぞれが、下記のように表現されています。
〇「鏡」=「かみ+が」=「神(かみ)」+「我(ひと)」
〇「鏡の台」=「アヌ王」
〇「狛犬」=「エンリル(阿)」+「エンキ(吽)」
〇「稲荷」=「イナンナ」
〇「大黒天」=「キリスト」
神社を参拝する時は、これを意識して境内を眺めてみると、より面白くなると思います。
前述しましたが、最重要な絵なので、再度紹介します。
福岡県の「竹原古墳」に描かれている壁画です。
両側の「メノラー」は、すぐにわかりますね。
空に浮かんでいる、三日月みたいなものは、これも前述したように、「アヌ王」のスペースシップです。
口を開けて、火を噴いている龍は、息子の一人、「エンリル」です。
ちょっと小さめで、耳と一本角があるように見えるのが、二人目の息子、「エンキ」です。
口が閉じていますね。
そして、ヘルメットのようなものを被り、下半身が太いスタイルの女性のような人間が、「イナンナ」です。
縄文のヴィーナスですね。
この壁画は、地球をサポートしていた、主要メンバーの揃い踏みだったのです。
「アヌ王」、「エンリル」、「エンキ」、「イナンナ」の4人が、仲よく遊んでいる様子だと思います。
宇宙考古学的には、地球における最重要な「神々(宇宙人たち)」です。
世界中の神話や伝説などを辿っていくと、ほとんどの神様が、この「四天王」が源になっているようです。
この4人が、地球の「オリジン」なのです。
4人は、これから先の旅行記の中で、何度も出てくるので、よく覚えておいてくださいね。
次回に続きます。
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九州ミステリーツアー 2 邪馬台国
今回の九州旅行では、熊本県と長崎県をまわりました。
長崎県は、島原半島を調査しました。
私が研究している古代史は、今までになかった画期的な切り口だと思います。
誰もやったことのない、「宇宙考古学」と「地上絵」を組み合わせて、日本の古代史を考察するというものです。
こういう誰も切り開いていない境地に、最初に足を踏み入れるのは、男として、最高の快感です。
この知のゲームは、とても楽しいです。
やはり、男というものは、いくつになっても、冒険者なのだと思います。
この旅行記は、前回の「古代日本ヒルコツアー」の続編のようなかんじになります。
ですから、まだ、この旅行記を読んでいない方は、そちらを先に読むと、内容をより理解することができると思います。
旅行中は、不思議なシンクロが山ほど起こりました。
まず、羽田空港から熊本空港に行くときに、JALの出発ロビーの近くで、朝食を食べようとしたら、面白い絵が目に飛び込んできました。
どこからどう見ても、「ヒルコ」でしょう。
今回の旅行も、「ヒルコ」に導かれた旅になりましたが、それは、これから、ゆっくり書いていきますね。
早朝の羽田空港です。
いつものように、時系列ではなく、テーマごとに書いて行きますので、実際に回った順番とは前後します。
ここでまた、ちょっとだけ、今までの内容を、おさらいしましょう。
この地図を見てください。
これは、江戸時代の初期に描かれた、「日本地図」だそうです。
まず、目につくのは、「四国」の位置が、かなりズレているということ。
さらに、「中国地方」の中で、特に、「山口県」のあたりが、ねじ曲がっていること。
「沖縄本島」が九州に近く、北海道が小さく描かれていることです。
大半の学者は、
「当時の測量技術が未熟だったために、ヘンテコな地図が作成されていた」
と言って、笑って終わりにしているそうです。
しかし、本当にそれだけでしょうか?
江戸時代の前から、日本には、平城京や平安京を設計して町を建築した、とてつもない技術があったのですよ。
私は、
「この地図は、ほぼ正確に描かれた、当時の日本列島だろう」
と、考えています。
おそらく、邪馬台国の時代から、江戸時代の中期くらいまでは、日本列島の姿は、こういう姿だったのだと思います。
そう考えると、とても面白いことが、わかったのです。
もう一度、上記の地図を眺めてみてください。
何かに見えませんか?
「馬」だと思いませんか?
「九州」が、「馬の頭」。
「鹿児島」のあたりが、「口」ですね。
「本州」が、「馬の身体」。
「紀伊半島」が、「馬の前足」。
「房総半島」と「伊豆半島」が、「馬の後ろ足」。
「北海道」が、「馬の尻尾」。
こういう視点で、眺めてみてください。
この絵には、「馬」だけしか描かれていません。
この地図に、「四国」を「馬が前足をのせている台」として付け足して、イメージしてみてください。
それから、もう一度、この地図を眺めてみてください。
わかりましたね。
そうです。
「台に前足をのせている馬」
これが、この地図なのです。
「馬が台の上にのって、牙をむいている国」
これが、「邪馬台国」という国の名前の秘密だったのです!
「邪馬台国」
これは、当時の日本列島の形を、そのまま描写した意味だったのです!
これに気が付いた瞬間、大感動しました。
これが凄いのは、この日本列島の姿は、山の上からでは、絶対に見えないということです。
人工衛星の高度くらいじゃないと、目視できないのです。
これ自体が、「宇宙人実在の証明」になるのです。
ちなみに、「邪」の文字の左側は、「こざとへん」ですね。
これは、象形文字だそうです。
「丘」や「盛り土」を意味するそうです。
「岩のない土だけの山」というニュアンスだそうです。
横にすると、こういう形です。
「前方後円墳」や「王国」の意味です。
あとは、この「馬」が、口から吐き出して、産んだような島が、「沖縄本島」を含む、「南西諸島」ですね。
他にも、この地図では、「対馬列島」も、ボンヤリと描かれていますが、この島の名前も、ずっと疑問に思っていましたが、これも解けました。
「馬に対面している島」という意味だったのですね。
ようやく、意味が繋がりました。
もう一度、まとめた結論を言いますね。
「邪馬台国とは、昔の日本列島の全てのエリアのことを、そう呼んでいた」
ということです。
特に、この「馬」の地図では、「九州」が「頭部」になり、「関西」が「心臓部」になることから、この二カ所は、重要な拠点だったことがわかります。
賢明な方は、私の言いたいことに、だんだん気が付いてきたと思います。
これらの話の流れから、
「日本列島そのものが、意識をもった生命体であり、言い方を変えると、超知性体でもあり、未来の生き物である。すなわち、UFOである」
こういう超大胆な仮説も、導き出されるのです。
日本の国土それ自体が、超巨大な母船であり、UFOだということです。
歴史の古い神社に行くと、「台の上にのっている馬」の銅像や石像が、よくありますね。
一昨年に行った、長崎県長崎市内にある、「諏訪神社」の写真です。
大きな「神馬像」ですね。
こういう「台に載った馬」の像があるところは、古代において、「邪馬台国」の拠点だった重要な土地なのです。
「馬」も大事だけど、下の「台」も、それ以上に重要な意味があったのです。
どおりで、これほど、立派な石の台だったのですね。
「どうして、こんな立派な台なんだろう?」
と、疑問に思っていましたが、理由が分かった嬉しいです。
これは、昔から大論争されてきた、「邪馬台国論」に終止符を打つような、ファイナルアンサーだと思います。
結論は、
「日本列島全てが、邪馬台国だった」
ということです。
おそらく、双子だった「ヒルコ」と「ヒルメ」が、それぞれ、「九州」と「関西」に行き、それぞれが、二つの都をつくったのだと思います。
だから、「九州説」も「関西説」も、どちらも正しいということです。
私は、基本的な地上絵の解釈として、大きな地上絵ほど、高次元にいる神獣が、この3次元の世界に降りてきて、物質化したと考えています。
この「馬」の地上絵は、日本列島の大半をカバーしているので、かなりの高次元から降りてきた神獣だと思います。
今回の旅で調査した「島原半島」は、この「馬」の地上絵の「目」の部分に相当します。
ということは、やはり、このエリアは、日本において、とても重要な土地だったということがわかります。
地上絵は、日本中に無数にあり、「馬」の地上絵は、関西にもあります。
何度も紹介していますが、これです。
長野県のフォッサマグナを中心に、南北を逆にした日本地図です。
「東日本」が「鹿」で、「西日本」が「馬」ですね。
これは、伊勢神宮や天皇家も、昔から知ってた地上絵みたいです。
つまり、こういうことです。
「九州を頭にした馬の地上絵」
「西日本の馬の地上絵」
このように、日本列島には、「大」と「小」の「2頭の馬」の地上絵があるということです。
さらにシンプルに言うと、
「2頭の馬の親子」
これが、「西日本」、特に「九州」を中心にした、「邪馬台国」のシンボルだということです。
驚いたことに、長崎県の島原半島には、その痕跡が見事に残っていました。
訪れたのは、「馬頭観音 中原神社」という神社です。
境内には、「馬」の彫刻が、たくさんあります。
「台の上にのっている馬」ですね。
これに、一番感動しました。
見てください!
「2頭の馬の親子」です。
このシンボルマークは、「コンパス」と「分度器」と「定規」だと思います。
つまり、「古代フリーメーソン」のシンボルです。
「エンキ」のグループですね。
大感動の中、記念撮影しました。
そして、この神社の名前、「馬頭観音」の正体は、「二頭の馬の地上絵」だったということです。
さらにスケールを広げて、宇宙考古学的な解釈をすると、「邪馬台国」のシンボルである、「馬」は、「馬首星雲」からやってきた宇宙人グループも、関わっているようです。
「馬首星雲」です。
「ウキペディア」によると、こういう説明です。
「馬頭星雲(ばとうせいうん :Horsehead Nebula)」は、オリオン座にある暗黒星雲である。
オリオン座の三ツ星の東端位置する。
その名前の通り、馬の頭に似た形で、非常に有名な星雲で、散光星雲IC434を背景に、馬の頭の形に浮かびあがって見える。
この星雲は、巨大な暗黒星雲の一部である。
1888年に、ハーバード大学天文台の写真観測によって、初めて発見された。
つまり、「オリオン座」の宇宙グループだということです。
面白いですね。
興味深いのは、九州を頭にした「馬の地上絵」は、「五島列島」を「角」にすると、「一角獣(ユニコーン)」にも見えます。
「角のある馬」、つまり、「一角獣(ユニコーン)」ですね。
さらに、面白いのは、「五島列島」の形です。
「細長い島々」の先に、「五芒星(☆)」の形に見える島がありますね。
これは、「魔法使いの杖」にも見えます。
杖の先に、「五芒星(☆)」があるのが、わかりますか?
実は、ヨーロッパの「バチカン市国」にも、これがあるのです。
上記のような一般的な普通のバチカンの写真では、わかりませんが、そのエリアを広げた航空写真だと、その正体がよくわかります。
「バチカン」のレイアウトは「鍵型」だったのです。
1550年の地図の時点で、既にそうだったみたいです。
だとすれば、年代的に、レオナルド・ダヴィンチも、このことを当然知っていて、この建築に関わっていたと思います。
近くの「サンタンジェロ城」や「ウィトルウィウス人体」との繋がりも、面白いです。
その鍵は、先の形が、「五芒星」ですね。
つまり、「バチカン」のバックにいる存在たちは、古代からの「魔法使い達」だということです。
バチカンの鍵は、「スターゲートを開ける鍵」だとも噂されているようです。
だとしたら、「五島列島」も、同様にそうだということですね。
では、その鍵穴は、どこでしょうか?
私は、それは、日本の全ての「前方後円墳」なのではないかと思っています。
鍵穴の形ですね。
まとめます。
「五島列島」=「魔法使いの鍵」
「バチカン市国」=「魔法使いの鍵」
このように、「日本」と「バチカン」には、昔から、同じ形の鍵の地上絵があるということです。
日本に、その中でも特に長崎県に、ヨーロッパから、宣教師が来て滞在していたのは、この二つの鍵に、秘密があるかもしれません。
最近、さらに面白いことに気が付きました。
江戸時代までの古地図を見ると、
「邪馬台国のシンボルは、馬だった」
そのことが、よくわかりますね。
実は、もう一つ他の解釈もできるのです。
もう一度、古地図を見てください。
この時代、なぜか、沖縄や奄美などの琉球諸島が、鹿児島に近いのですが、これは、長い鼻、つまり、「象」にも見えます。
インドの神様、「ガネーシャ」でもありますが、実は、「沖縄を含めた日本」の意味だったのです。
つまり、
「琉球諸島を加えた邪馬台国のシンボルは、象だった」
という仮説が、浮かび上がってくるのです。
今回の旅では、熊本県山鹿市の「一つ目神社」という神社にも、立ち寄りました。
「一つ目」の神様です。
「エンキ」ですね。
拝殿です。
ここには、この「馬」と「一角獣」の二頭の彫刻が彫られていました。
凄すぎますね〜
もう一度、まとめますね。
沖縄のない日本が、「馬」で「邪馬台国」。
沖縄のある日本が、「象」で「ガネーシャ」。
こういうことです。
日本中の神社にある、「象」の彫刻の本当の意味は、
「琉球王国(沖縄)を含めた邪馬台国」
だったのです。
さらに面白いことに、気がつきました。
象の鼻の先端が、「那覇」ですね。
もしかしたら、「鼻(はな)」を逆から読んで、「那覇(なは)」という地名になったのかもしれません。
「那覇」=「邪馬台国の南端」
こういうことです。
ちなみに、私は、那覇市の「開南」という土地で生まれました。
南の「鼻(花)」から、新しい日本を開国するのが、自分の使命かもしれませんね。
いや〜、やはり、地上絵は楽しいなぁ〜
余談です。
この神社の本殿には、珍しく四方に鳥居がありました。
これは、「補陀落渡海」の舟の意味だと思います。
やはり、本殿の隣には、「熊野神社」の祠がありました。
「九州ミステリーツアー」、まだまだ続きます。
次回もお楽しみに!
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