日本ピースツアー 5 神頼み
一説によると、古代において、まだ日本列島に、神社ができる前には、名前のついた神様は、とても少なく、「アラハバキ」と「イナリ」の二柱だけだったともいわれています。私は、この二つの存在は、同一神、もしくは、同じ神様のグループだと推測しています。
つまり、「アヌンナキ」です。
「リンゴグループ」であり、「弥生人」の神様です。
西洋の神様であり、聖書に登場する神々でもあります。
そして、これらの古代の神々は、「アラ」+「ハバク」、つまり、「荒く」+「掃く」
だったともいわれています。
「乱暴に掃除する神様」
こういう意味です。
わかりやすく言うと、聖書に書かれている、「ノアの大洪水」や「ソドムとゴモラ」のように、必要に応じて、地球の人間たちを、滅ぼしたりする怖い神様でもあったということです。
歴史の節目において、一旦、リセットする役目が、これらの神々だったということです。
日本列島には、無数の地上絵がありますが、関西から東北までのエリアには、「イノシシ」の絵があります。
「琵琶湖」が「目」です。
「紀伊半島」が「鼻」です。
「伊勢湾」が「口」です。
「伊豆半島」と「房総半島」が、「前脚」と「後脚」です。
「イノシシ」ですね。
「京都御所」は、内部に、「日本列島」の地上絵があります。
その隣に、天皇を護るための神社、「護王神社」があります。
なんと、そこには、「イノシシ」の地上絵があったのです!
つまり、天皇家は、この地上絵を、大昔から知っていたということです。
境内には、「原爆」の意味の「ヒョウタン」もありました。
古代の核戦争で被爆したと思われる石、「さざれ石」もありました。
古代から現代まで、日本を守護してきたのは、「核爆弾」だったということです。
「核」の文字には、「亥(猪)」が入っていますね。
京都の護王神社は、「亥」がシンボルです。
だから、日本を守っていたのは、「核爆弾」だということです。
そして、太古の時代から現代まで、「核」を管理しているのも、天皇家であり、同時に、核を使用することができるのも、天皇家だということです。
「kaku」は、並び変えると「ukka」で、「uka」になり、「宇賀」は、「宇賀神」で、「恵比寿」でもあり、「ヒルコ」です。
この神様は、「エンキ」でもあります。
「恵比寿様」の胸には、危険物を意味するシンボルがあり、これは、三菱のシンボルでもありますね。
さらに、「猪」という文字は、分解すると、「ケモノの者」の意味で、日本では、「獣」の代表のような動物ですね。
聖書のヨハネの黙示録に出てくる、「666の獣」は、「18の獣」の意味にもなり、「木の獣」になります。
「木」の漢字を分解すると、「十八」なので、「木の亥」になり、「核」になります。
だから、全てをまとめると、
「天皇家」=「666の獣」=「核」
こうなります。
「玄」という文字は、「ただの黒色」ではなく、「赤や黄みを含んだ深みのある黒色の」というニュアンスがあるそうです。
他にも、「天」や「はるか遠いところ」という意味もあるそうです。
意味深ですね。
この機会に、もう一度、「東京大空襲」について、深くつっこんで考えてみましょう。
この写真は、戦争直後、東京が空襲で焼け野原になった様子です。
現在のJR品川駅のあたりから、JR新宿駅や上野駅のあたりまで、見えたそうです。
そのくらい、何もなかったのだそうです。
10万人くらいの尊い命が、この空襲で奪われています。
この地図は、空襲の被害を表したものです。
赤い部分が、空襲で焼けた地域で、白い部分が、空襲の被害を受けなかった地域だそうです。
被害を受けなった所が、司令塔のあった場所、もしくは、アメリカ軍のスパイがいた場所だと思えば、わかりやすいですね。
たまたま偶然、無事だったという所は、少ないと思います。
場所によっては、1メートル単位で、正確に狙って破壊した所もあったように感じます。
諸説ありますが、ある研究者によると、下記の地域が、東京大空襲で空爆されなかった土地だそうです。
東大・上野・護国寺・巣鴨刑務所・早稲田・参謀本部・新宿御苑・皇居・丸の内・明治神宮・東宮御所・オークラ・青山霊園・赤十字・増上寺
枝葉末節なことは、あまり大切なことではありません。
重要なことは、日米のトップ同士は、グルだったということです。
八百長だったのです。
これを知ると、911の自作自演など、かわいく思えてきますね。
「太平洋戦争」こそが、壮大な八百長だったのです。
米国のメインターゲットになるべき、「皇居」や「国会議事堂」を避けて空襲する必要があるのでしょうか?
特筆すべきは、「国会議事堂」です。
これは、戦後すぐの写真です。
ほとんど無傷ですね。
本来ならば、ここだけをターゲットにして、爆撃してもいいはずです。
それを、ここだけを避けて、その周辺を焼け野原にしているのです。
戦後すぐの頃、ここが無傷だったので、人々は、ここの前で畑を耕して、芋などを栽培して食べていたそうです。
これは、いろいろな記録に、ちゃんと残っています。
当時から、
「おかしいぞ! これは、どういうことだろう?」
こう思っていた人たちも、たくさんいたと思います。
それをさらに拡大して、わかりやすくした、被害状況の地図です。
これを見ると、焼けている地域は、正確に狙ってることがわかりますね。
偶然に被害を免れた所など、ほとんどないと思います。
加害者側は、感情的になって、無茶苦茶をやったわけではなく、冷静に客観的に、未来を見据えて、事業として計画し、超巨大なプロジェクトを遂行していたことがわかります。
まさに、血も涙もない冷血漢の所業に見えます。
ただしそれは、人間の視点で捉えた場合の解釈です。
神様の目線で、高い次元から見ると、また別の解釈もできます。
具体的に、誰が何のために、どうやって、このような悪魔の所業を遂行したのでしょうか?
答は、人間ではなく、「アヌンナキ」のグループです。
ただし、それは、彼らなりの愛の表現だったようです。
その愛の表現方法は、私たち人間とは、あまりにも価値観が違いすぎて、今までに理解できなかったのです。
戦後76年くらいたった今だからこそ、知ることもでき、そして、スピリチュアルな視点だからこそ理解できる大きな愛が、そこにはあったのです。
数年前に、東京の下町を探索しました。
このエリアには、「東京大空襲」の被害を受けなかったところも、いくつかあります。
これは、台東区を探索していた時の写真です。
ちなみに、「台東区」とは、一説によると、戦時中、「大東亜共栄圏」の構想をもっていた日本軍のグループが、拠点にしていたともいわれています。
裏の意味は、「大東区」だったそうです。
JR上野駅の近くにある、区役所です。
このあたりも、焼けなかった地域が少しあります。
そういう場所には、今でも昔ながらの古い民家があったりします。
これらは、別の地域の写真ですが、同じく古い民家などが、残っていますね。
空襲で焼け残ったレンガですね。
これも古いですね。
何が言いたいか、だんだんとわかってきたと思います。
つまり、「東京大空襲」は、権力者たちのエゴや金儲けも、もちろんありますが、壮大なプロジェクトだったのです。
「復興」するためのビジネスも、目的の一つだったということですね。
「復旧」ではなく、「復興」というのが大切です。
「スクラップ&ビルド」という表現も、よく聞きますね。
破壊がなければ、再生もないという考え方です。
ウィキペディアでは、こういう説明です。
スクラップアンドビルドとは、老朽化して非効率な工場設備や行政機構を、廃棄・廃止して、新しい生産施設・行政機構におきかえることによって、生産設備・行政機構の集中化、効率化などを実現すること。
工場設備や行政機構などで、非能率的な設備や組織を廃棄して、新しい能率的なものに立て直すこと。
小売業界では、老朽化した店舗や小規模店舗を閉店し、同じ商圏で、大規模の新店舗に置き換えることを指す。
昔から言われてきたことですが、戦争の目的の一つには、こういう側面もあるのです。
昔から現在まで、
「こういう冷徹非情なことを、定期的にやらなければ、地球の文明は発展や進化をしない」
こう思っているグループがあるのです。
その一方で、
「今が幸せだったら、それでいい。人間は、自然との共生のほうが大切で、そこまでやってまで、文明を発展させる必要などない」
こう思っているグループもいます。
日本においては、前者が、「神武派(弥生)」であり、後者が、「天照派(縄文)」になります。
学校においても、受験勉強をガンガンにやって、競争して賢くなることが好きな生徒と、学園生活を楽しみ、異性とデートしたりして、青春を謳歌することが好きな生徒に、大きく二つに分かれますね。
サラリーマンでも、仕事をバリバリやり、出世して偉くなることが好きな人と、仕事は、生活費を稼ぐためだと割り切って、趣味を充実させて、ノンビリと楽しく毎日を生きたいという人に、分かれると思います。
会社の場合、前者のバリバリタイプが多くなると、殺伐として、金の亡者の集団になりやすいです。
反対に、後者のノンビリタイプが多いと、安定期はいいのですが、激動期や低迷期は、害悪になります。
こういうタイプが多い会社は、景気が悪くなったりすると、倒産してしまいます。
これは、どちらがいいという話ではなく、それぞれの生き方の問題なのです。
戦争などの大規模な話ではなく、私たちが、身近に見聞きすることでは、ニュースなどで報道される、「立ち退き」の問題があると思います。
ある町の商店街の人々が、その土地で、これから先も、ずっと商いを続けたいという主張に対して、政治家や大企業などの権力者たちが、
「ここは将来、駅ビル開発で、大型のショッピングモールを建設するから、数年以内に、立ち退いてください!」
こう命令して、その付近の住民たちと、裁判をしたりして争うことは、よくあります。
1980年代のバブルの頃は、地上げ屋という集団が、ダンプカーで、立ち退かない店などに突っ込んだりする、荒っぽい事件もよくありましたね。
基本的な話をしておきましょう。
中学生の頃、社会科の時間に、「日本国憲法」を学びます。
その時に、「基本的人権の尊重」も知りました。
つまり、
「この土地で、平穏無事に、いつまでも幸せに暮らしたい…」
こういう願いをもっている人々を、強制的に排除するという行為は、憲法違反になるのです。
一方で、当時の教師から、このことも同時に教えてもらいました。
「公共の福祉」
こういう考え方です。
憲法には、このことも明記されているのです。
「状況によっては、大人数の利便性のほうが、少数の人々の幸せよりも、優先することもある」
ということです。
大昔から世界中で、こういう問題は常にあったと思います。
どんなに話し合っても、議論が平行線になるという状況になり、その街の全てが硬直状態になるということです。
大切なことは、
「人々は、その時に、どうしていたのか?」
ということです。
もちろん、話し合いで円満に解決できれば、それが理想です。
しかし、どうしても、人間同士では、解決できない問題が出てきた時に、人々は、
「苦しい時の神頼み」
これをやっていたのです。
そしてその時、その神頼みを聞いて、実行に移していたのが、どうやら、「アヌンナキ」の一族だったようなのです。
彼らは冷静に客観的に、その状況を把握します。
そして、全ての人々の潜在意識や集合無意識を読み取ります。
それから、過去や未来の世界も、全て透視します。
最後に、最大多数の幸福を基準に、決断をして行動していたようです。
ほとんどの場合、その結果として、
「いったん、リセットする」
という結論になることが多かったようです。
つまり、ちゃぶ台返しのように、無茶苦茶にするのです。
そして、スクラップ&ビルドを、人間にやらせるのです。
人間ではなく、神々になったつもりで、視点を上げてみてください。
ここでいう神々とは、この世界を創造した究極の神ではありません。
そもそも、創造主はスケールが大きすぎて、いちいち、人間にかまってはいられないようです。
この神々の定義は、人間よりも、ちょっとだけ進化した先輩のような存在、「アヌンナキ」のことです。
ちょっとした、シミュレーションをしてみましょう。
「もしも、東京大空襲がなかったら、今頃、東京は、どんな街になっているのか?」
という脳内ゲームです。
私の個人的な推察です。
もしも、あの空襲がなかったら、今でも戦前のままの町並みが、多く残っていたと思います。
人情味のある、温かい町並みだったかもしれません。
しかし、とても不便ですね。
現在の東京の街です。
空襲で、いったん、全てが更地になったからこそ、戦後の高度経済成長ができ、急ピッチでの復興作業ができたのだと思います。
こういう視点から見た場合、空襲の弊害もありますが、もしも空襲がなかったら、戦前のまま、時間が止まったような街になっていた可能性もあります。
つまり、
「日本が、先進国の仲間入りができなかった」
この可能性もあるのです。
もっと言います。
「それほど、文明が遅れた国だったら、当時の近隣諸国、中国や旧ソ連に、簡単に侵略されて、アメリカの占領下よりも、もっと酷い地獄の社会になっていた可能性もある」
さらに具体的に言いますね。
「もしも、東京大空襲がなかったら、10万人どころか、100万や1000万人の日本人が、中国やソ連の軍事攻撃によって、殺されていたかもしれない」
こういうことです。
ここまで考えたことがある人は、あまりいないと思います。
私たちの集合無意識は、どちらの街を、心の奥底で願っていたと思いますか?
おそらく、前者の「温かみはあるけど、不便で遅れた町並み」よりも、後者の「冷たいけど、便利で進んだ街並み」のほうを、神様にリクエストしていたと思います。
つまり、現在の大発展した東京の街を、私たちは、「神頼み」したということです。
昔は、ビル解体技術が未熟でした。
だから、空襲などによる破壊しか、方法がなかったのかもしれません。
現在は、1980年代から世界中で、とても進んだ巨大ビルの解体技術がでてきました。
だから今は、空襲などやる必要がないのです。
しかしここで、さらに重要なことは、
「では、目的のためなら、手段は選ばなくてもいいのか? たくさんの殺された人々は、どうなるんだ?」
こういう素朴な疑問が出てきます。
これに対する明確な答えなど、いまだにありません。
世の中には、こういう答えのない問題が、山ほどあるのです。
もしかしたら、亡くなった人々の魂は、そのことに同意をして、完璧なタイミングで、亡くなったのかもしれません。
でもこれは、あくまでも、スピリチュアルな仮説であり、検証したり実証することはできません。
答えではありませんが、ヒントになるかもしれません。
「空襲も原爆も、やったのは人間ですが、これをさせていた存在は、人間ではない」
ということです。
これほど酷い所業は、「悪魔」にしかできません。
「悪魔」という名前の神々です。
ここでは、
「神々が、なぜそれほど、残酷なことが、平気でできるのか?」
これについて、書いておきます。
この問題は、とても大切なことなのですが、なぜか、これについて言及する人が、ほとんどいないので、この機会に書いておきます。
名前のついている神々のほとんどは、肉体をもっていません。
いわゆる、霊体だったり、意識体だったり、光の存在だったりします。
だから、高尚なことが言えるのです。
彼らのメッセージを聞いていると、
「すべては完全です」
「すべての人を愛しなさい」
こういうことを言います。
耳障りがよくて、聞いていて癒される言葉ばかりですが、でも、肉体をもった私たちは、そういうわけにはいきません。
歯が痛いときに、
「全ての状況は完全です」
と言われても、
「いいから早く、この痛みを治したいよ! そういうことは、治ってから考えるよ!」
嫌な相手から、顔面をガツンと殴られて、前歯を折られて、口から血がダラダラと流れている時に、
「全ての人を愛しなさい」
と言われても、
「この野郎!」
と叫んで、自分も相手に、一発殴り返さないと、腹の虫がおさまらないのが、人間なのです。
誰も言わなかったことを、ここで言いますね。
「神々は、時によっては、とても鈍くて鈍感である」
こういうことです。
もっと言いますね。
「高次元の存在ほど、人間よりも劣っていて、バカな部分もある」
どうして今までに、これを言う人がいなかったのか疑問です。
私は、スピリチュアルなことを学び始めて、30年以上になりますが、常に、こういう意見をもっていました。
どんなに凄い存在だろうが、その教えを鵜呑みにすることはなかったのです。
逆にだから、ここまで、活動が続けられたのかもしれません。
「神々の言うことは素晴らしいが、全てを信じなくてもいい」
ということです。
ここに、パラドックスがあります。
「それほど、鈍くてバカな存在だからこそ、人間にできないことを、汚れ役として、遂行することができた」
という側面もあるのです。
シンプルにまとめると、
「神々だからこそ、人間のできない、残酷な仕事をすることができる」
こういうことです。
これからの時代は、それまで神々がやっていたことを、人間もできるようになっています。
地震、火山の噴火、津波、台風、洪水、などなど。
現在は、人間の技術でもできるのです。
それほど、鈍感ではない人間には、ある意味、やる側の権力者たちは、苦痛なのかもしれません。
これからの時代は、
「その時に、どうするか?」
それは、人間が決めることになるのです。
また、前置きが長くなりましたね。
旅行記に戻ります。
京都の調査の翌日、奈良県に向かいました。
午前中に、近鉄奈良駅で、友人たちと待ち合わせしました。
なんと、駅のロッカーに、荷物を入れようと思ったら、「ニコニコマーク」があり、ビックリしました。
こういうシンクロは、調査旅行の間に、頻繁に起こります。
近鉄奈良駅の改札口の近くで、記念撮影しました。
今回の調査旅行に、同行してくれた女神たちです。
この後、私たち一行は、奈良市内にある、「薬師寺」に向かいました。
そこには、とてつもない秘密が、私たちを待っていました。
次回に続きます。
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日本ピースツアー 4 長岡京
2018年5月に、「補陀落渡海」の調査で、関西をまわりました。
関西では、大阪にも行きました。
基本的には、「補陀落渡海」は、和歌山県の那智から、始まっているのですが、そこだけでなく、四国の高知県足摺岬のあたりなど、複数の場所で行われていたようです。
大阪や奈良にも、その痕跡が残っているのですが、それらの痕跡は、補陀落渡海の出発地だった所もあれば、「黒潮ロード」には乗らずに、別の潮流で流れ着いた漂着地、もしくは、そもそも、補陀落渡海を計画していた陰のフィクサーである、聖徳太子の作戦会議室だった所もあると思います。
だから、私は関西地方には、これらの3タイプの場所があったと推測しています。
2018年に、「空海 KU-KAI 美しき王妃の謎」という映画を観たのですが、「遣唐使船」が、日本海で嵐に遭遇して、大変な航海をやっている場面が、目に飛び込んできました。
学生時代、授業で習ったのは、
「遣隋使船や遣唐使船は、日本海の荒波で遭難した船が多く、無事に日本に帰国できた船は少なく、帰還率は6割くらいだった」
という話でした。
しかし、この話は根本的におかしな話です。
そもそも、日本を代表するようなエリートであり、将来有望な若者を、沈没する確率が、4割もある船旅に行かせるでしょうか?
わかりやすく、現代風に言い換えると、
「海外留学に行きませんか? そのかわり、往復の飛行機は4割くらい墜落して、乗客は全員墜落事故で死にます。それでも日本の将来のために、留学してくれませんか?」
こう言われて、その海外留学に行く学生がいるかという話です。
誰もいないと思います。
これが、遣唐使船です。
けっこう頑丈にできていますね。
そうなのです。
「遣隋使船」や「遣唐使船」も、「補陀落渡海」だったのです。
「天照派」の多くが僧侶になり、お寺を住処にしていた時に、お隣の中国にも大量に亡命していたのだと思います。
「日本には、もう居場所がない。大陸に行って、新天地で生まれ変わって、人生をやり直そう!」
こう思った人々が、乗船したのが、これらの船だったのだと思います。
「空海」は、その当時の天皇に頼まれて、後から、大陸に渡った亡命者たちの安否を、確認しに行ったのだと思います。
関西の神社には、このための作戦会議室も、いくつか存在していたのだと思います。
ご存知のように、大阪は川が多いです。
だから、「補陀落渡海」に関係していたと思われる寺や神社も、たくさんあります。
大阪では、いろいろ調べた結果、大阪府堺市あたりにも、これに関係していそうな寺を、いくつか見つけたので、そこにも行ってみました。
その中の一つの寺を紹介しますね。
着いてすぐに、門の前で記念撮影しました。
名前にも感動しました。
「月蔵寺」ですね。
「月」+「蔵」+「寺」=「臓寺」
つまり、日本において、「臓器のような役割をしていた大切な寺」
という意味です。
さらに、「青陽山」という文字にも、注目してください。
「お日様の光」、つまり、「陽」の色は、普通は、黄色や白、もしくは、オレンジや赤のイメージだと思います。
それが、「青」だと書かれているのです。
そうです。
太陽の光が、青くなる瞬間がありますね。
「日食」の時の「ダイヤモンリング」です。
つまり、この寺こそ、古代において、「天の岩戸開き」の象徴である、「日食」を暗号とするグループが集まっていた所なのです。
「青陽山」の「山」は、「領地」の意味も含みますね。
つまり、「天照派」の拠点だった所だということです。
おそらく、ここで、「補陀落渡海」の作戦も、練っていたのだと思います。
さらに、ここから、小舟を出したり、和歌山などからの小舟を、受け入れたりもしていたのかもしれません。
門の上の彫刻を見て、大感動しました~!
見てください!
静岡県や栃木県の「東照宮」に刻まれているものと、同じです。
「司馬温公の甕割り」の絵ですね。
これは、「補陀落渡海」の小舟から、僧侶を救出している場面だというのが、本当の意味です。
こういうことが、わかってくると、お寺をまわるのが、何倍も楽しくなります。
門をくぐって、境内を探索しました。
庭には、「復活」の象徴である、「蘇鉄」もありました。
屋根の鬼瓦は、顔が鬼で、身体が蛇、つまり、「宇賀神」を表現していました。
「天照派」の始祖である、「イザナギ」ですね。
「小舟」の石碑も、目に飛び込んできました。
「この石碑があるところは、全て、補陀落渡海に関係している所である」
「天照派(縄文)」のグループは、あまり目立つことを好まなかったようです。
なぜならば、派手なことをやると、「神武派(弥生)」から、目を付けられて、また弾圧や迫害をされると思っていたからです。
だから、この「ミカングループ」の歴史は、ほとんど残っていなくて、わかりにくいのです。
わかりやすいように、地図を90度回転させました。
住宅街の白くて細い道に、注目してください。
ついでに、赤線で補助線を描きました。
右側を向いている「船」の絵が、わかりますか?
ハイ!
「遣隋使船=遣唐使船」ですね。
つまり、この道路で描かれた地上絵は、「遣隋使船=遣唐使船」 の絵だったということです。
「補陀落渡海」が、西暦600年~1700年くらいの期間に、行われていたようですが、「長岡京」という都が存在していたのが、西暦784年11月11日~794年10月22日だと言われています。
そして、「遣唐使船」が運航していた期間が、630年~894年で、回数は、20回だったという説が有力みたいです。
そうなのです。
期間が被りますね。
この都は、「天照派(縄文)」のグループが、「神武派(弥生)」のグループから逃げるための場所だったのです。
シンプルに言うと、
「大陸への亡命の準備をするための都」
「大陸への亡命」の痕跡は、日本各地にあります。
2020年、新潟県の佐渡島に行った時の発見です。
「黒木御所跡」に立ち寄りました。
佐渡市泉甲にあります。
この近辺も探索しましたのですが、その時に凄い発見がありました。
最後の最後に、地元の方の案内で、ここにフラリと立ち寄ったのです。
「国賓殿」と書かれていますね。
中に入って、驚嘆しました。
「オオ!!」
ここでも、大声をあげてしまいました。
わかりましたか?
「普陀落山(ふだらくさん)」と書かれていますね。
つまり、ここでも、「補陀落渡海」が行わていたということです。
「橘」のシンボルもありました。
「聖徳太子」ですね。
この写真を、Facebookに掲載した時に、長崎県の友人、タウリンさんが、
「補陀落渡海と普陀落渡海、補と普、この二つの漢字の違いは、なんでしょう?」
こういう問いかけのコメントが、投稿されたのですが、この質問には、凄い秘密が隠れているような気がして、それから悶々としながら、いろいろ思索していました。
こういう視点は、裏の日本史を、とことん知り尽くしていないと、出てこない疑問です。
私も以前から、この漢字が、二種類あることが、引っかかっていたのですが、この時、改めて再考するキッカケになりました。
いろいろ考えた結果、この時に、ある仮説が浮かび上がってきました。
それは、
「補陀落渡海は、国内における亡命で、普陀落渡海は、国外への亡命だったのではないだろうか?」
こういう仮説です。
2018年の8月に、長崎県の島原半島を調査した時に、大収穫がありました。
南島原市加津佐町本岩戸という所に、とても重要な土地が隠れていました。
ここに、「巌吼寺」という寺があります。
「普陀山」という山号がついています。
明らかに、「補陀落」の意味ですね。
これと同じ名前は、お隣の中国にもあります。
「普陀山」は中華人民共和国浙江省・舟山群島にある島と書かれています。
ここです。
中国四大仏教名山(仏教の聖地。五台山、九華山、峨眉山、普陀山)の一つで、観音菩薩が祀られているそうです。
年間360万人を超える観光客が訪れる、観光地でもあります。
ここも、「補陀落渡海」の場所だったと思います。
これは、タウリンさんが発見した石碑です。
これなどは、古代史マニアからすれば、世紀の大発見です。
「南補陀」という文字が刻まれていますね。
つまり、長崎県の島原半島でも、「補陀落渡海」が行われていたということです。
そして、それは、国内向けの「補陀落渡海」と国外向けの「普陀落渡海」、この二つがあったということです。
後者の「普陀落渡海」は、中国の舟山諸島にある、「普陀落山」に行ったのだと思います。
ご存じのように、中国という国は、現在でも、「黄河」と「揚子江」という大河が流れています。
位置的に、日本から流れ着いた舟は、主に、「揚子江」から、大陸の内部に向かったと思います。
その先には、当時の「長安の都」や「洛陽の都」などもありました。
さらには、最終的には、「チベット」まで行けたと思います。
このような所は、太古の昔、日本人である、「天照派」の人々が、亡命した先だったのです。
「一度、死んだふりをして蘇る」
これが、「天照派」でしたね。
「黄河」や「揚子江」という河は、行ったことはないのですが、「黄砂」でもわかるように、土地が、黄色の所があり、河の色も、黄色の所があるそうです。
そこで、思い浮かんだのは、
「天照派たちが、亡命する時、この黄色の河を通って、新天地に行き、生まれ変わって、新しい生活を始める。この時の河のことも、黄泉の河や黄泉の国と呼んだのではないだろうか?」
こういう仮説です。
いつか、これも調べに、中国やチベットにも行ってみたくなりました。
ちなみに、「普」という文字は、「普遍的」という表現にも使われるように、「広い世界」というニュアンスもあると思います。
語源を調べると、象形文字でもあるようです。
「太陽の光が、広くゆきわたる」
というのは、
「普く(あまねく)光」
これの意味でもありますね。
「天照派」のことですね。
太陽の上に、二人が立っているのは、もしかしたら、「イザナギ」と「イザナミ」かもしれません。
面白いですね。
さて、旅行記に戻ります。
「遣唐使船」の地上絵の中には、意味深な神社や寺もありました。
気になった所に、行ってきました。
「誕生寺」という寺がありました。
「新しく生まれるための寺」
この意味ですね。
かなり広いエリアなので、タクシーでまわりました。
着きました。
「誕生寺」の入口です。
本堂の前で、記念撮影です。
手水舎に、大感動しました。
見てください!
普通は、「龍」などの口から、水が出てきますね。
それが、観音様が一人で、立っています。
ハイ!
一人乗りの小舟、「補陀落渡海舟」ですね。
仮説を立て、現地に向かい、こういう状況証拠を発見する瞬間が、最高にワクワクします。
説明書きがありました。
この辺りでは、一番大きいと思われる神社、「久我神社」もありました。
ここにも向かいました。
日本史において、最重要なのは、
「日本には、絶対に戦わないことを誓ったグループがあった」
ということです。
そして、このグループは、「9」という数字を、シンボルマークにしています。
おそらく、勾玉の形を表現しているのだと思います。
子宮の中の「胎児」の形でもありますね。
「命を大切にする」
こういう姿勢なのだと思います。
「久我神社」の読み方は、「久我(こが)」と読むそうですが、私には、「久」は、「九」に見えました。
つまり、この名前の真意は、
「我らは九である」
こういう意味なのだと推測しました。
現在の「平和憲法」である、「憲法第九条」は、このグループの信条みたいです。
そして、これは、アルファベットの「Q」でもあるようです。
何がいいたいのか、だんだん、わかってきましたか?
前回の記事で、
「イザナギとイザナミには、38人の子どもがいた」
と書きましたが、これをもう少し説明しますね。
「イザナギ」と「イザナミ」の二人が、地球に、一番最初に降臨した神様であり、人間だったようです。
場所は、現在の丹後半島だったようです。
具体的には、「籠神社」の奥宮である、「眞名井神社」だったそうです。
最初の人間である、この二人の魂は、宇宙の創造主からの分け御霊であり、宇宙から地球にやってきたそうです。
地球に到着すると、そのまま風にふかれながら、ふらふらと漂い、この土地に、ふわりと舞い降りたそうです。
なんと、松の木の上にあった、「コウノトリ」の巣に、スッポリと入ったのだそうです。
「コウノトリ但馬空港」のロビーにあった、「コウノトリ」の巣」のレプリカです。
それから、二人の魂は、巣と一緒に海に落ちて、しばらく海を漂ったそうです。
その時に、何度も何度も脱皮を繰り返して、だんだん、人間の姿になっていったそうです。
その間、ずーっと、「コウノトリ」の群れが、外洋に流されないように見守っていたそうです。
昔から、世界中に、
「コウノトリが、赤ん坊を運んでくる」
という話がありますが、これが由来だそうです。
京都府の「舞鶴」という地名も、元々は、
「コウノトリが、舞い戻った」
ということから、できた名前だそうです。
最終的には、二人の入った巣は、舞鶴の丹生川の入江の辺に辿り着き、山羊の乳を与えられながら、洞窟の中で、動物たちに見守られながら育ったそうです。
丹後半島には、「コウノトリ」を神様として、祀っている神社もあります。
「久久比神社」という名前です。
こういう神社が、昔からあるということが、有力な状況証拠になるのです。
先ほどの「コウノトリ」の話が、まったくのデタラメであれば、こういう神社など、そもそも存在しないのです。
私が調べたところ、関西地方に住んでいた、「天照派」の人々は、出雲地方にも拠点を移したグループが、一部いたようです。
その痕跡が、現在でも「出雲大社」に残っています。
広い境内の中に、こういう細長い祠が二つあることに、気が付いた人も多いと思います。
これは、東に「十九社」あり、西にも「十九社」あるそうです。
ハイ!
「イザナギ」と「イザナミ」の38人の子供たちですね。
「天照派」であり、日本の本当の天皇家ですね。
2018年に、「出雲大社」に行ったのですが、これを知って驚きました。
見てください。
「十九社」の御祭神が、「八百万萬神」と書かれています。
いわゆる、「八百万の神々」ですね。
つまり、旧暦10月に、毎年、全国の「八百万の神々」が出雲の国に集まり、他の土地では、神様が留守になるので神無月で、出雲では神在月になるのですが、ここに集まる神々である、「八百万の神々」の正体は、「イザナギ」と「イザナミ」の子供たち、38人のことだったということです。
このグループは、その後も、少しづつ日本中に散らばり、歴史の表舞台には出ないで、裏から地味な活動を続けていたようです。
38人の子供たち、つまり、「八百万の神々」の痕跡は、日本中に、たくさん残っているのですが、このグループは、とても地味でシャイで謙虚なので、あまり表舞台には出てきません。だから、あまり大きな観光地にデカデカと、その名前が掲げられていることも、めったにありません。
ひたすら、裏方に徹するグループなのです。
私は、このグループの魅力に魅せられて、2018年に、日本中を調査して、まわりました。
これは、福井県福井市にある町です。
「三十八社中」と書かれていますね。
奈良県御所市北窪にある、「高天彦神社」の境内社で、「三十八社」と書かれています。
こちらも、奈良県にある、「三十八柱神社」です。
滋賀県大津市にある、「石山寺」にも、「三十八社」があります。
「イザナギとイザナミ」、「八百万の神々(38人の子供)」は、いろいろなシンボルに隠されています。
このファミリー、そして、リーダーが合わさった名前が、実は、
「観音」
この名前だったのです。
まず、「観」という文字です。
わかりましたね。
「コウノトリ」+「人」=「観」
こういう意味だったのです。
つまり、
「コウノトリ」+「イザナギとイザナミ」=「観」
こういう意味です。
そして、「音」という文字です。
最初、この象形文字の意味が、わからなくて困ったのですが、ちょっと考えたら、すぐにわかりました。
古代史マニアの間では、わりと知られていることですが、
「聖徳太子=ダース・ベイダー」
という説があります。
つまり、「音」という象形文字は、逆さまにすると、「ライトセーバー」に見えるのです。
柄の上に、レーザー光線のような刃の部分があったと思えば、辻褄があいますね。
ブ~~~ン
という、「ライトセーバー」の独特の音が、「音」の意味だったのではないでしょうか?
まとめると、
「観」=「コウノトリ」+「イザナギとイザナミ」
「音」=「ライトセーバー(聖徳太子の剣)」
これらが、合わさった単語だというのが、私の仮説です。
つまり、「天照派」だということです。
「イザナギとイザナミ」のシンボルが、「目の赤いコウノトリ」だということです。
この人類全体の親は、子供を愛しているがゆえに、「悪い子」には罰も与えます。
「悪魔崇拝の人々」が悪さをやって、最初に、「目」で苦しむのは、もしかしたら、この人類全ての親からの罰であり、呪術かもしれません。
「出雲大社」の秘密が、「19組(38人)」の「八百万の神々」だと前述しましたが、実は、いろいろな仏像にも暗号として、この家族のナンバーが表現されています。
これは、「千手観音」ですね。
この仏像の手は、実は、前方で合掌している腕は、4本あります。
これは、「イザナギとイザナミ」の二人の腕みたいです。
そして、右側に19本、左側にも19本で、合計38本の腕があります。
「千手観音」=「イザナギとイザナミ」+「八百万の神々(38人の子供)」
こうなるのです。
これが、大昔から続いてる、「観音信仰」の秘密だったのです。
地球で、一番最初に誕生した家族のことだったのです。
ここで大切なことは、「良い子」と「悪い子」の両方の親だということです。
だから、「天使」と「悪魔」の両方の親だということです。
「善」も「悪」も、両方とも仕切っているということです。
最近の表現をすると、現在、地球上では、「Qアノン」と「ディープステート」と呼ばれている、「善のチーム」と「悪のチーム」がいるとされていますが、両方とも、「観音」が支配しているし、管理もしているということです。
「観音信仰」というのは、このように、地球人の全ての親を敬うということだったのです。
繰り返しますが、「イザナギとイザナミ」の魂は、最初は、「勾玉」の形をしていたようです。
だから、「9」や「6」という数字も、そのシンボルになるようです。
そして、アルファベットの「Q」も、同じように、そのシンボルだったようです。
裏の歴史を調べると、この家族の子供たち、「八百万の神々」が、いろいろな戦争なども、計画して実行していた痕跡が、たくさんあります。
「八百万の神々」が、計画して実行する戦争のことを、「八百長」というのです。
地球の歴史において、プロレスで言えば、「善玉レスラー」も「悪玉レスラー」も、両方とも管理して、筋書き通りに動かす、「プロモーター」や「マネージャー」のような存在だったのです。
静岡県の藤枝市に、「田中城」というお城があります。
ここは、お城マニアの間では、有名な城で、とてもユニークみたいです。
一つ目の特徴は、日本で唯一、たった一つしかない円形のお城であるということ。
二つ目は、武田信玄、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、これらの4人が宿泊・滞在したことがあるお城であるということ。
三つ目は、徳川家康の死因となったと言われている、鯛の天ぷらを食べたのが、この城ということです。
この4人の武将が、ここの呼ばれていたということは、
「ここに、作戦本部があったかもしれない」
という仮説が立ちますね。
つまり、「日本史」というストーリーの筋書きが、ここで書かれて、この4人の武将、つまり、役者である、「プロレスラー」に、歴史を実行させた存在、「プロモーター」や「マネージャー」がいたかもしれないということです。
この城を見てください!
わかりましたね?
「Q」
このアルファベットの形になっていますね。
そうなのです。
現在でも、地球上で起こっている出来事、戦争を含めて、災害も疫病も、政治や経済も、全て、このグループが仕切っているのです。
「観音」→「カンノン」→「クワノン」→「キューアノン」→「Qアノン」
こうなるのです。
ちなみに、このグループは、自分いろいろな理由で、
「直接は自分で手を下すことはしない」
という絶対ルールがあります。
だから、有能で愛と平和な世界を実現させそうな人を、陰からサポートするという方法をとります。
その一人が、ケネディ大統領でした。
アーリントン墓地にある、彼のお墓です。
「Q」の文字が、わかりますか?
最近では、トランプを、陰からサポートしていましたね。
「観音」のチームは、「Qアノン」だけでなく、「ディープステート」、つまり、「カバール」や「悪魔教」の親分でもあるということです。
具体的には、「天皇」が、両方のグループのトップだということです。
つまり、「八百長」をやらせているのです。
だから、いいのです。
「プロレス」というショーは、ご存じのように八百長ですが、これがもしも、真剣勝負だったら、毎回の試合で死人が続出します。
現在の地球上の戦争も、すべて八百長ですが、だから、地球という惑星が粉々になって吹っ飛ぶような全面核戦争は、避けることができるのです。
「八百長」が地球を守ってるのです。
その守っているグループが、「観音」なのであり、「八百万の神々」でもあり、トップは、「天皇」だということです。
トランプは、若いころ、「プロレス」ともビジネスで関わっています。
ハルク・ホーガンとアンドレ・ザ・ジャイアントに挟まれている真ん中の人物が、若い頃のトランプです。
「マネージャー」として、リングにも上がっています。
つまり、「観音」のグループである、「八百万の神々」から、
「この政治家は、愛と平和のグループでもあるし、八百長も得意そうだから、この男に、地球の大掃除をしてもうらおう!」
こう期待されて、ヘッドハンティングされたのかもしれないということです。
オマケの話です。
1年以上前、「新型コロナウイルス」の感染拡大の騒動が始まったのは、どこでしたか?
「武漢」でしたね。
ここは、おそらく、「神武派」の拠点だったのだと思います。
「武の漢たち」が、たくさんいたと思います。
そして、「コロナ」は、「天照派」のシンボルである、「日食」の時に見える、太陽の妖しい光の意味もありますね。
だから、今回の世界的な「新型コロナウイルスの騒動」も、「神武派」と「天照派」の頂上決戦だということです。
そして、「新型コロナウイルス」のことを、「COVID19」こう書きますね。
一般的には、別の意味ですが、私はこう解釈します。
「COVID19」=「CO(一緒に)」+「V(勝利)」+「IDは19」
これを意訳しすと、こうなります。
「一緒に勝利しましょう! 大丈夫です! 私たち、19組(38人)の八百万の神々が、陰でサポートしていますよ!」
ここが、正念場なのです。
世界中に散らばっている、「天照派」の人々も、今懸命に、自分たちの得意な戦い方で、戦っています。
それは…
「Stay Home (ステイホーム)」=「引きこもり」
なのです。(笑)
もうすぐ、長い闇が終わり岩戸を開き、光の世界がやってきます。
新しい時代は、もう目の前です。
話を旅行記に戻します。
「久我人神社」から、タクシーで、ちょっと走った所に、「観音寺」もありました。
着きました。
シュメール文明の壁画に描かれているロケットです。
スペースシップというのは、その時代の人々が、ショックを受けないように、人々の集合意識が望んでいる姿で現れるので、この時代には、こういう形で、飛んでいたのだと思います。
「長岡天満宮」の地図を、あとから見て、驚きました。
なんと、このロケットが、地上絵としても描かれていたのです。
その前に、おさらいしましょう。
宇宙人ファミリー、「アヌンナキ」ですが、皆、自由自在に、身体を、アクセサリーのように、変化させることができたので、あまり容姿には、こだわっていなかったかもしれませんが、父親の「アヌ王」は、背中に羽を生やした姿を、好んだそうです。
「アヌ王」の姿だと言われているものです。
ゾロアスター教の「アフラ・マスダ」でもあります。
背中から、羽根が生えていますね。
息子の一人、「エンリル」も、こういう姿を好んだと思われます。
日本では、「天狗」と呼ばれているグループです。
「エンリル」の孫娘である、「イナンナ」も、背中から羽根を生やしている姿もありますね。
「アヌンナキ」たちは、背中から羽を生やす姿を好んだグループが、多かったということです。
昔のヨーロッパの宗教画に描かれる、「天使」なども、このグループの存在が多いと思います。
一方で、「アヌ王」のもう一人の息子である、「エンキ」は、母親が、「蛇(龍)」の宇宙人だったために、下半身は、「蛇(龍)」だったようです。
日本では、「宇賀神」ですね。
これは、「エンキ」が、人間たちに、知恵を授けている様子の絵だそうです。
聖書の中に出てくる、「エデンの園」で、アダムとイブに、知恵の実を食べさせた「蛇」は、「エンキ」だと言われています。
真ん中の木に、巻き付いている存在です。
これは、中国古い絵です。
「伏羲」などと呼ばれている存在です。
彼らも、「エンキ」のグループですね。
地球文明の歴史の中で、「エンリル」と「エンキ」という宇宙人の兄弟が、長いこと対立していたようですが、この二人の兄弟のシンボルが、二つに分けられるのです。
これは、私の独自の仮説です。
「エンリル」のグループ=「鳥(鳥類)」=「陸と空」
「エンキ」のグループ=「蛇(爬虫類)」=「海と湖(池)」
こういう流れです。
日本風にアレンジした、グループ分けです。
「エンリル」=「鶴」
「エンキ」=「亀」
つまり、「鶴」と「亀」のグループは、単純に、地球文明の発祥の時に分かれた、二人の兄弟グループのことだと思うのです。
一般的に言われている説で、
「伊勢神宮」=「鶴」
「出雲大社」=「亀」
というのもありますね。
これは、そういう意味だと思います。
「かごめかごめ」の歌に出てくる、
「鶴と亀がすべった」
という歌詞は、いろいろな解釈ができますが、その中に、
「鶴と亀が総べった」
といって、
「両者が、和解したり融合した」
という意味の解釈もあります。
両者が融合した姿が、わかりやすく描かれている壁画が、世界中にあります。
南米の壁画です。
「龍形のロケット」に、「人間型の宇宙飛行士」が乗船して、操縦しているように見えます。
この人間型(天使型)の「エンリル」、それから、爬虫類型の「エンキ」が、合体した姿だともいわれています。
つまり、「鶴と亀が統べった」というシンボルなのです。
これも、有名な壁画ですね。
このように、太古の時代、地球を訪れていた、「アヌンナキ」の一族は、「龍(スペースシップ)」と「人間(操縦士)」という姿で、登場することも多かったようです。
なっ、なんと、「長岡天満宮」には、この地上絵があったのです!
まず、普通の地図です。
これでは、よくわかりませんね。
まだまだ、「長岡京」は、奥が深そうです。
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日本ピースツアー 3 補陀落渡海
「補陀落渡海」の話も、再度、簡単に書いておきますね。
前回の記事で書いたように、古代の日本は、ある期間、二つのグループが存在していたそうです。
一般的な名称としては、「弥生人」と「縄文人」です。
もう一度、書いておきますね。
〇「リンゴグループ」=「弥生」
〇「ミカングループ」=「縄文」
「弥生人」は、大陸からやってきたグループであり、「聖書」に書かれている神様たちです。
「縄文人」こそが、ネイティブジャパニーズなのです。
生粋の日本人は、彼らなのです。
日本人の始祖である、「イザナギ」と「イザナミ」が、このグループの両親になります。
太古の日本においては、「イザナギ」と「イザナミ」が、最初に日本の国造りをしたそうですが、これは、絶対平和主義のグループで、本当に「愛の存在」だったそうです。
これが、「縄文」です。
それに対して、後から、日本の土地にやってきた、「神武天皇」は、大陸からやってきた渡来人や帰化人のグループと組んだ、「権力志向の存在」だったそうです。
これが、「弥生」です。
かなりの長期間にわたって、「弥生(リンゴ)」が「縄文(ミカン)」を弾圧したり圧政下におくということを、続けていたそうです。
「愛の存在」である「イザナギ」と「イザナミ」は後に、38人の子供を生んだそうです。
この子孫が、日本の古代史において、とても重要な流れなのです。
38人は、その後に、たくさんの子孫を増やしたそうです。
この一族の直系である、長男と長女の子孫は、「大丹生・皇」の称号を名乗り、後に、「天皇家」になったそうです。
ある時期に、この子孫の一人が、「初代天照(アマテル)」を名乗ったそうです。
この頃から、「天皇」という称号が、生まれたそうです。
念のために書いておきますが、この天皇は、古事記などに登場する、「アマテラス」とは別人で、意味も違うそうです。
「古事記」は、後の天皇などが、かなり歴史を湾曲して書いているそうです。
しかし、私が、いろいろ調べたところでは、まったく関係ないわけでもなく、こういう名前が似ている人物やグループなどは、同じ魂の仲間だと思っています。
「初代天照(アマテル)」の時代から、何百万年も経った後、新しい時代が始まったそうです。
その時代は、それまでの平和な時代ではなく、動乱の時代になったようです。
きっかけは、大和地方に、「神武天皇」がやってきたのが、始まりだったようです。
この天皇のグループは、権力志向だったようです。
「神武天皇」は、シュメール文明の神様の中では、「アヌ王」と「エンリル」の二人の魂が融合したような存在だったと、私は思っています。
「縄文」のグループは、「平和」が何よりも大切だと思っていて、「自由」や「知恵」、それから、「愛」のグループだったと思います。
そして後から、日本の歴史に登場した「神武天皇」が、「平等」を大切だと思っている神様だったようです。
さらに、「力」の崇拝者でもあったようです。
権力によって、人々を平等に統治するという考え方ですね。
私は、どのグループがいいとか、悪いとかの判断は、やらないほうがいいというスタンスです。
国政というのは、世の中の状況によって、穏やかに統治したほうがいいこともあれば、多少は荒っぽく、人々を弾圧しなくては、治まらない時もあるからです。
この二つのグループを、さらに、わかりやすく表現すると、
〇「弥生(リンゴ)」=「現実主義」
〇「縄文(ミカン)」=「理想主義」
こうなると思います。
現在の日本でも、これは、引き継がれていて、目まぐしく変化する国際情勢の中で、常に、「理想」と「現実」の問題で、政治は論争されますね。
具体的には、「平和憲法」と「自衛隊」の問題なのです。
これも、いろいろな見方ができるので、
「どの意見が正しいか?」
というのは、とても難しい問題なのです。
「弥生」の人々は、別名、「神武派」とも呼ばれています。
リーダーが、神武天皇だったからです。
彼らの書いた国史が、「古事記」や「日本書紀」であり、だから、日本の初代天皇は、「神武」になっているのです。
一方の「縄文」の人々は、別名、「天照派」とも呼ばれています。
「天照大神」とは、直接は関係ないのですが、性格が似ているのです。
つまり、このグループは、
「絶対に戦わない」
という共通の姿勢があるのです。
古事記には、「アマテラス」が、弟の「スサノヲ」の乱暴ぶりに、腹を立てる場面がありますが、その怒り方が、ユニークなのです。
ご存知のように、天岩戸に隠れるのです。
要するに、「引きこもった」ということです。
本来の日本人の怒りの表現は、これなのです。
たとえば、江戸時代なども、「鎖国」をやっていますが、あれは、当時の日本人たちが、西洋人たちが、「大航海時代」などと言って、世界中を植民地化して、残酷で酷い行いをしているのを見て、怒ったのだと思います。
「あんな野蛮な人たちとは、お付き合いできません」
こう思って、国内に引きこもったのが、あの時代だったのだと思います。
おそらく、現代の日本でも、「ニート」や「引きこもり」をやっている若者は、世の中に対して、怒っているのだと思います。
生粋の日本人の怒りの表現は、「引きこもる」のです。
それに対して、「神武派」は怒ると、相手を殺したり、殴ったり、怒鳴ったり、場合によっては、戦争をしたりします。
怒りの表現の仕方が、ストレートで、わかりやすいのです。
この視点から見ると、現在の日本人にも、「天照派」と「神武派」の二つのタイプの日本人がいるような気がします。
現代の日本の社会では、やはり、「天皇家」は、「天照派」だと思います。
そして、「内閣」に代表されるような政治家たちは、「神武派」が多いような気がします。
私は完全に、「天照派」ですね。
あなたは、どのタイプですか?(笑)
「縄文(天照派)」の話を続けます。
ツインレイとして、丹後半島に生まれ、38名の子供を産んで育てた二人は、「初代」の「イザナギ&イザナミ」です。
それから、1500代も、この系統は続いたそうです。
それぞれの平均寿命も長く、3000歳くらいまで生きたそうです。
そして、最後である、1500代目の「イザナギ&イザナミ」の子供が、「天照派」の初代になる、「天照天皇(アマテルカミ尊)」という男性だったそうです。
それにしても、「神武派」の弾圧は、いろいろな理由から、徹底的に酷くやったようで、「天照派」のグループは、ある時期は、生きていくのに最低限必要な、土地や仕事も奪われて、「ホームレス」のような身分になってしまったそうです。
部落差別の問題も、このあたりの歴史も関係しているそうです。
古事記の「天照大神」に代表されるように、生粋の日本人というのは、本来、争ったり、喧嘩したりすることが、とても苦手な民族みたいです。
とても愛に満ちていて、平和が好きな民族なのです。
何かに腹を立てて怒っても、相手に仕返ししたり怒鳴ったりせずに、静かに、その場を立ち去ったり、無言になったり、無視するという態度をとります。
本当に頭にきた時も、天岩戸に隠れるように、「引きこもる」という行動で、抗議するのです。
何かに対する怒りが、頂点に達しても、頭にきた相手を殺すのではなく、その怒りを、自分に向けたりして、自殺という抗議行動を選択する人も多いのです。
現代の日本において、多くの人々、特に感性が豊かで、敏感な若者たちが、引きこもったり、ニートになったり、登校拒否や出社拒否、それから、すぐに職場を辞めて、転職を繰り返したりするのも、静かな怒りの表現なのだと思います。
社会に対して、無言の抗議をしているのです。
ストレートな感情表現に慣れている大人たちは、これらの行動が、わかりません。
「どうして、学校に来なくなったんだろう?」
「どうして、入社したばかりの会社を、すぐに辞めたりするんだろう?」
「どうして、いつまでも親元にいて、社会に出て働かないんだろう?」
こう思っていると思います。
これが、彼らの怒りの表現の仕方なのです。
口に出して、反論したり、抗議したりしないのです。
「静かな怒り」
なのです。
これは、政府に対してもそうです。
あまりにも酷い政治をしても、生粋の日本人の多くは、大規模なデモなどの行動はしません。
ただ単に、
「投票に行かない」
という無言の抗議行動をします。
もう一度まとめますね。
「神武派(弥生)」に代表される、「武闘派」、それから、「天照派(縄文)」に代表される、「穏健派」、古代の日本には、この二つのグループが、存在していたようです。
「神武派(弥生)」は、「天武天皇」などのように、名前に、「武」が入っている天皇が、多かったみたいです。
文字通り、イケイケの武闘派が多かったようです。
このグループは、前述したように、「イザナギ」と「イザナミ」の「38人の子供」の直系の子孫である、穏健派の「天照派(縄文)」を弾圧していたようです。
調べてみると、古代の日本は、最終的には、
〇「リンゴグループ」=「京都」=「神武派(弥生)」=「北朝」
〇「ミカングループ」=「奈良」=「天照派(縄文)」=「南朝」
こうなったそうです。
そして、奈良を拠点にした、「天照派」が、リーダーとして選んだ天皇が、「後醍醐天皇」だったそうです。
「北朝」と「南朝」には、いろいろな複雑な流れがありますが、その根底には、この二つのグループがあったということがわかって、納得しました。
歴史に登場する、「空海」などは、この二つのグループの狭間で、苦しみながらも、「天照派」のグループをこっそりと助けていたようです。
「空海」は、うまく助けていたようです。
「天照派」の一部を四国に逃がして、四国八十ハ箇所に見張り番を置き、「神武派」から匿っていたそうです。
「天照派」の子孫たちは、その後、日本史の中で、途中から入ってきた外来の宗教である、「仏教」を隠れ蓑に活用したようです。
たくさんの人々が、僧侶になり、お寺に身を隠していたようです。
これらの歴史を、さらに突っ込んで考えてみましょう。
こういう話を知ると、なんとなく、「神武派」が、極悪非道の存在に感じますが、物事には、いろいろな解釈ができます。
もしも、日本の国土に、穏やかなグループである、「天照派」だけが、住んでいたら、その後の大陸からやってきた、「元寇」などの襲来には、とても対抗できなかったと思います。
「神武派」は、まだ、弾圧したりしただけですが、もしも、「元」の軍隊が、日本を支配していたら、「天照派」は、拷問さたり、虐殺されていたかもしれません。
日本にも、「神武派」のような武闘派は、必要だったのです。
「ドラえもん」という漫画に、「ジャイアン」というガキ大将が出てきますが、たまに、隣町の不良グループがやってきたら、彼が、率先して、その不良グループから、「のび太」などの町のメンバーを、守ったりするシーンが出てきます。
「蛇の道は蛇」
「毒を以て毒を制す」
こういう諺もありますね。
「悪」に対抗できるのは、やはり、「悪」なのです。
だから、私の中では、
「神武派」=「ジャイアン」
「天照派」=「のび太」
こういう解釈になっています。(笑)
大学時代、心理学の教授から、面白い話を聴きました。
その教授が言っていました。
「人間というのは、競争をすればするほど、賢くなるし、強くなる。しかし、同時に、自分さえよければいいという、利己主義になり、人格が悪くなる。嫌な人間になるのです。一方、競争を全くやらないと、誰にでも好かれるような、愛情深い人格になりやすいです。いい人になるのです。しかし、同時に、いつまでたっても、賢くもならないし、強くもなれないのです」
「競争」と「知能」と「人格」は、こういう関係にあるということでした。
つまり、「神武派」は、競争が好きで、どんどん賢く強くなって、権力を握ったいったグループだったのだと思います。
一方の「天照派」は、競争が嫌いで、ひたすら皆と楽しく、幸せに暮らすことに、主眼を置いたグループだったのだと思います。
どちらも偏っていたのです。
英語の「ライバル」という単語は、「川」を意味する「リバー」と、語源的に似ているという話を、ある本で読んだことがあります。
つまり、人間というのは、大昔から、よく、川を挟んで、「A」という村と「B」という村に、分かれたのです。
その川を境にして、村や町が生まれて、お互いに、土地や農作物などの問題で争うことが、多かったのです。
「ライバル」という単語が、それほど、悪いニュアンスだけではないことからも、わかるように、こういう争いによって、お互いに、切磋琢磨して、文明を向上させてきた面もあります。
日本風にいうと、「好敵手」ですね。
お互いに、戦争することもあれば、協力して、お祭りをしたり、いろいろと複雑な人間模様が、多く生まれたのが、「川沿い」という土地なのです。
「競争」という行為自体は、中立なのです。
それが、ネガティブに表現されたものが、「戦争」であり、ポジティブに表現されたものが、「祭り」であったり、「オリンピック」などのスポーツの祭典だったりするのです。
ここからは、私の想像ですが、おそらく、「神武派」が、あまりにも酷い弾圧をしたので、さすがの「天照派」も、いろいろな対抗策を考えたと思います。
それは時に、「働かない」というストライキだったり、究極の抗議行動として、「自害する」という人々も、たくさんでてきたのかもしれません。
考えてみれば、わかりますが、人々の上に立ち、威張りたい権力志向の人々も、下の人々がいるから、威張ることができるのです。
下の人々が、奴隷のように働いてくれないと、豊かな生活はできないのです。
そこで、ある時期に、
「まあまあ、そんなに怒るなよ。仲直りしようぜ。! そうだ! 一緒にお祭りでもやらないか?」
「神武派」のグループが、「天照派」のグループに、こうやって、下手に出るという懐柔策を、提案したことがあったそうです。
そこで、「神武派」が、真っ先にやったのが、京都の町に、「上賀茂神社」という神社を建てたそうです。
それから、「下鴨神社」という神社も建てたそうです。
そして、二つのグループの仲直りを兼ねて、盛大なお祭りをやったそうです。
それが、「葵祭」だったのです。
日本で最初の、全国的なお祭りだったそうです。
昔は、「祭り」といえば、「葵祭」のことを意味するくらい、「祭り」の代名詞になるくらいのイベントだったようです。
「向日葵(ひまわり)」という単語を見てもわかるように、「葵」には、本来、「ひまわり」の意味も含んでいたそうです。
つまり、
「向日葵」=「太陽」
ということです。
「葵祭」というのは、
「この世の中の全ての人々が、愛の光で、包まれますように…」
こういう願いを込めた儀式だったそうです。
数年前に京都に行った時、「上賀茂神社」の拝殿の前の「立砂」というのを見ました。
「盛砂」とも言うそうです。
「立つ」とは、「神様の出現」に由来する言葉らしいですね。
あとで知ったのですが、この二つのピラミッドは、「天照派(縄文)」と「神武派(弥生)」の二つのグループを表現しているそうです。
「これからは、二つのグループは協力して、仲よくやっていこう!」
ここで、そういう取り決めをしたのだそうです。
「神武派(弥生)」と「天照派(縄文)」が、京都の「葵祭」をキッカケに、急速に仲直りをしたのですが、しかし、いつの時代でも、どこの国でも、気が強い子供と気が弱い子供が、一緒に遊んだら、気が弱い方の子供は、毎回、ナメられて、イジメられ、不愉快な思いをするというのは、普遍の事実だと思います。
おそらく、穏健派の「天照派」の人々は、武闘派の「神武派」から、いろいろな圧力によって、精神的にも、肉体的にも、とても不自由な思いをしていたと思います。
そして、西日本を中心に、囲い込まれているような形になり、逃げ場のない状況で、閉塞状態になっていたと思います。
陸地は、おそらく、関所みたいな場所があり、要所には、見張りがいたと思います。
当時の東日本は、とても不便な場所だったし、大きな船を建造して、外国に逃げようと思っても、それもできなかったと思います。
「神武派」の天皇だった、「天武天皇」は特に酷い弾圧をして、「天照派」の人々には、
「土地をもってはいけない。職業についてもいけない。他の部族と結婚してもいけない」
こういう法律をつくり、乞食の立場に追いやったそうです。
それで仕方なく、お寺のお坊さんになって、そこで質素な生活を始めた人々も、多かったようです。
「イザナギ」と「イザナミ」の38人の子供の子孫たちは、そうやって虐げられた状況の中、心の優しい、何人かの権力者たちに助けられながら、少しづつ移動していったようです。
特に、奈良県の吉野から、和歌山県の熊野の奥地に、逃げていたようです。
何度も「熊野」を旅していて感じたのは、「王子」という名前がつく神社が、たくさんあるということです。
「王子神社」というのは、大阪あたりから始まり、和歌山県の熊野まで、北から南に、広く分布しています。
それらは総称して、「熊野九十九王子(くまのくじゅうくおうじ)」と呼ばれていたそうです。
一般的には、「九十九」というのは実際の数ではなく、「数が多い」という意味で使われることが多いですね。
実際、最盛期には、99ヵ所くらいの「王子」と呼ばれる土地があったそうです。
ここからは、私の想像です。
おそらく、このエリアには、38人の子孫の末裔がいたのだと思います。
そして、99人の王子、つまり、天皇家のリーダーが、99人住んでいたのだと思います。
99のグループに、分かれていたのだと思います。
「99」というナンバーは、旅行記の最後にも、登場するので、よく覚えておいてくださいね。
その頃、絶対平和主義で、他人への攻撃ができないために、弾圧されたり、冷や飯を食わされていた、「天照派」の人々は、西日本で閉塞状態になっていたようです。
陸地から、東日本を目指そうと思っても、要所には、関所のようなものがあり、見張り番がいたと思います。
そもそも、仮に、東日本に行っても、荒れた僻地だったので、行っても、そこでは、過酷な生活が待っていることは、明白だったと思います。
それでも、西日本に住んでいても、これから先、永遠に苦しい生活が続くのは、目に見えていました。
「よし! 凄い冒険になるかもしれないけど、東日本に移住して、新しい土地で、新しい時代を築いていこう!」
ある時、こう決意したのだと思います。
海から、東日本を目指そうと思っても、そんなに遠くまで行こうと思ったら、大きな船を造船しないといけなし、そんな技術もお金もなかったので、途方に暮れていたようです。
そんなとき、一人の救世主が現れます。
「聖徳太子」
この人物が、助けたのです。
聖徳太子の登場で、日本史の中で、最高にスリリングなドラマが、始まったのです。
救世主というのは、「天照派にとっての救世主」という意味です。
私は、「聖徳太子=キリスト説」を主張していますが、まさに、日本においては、聖徳太子が出現する前と後では、西洋での「紀元前(B.C)」と「紀元後(A.D)」に分かれるくらいの時代の大変化だったのです。
聖徳太子というのは、この大プロジェクトを実行するために、日本に誕生したのだと思います。
彼らにとっては、「西日本」は、まるで監獄にいるように、不自由な土地でした。
そこで、新天地の「東日本」への脱出を試みたのです。
よいよ、ここから、「プリズンブレイク」の古代日本版が、始まったのです!
熊野地方には、日本史における、最重要な寺があります。
「補陀落山寺」という小さなお寺です。
「世界遺産」でもある重要な場所です。
「補陀洛山寺」は「補陀落渡海(ふだらくとかい)」の出発点だったことで、知られているそうです。
私は、この渡海のことは、全く知りませんでした。
あるキッカケで知ったのです。
ネットで調べると、こういう説明が出てきます。
「補陀落」とはサンスクリット語の「ポタラカ」の音訳で、南方の彼方にある、観音菩薩の住まう浄土のことをいい、「華厳経」には、インドの南端にあると、説かれているそうです。
「観音信仰」の流布とともに、チベットや中国にも、「補陀落」は、想定されたようです。
チベットでは、ラサ北西に建つ、観音の化身、「ダライラマ」の宮殿を、「ポタラ(補陀落)宮」と呼び、中国では舟山諸島の2つの島を、「補陀落」としたようです。
日本においては、南の海の果てに、「補陀落浄土」はあるとされ、その南海の彼方の補陀落を目指して、船出することを「補陀落渡海」と言ったそうです。
そして、この信仰を広げたのが、聖徳太子だったのです。
日本国内の補陀落の霊場としては、那智の他に、高知の足摺岬、栃木の日光、山形の月山などがあったそうです。
記録に残された40件ほどの補陀落渡海のうち、半数以上が、この熊野那智で行われています。
熊野は、補陀落渡海の根本道場といってもよい場所だったようです。
聖徳太子の時代から、江戸時時代まで、これは行われていたそうです。
チベットの「ポタラ宮殿」とも関係してたのですね。
そういえば、チベットも絶対平和主義の人たちが多く、そのために迫害されていますね。
日本の「天照派」と、同じルーツだと思います。
「ポタラ宮殿」の地下は、地底王国の「シャンバラ」があると言われていますね。
「補陀落山寺」の本堂の中には、当時の様子を描いた絵もありました。
これもネットで調べると、こういう説明が出てきます。
那智の浜からは、25人の観音の信者が、補陀落を目指して船出したと伝えられています。
補陀洛山寺境内にある石碑に、それらの人々の名が刻まれています。
補陀落渡海の多くは11月、北風が吹く日の夕刻に行われたそうです。
渡海僧は当日、本尊の千手観音の前で、読経などの修法を行い、続いて隣の三所権現を拝し、それから船に乗りこんだとも伝わっています。
渡海僧は、30日分の食料と灯火のための油を載せて、小さな屋形船に乗りこんだそうです。
説明は、さらに続きます。
渡海僧が、船の屋形のなかに入りこむと、出て来られないように、扉には外から釘が、打ちつけられたそうです。
渡海船は、白綱で繋がれた伴船とともに、沖の綱切島あたりまで行くと、綱を切られ、あとは波間を漂い、風に流され、いずれ沈んでいったものと思われる。
渡海僧は、船が沈むまでの間、密閉された暗く狭い空間のなかで、かすかな灯火を頼りに、ただひたすらお経を読み、死後、観音浄土に生まれ変わることを願い、そして、船は沈み、入水往生を遂げたのでしょう。
船のしつらえや渡海の方法などは、時代により異なるのでしょうが、補陀落渡海とは、いわば生きながらの水葬であり、自らの心身、を南海にて観音に捧げる、捨身行だったのでした。
こう書かれています。
これが、一般的な認識です。
渡海僧が乗りこんだ船を復元したものが、境内にある建物のなかに展示されています。
奇妙な形をした小さな船です。
船の上には屋形が、作られています。
その屋形の前後左右を、4つの鳥居が囲んでいます。
人が、一人だけ入ることができる、テントのような小屋があり、ここに僧侶が一人だけ入り、外からは釘が打たれ、中から出られないようにしていたそうです。
もちろん、現在のようなスクリューなどはなく、櫂も帆もなかったそうです。
だから、一度、海に出たら、クラゲのように、ただ漂うだけだったのです。
ここからが、いよいよ本番です!
「補陀落渡海」は、このように、昔も現在も、狂信的でカルトっぽい儀式だったと、世間一般では思われています。
しかし、よく考えてください。
こういう、「即身成仏」の行為をやる意味は、何なのでしょうか?
ましては、何のために、わざわざ、海の彼方に行って、死ぬ必要があったのでしょうか?
ただ死ぬだけのために、これをやっていたとしたら、ただの馬鹿だと思います。
勘の良い方は、もうわかりましたね。
そうです。
「西日本」から「東日本」への脱出が、真の目的だったのです!
「空と海の彼方の極楽浄土へ行くために、舟に乗って、太平洋の彼方に行き、そのまま、沈没して、海の藻屑となり、即身成仏する」
というのは、「神武派」たちのグループの目を、ごまかすための偽りの儀式だったのです!
本当のことは、隠されていました。
実際には、こうだったようです。
途中まで、付き添いの数隻の舟が、綱を引っ張り、途中の小島から、突き放したようです。
「よ~し! 行ってこ~い!」
こう叫んだかどうかは、わかりませんが、沖の向こうまで、その小舟を流したそうです。
すると、浜辺から4キロくらいの所に、当時から、「黒潮」が流れていたのです。
そして、うまく、「黒潮」の乗れば、それは、大きな河のような流れで、「東日本」まで、運んでくれたのです。
ちなみに、黒潮の最大流速は、最大で4ノット(約7.4km/h)にもなり、軽くジョギングしているくらいのスピードなので、1週間以内では、確実に、「東日本」にある、どこかの浜に漂着したと思います。
そして、当時から、忍者のような存在たちがいて、秘密裏に、いろいろな手配をして、「東日本」の浜に漂着したら、事前に、その場所に着いていた人々が、打たれていた釘を外し、中から、その僧侶を助けたのだと思います。
そして、その背後で、この秘密の脱出劇を、計画して動かしていたのが、「聖徳太子」のグループだったというわけです。
黒潮です。
「西日本」 ⇒ 「東日本」
これを繋ぐメインストリートが、海だったというのは驚きですね。
しかも、大きな船ではなく、「小舟」だったというのも、ビックリです。
私たちは、歴史においては、「民族大移動」というと、大人数でのイメージがありますが、それは大陸の話です。
聖書には、そう書かれていますが、日本では、全く状況が違い、秘密裏に、一人づつ、長い年月をかけての移動だったようです。
その期間、聖徳太子の時代から、江戸時代にかけて、なんと、1100年間くらい続いていたそうです!
これだけの長い年月をかけて、少しづつ、「天照派」の僧侶、つまり、本当の天皇家の一族を、東日本に逃がし、そこで、おそらく、現地の女性と結婚して、子孫を広げていくという活動をしていたのだと思います。
目的は、「平和」と「愛」の遺伝子を、未来の日本に残すためです。
房総半島の痕跡です。
数年前に、「補陀落渡海」の僧侶たちが、「西日本」から、「小舟」で辿り着いた場所に行ってきました。
場所は、千葉県の「九十九里浜」です。
もうわかりましたね。
「九十九人の王子のグループが辿り着いた浜」
こういう意味だったのです!
着く場所が、どうして港ではなく、ただのビーチだったのでしょうか?
砂浜だからいいのです。
砂浜だと、大きな船は接岸できません。
沖に錨を下ろして、小舟で来ることになります。
砂浜という地形は、小舟じゃないと上陸できないのです。
大きな船が接岸できる港だったら、すぐに追っ手に見つかってしまいます。
このプロジェクトは、秘密裏の脱出劇だったことを、忘れないでくださいね。
昔、ここで、「天照派」の僧侶が、「小舟」から仲間によって救助されて、上陸したと思ったら、大感動でした。
「浜鳥居」という名前だそうです。
「九十九里浜」に上陸した後、僧侶たちは、このルートを歩いたようです。
「浜鳥居」→「神洗神社」→「神埼神社」→「玉前神社」
大まかな地図です。
房総半島においては、「玉前神社」のあたりに、一旦、落ち着いたグループもいたようです。
あるグループは、ここを定住の地に決めたようです。
拝殿で参拝しました。
黒色は、珍しいと思います。
いろいろ考えたら、この色は、漆黒の闇、つまり、「宇宙」を表現していると思います。
そう思いながら、拝殿の屋根のあたりを見て、
「うわ~~!!」
と、大声で叫んでしまいました。
「宇宙の源」から、ツインレイである、「イザナギ」と「イザナミ」の魂が、最初は、「繭」のような形から、二つに分かれて、それから、二人の男女になる様子が描かれています。
大感動でした~!
やはり、ここは、「イザナギ」と「イザナミ」の子孫たちの拠点だったのです。
房総半島の南端、館山市には、「那古寺」というお寺があるのですが、ここの山号が、「補陀落山」なのです。
明らかに、和歌山県の「補陀落山寺」と関係ありますね。
ここにも行きました。
ここでも、たくさんの痕跡を見つけて、感動しました。
このように、特に、「東日本」の海岸沿いに、「補陀落渡海」を思わせる名前の寺や神社が、たくさんあるのです。
おさらいを終え、ウォーミングアップで身体も温まったと思うので、次回からは、いよいよ、本格的な旅行記の始まりです。
お楽しみに!
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日本ピースツアー 2 リンゴとミカン
ここで、いつものように、おさらいしておきましょう。
私は現在、地球における古代史を、二つのグループに分けて考えています。
一つ目は、「リンゴ」をシンボルにしたグループです。
これは、シュメール文明から始まる、「アヌンナキ」のグループで、エデンの園で、アダムとイブにリンゴを与え、ニュートンに、万有引力の法則を、リンゴで気づかせ、資本主義の権化である、ビッグアップルというニューヨークの街をつくりあげ、アップルコンピューターを世界に広げています。
権力や支配のグループです。
拠点は、中近東から欧米諸国のエリアです。
「エデンの園」です。
「日の丸」は、実は、この「リンゴ」の象徴みたいです。
一般的には、「太陽」の意味だと言われていますが、私は、「リンゴ」の意味も含んでいると思います。
日本の天皇家では、「北朝」の系統で、どちらかというと、「山の民」であり、「弥生人」です。
「リンゴ」です。
「日の丸」です。
「太陽」の意味もあります。
このグループの生き方や人生観は、だいたいこうなります。
一言で、その特徴を言い表すと、「未来型」。
「成功型」と言っても、いいと思います。
未来に夢や目標をもって、それに向かって努力したり、がんばったりしながら生きていくやり方です。
どちらかというと、客観的な視点での生き方です。
これは、ポジティブシンキングの人に、多いと思います。
年齢で言えば、10代~20代の人たちは、これが多いと思います。
「自分は、まだまだ未熟だ」
と思って、がんばって成長する時期です。
あるアンケート調査によると、アメリカ人の90%は、このタイプだそうです。
二つ目は、「ミカン」をシンボルにしたグループです。
これは、日本の丹後半島から始まる、「イザナギ」と「イザナミ」のグループで、「補陀落山」を信仰しています。
この信仰は、インドやチベットや中国にもあり、「ポータラカ」などの名前のユートピアを夢見ています。
沖縄のニライカナイも、そうだと思います。
その理想郷は、八角形の建物があり、「橘(ミカン)」などの柑橘類の果物が咲き乱れていると言われています。
裏天皇だった、聖徳太子の家紋も橘ですね。
愛と平和のグループです。
拠点は、日本を始めとしたアジア諸国です。
「菊花紋」は、実は、この「ミカン」のグループの象徴みたいです。
一般的には、「菊の花」の意味だと言われていますが、私は、「ミカン」の意味も含んでいると思います。
日本の天皇家では、「南朝」の系統で、「海の民」であり、「縄文人」です。
「ミカン」です。
「菊花紋」です。
「月」や「星」の意味もあります。
生き方や人生観は、こうです。
「現在型」です。
「幸福型」と言っても、いいと思います。
特に、夢や目標など持たずに、現在に幸せを感じながら、肩の力を抜いて自然体で生きていくやり方です。
主観的な視点での生き方です。
これは、バランスのとれた人に多いと思います。
年齢で言えば、50代~60代の人たちは、これが多いと思います。
「自分は、ある程度成長したから、あとは人生を楽しもう」
と思って、肩の力を抜いて、自然体で生きていく姿勢です。
日本人の60%は、このタイプだそうです。
両者をシンプルにまとめると、こうなります。
〇「リンゴのグループ」=「日の丸」=「太陽」=「アヌンナキ」=「力と支配」=「弥生人」=「北朝」=「成功型」=「日本陸軍」
〇「ミカンのグループ」=「菊花紋」=「月&星」=「イザナギとイザナミ」=「愛と平和」=「縄文人」=「南朝」=「幸福型」=「日本海軍」
日本には、大昔から、2つの天皇家が存在していますが、この流れだと思います。
この2つのグループ分けは、私のオリジナルですが、この分類の方法で、現代の地球、そして、日本の社会が、スッキリと読み解けそうです。
「陰陽」のシンボルのように、この両者は、ハッキリと二分されているわけではありません。
「陰」の中にも「陽」があり、「陽」の中にも「陰」があります。
それは、自然界でも、神様が表現しています。
たとえば、「リンゴ」は、「太陽」の意味もありますが、そのリンゴをカットすると、その中には、「星」の形が出てきます。
「ミカン」は、「月&星」の意味もありますが、「太陽」が夕陽になる時、「オレンジ色」になります。
このように、この世界では、「光」と「影」、つまり、「陽」と「陰」は、表裏一体であり、分けられないことが多いのです。
「縄文人」は、イザナギとイザナミの子孫であり、絶対平和主義で愛のグループです。
このグループは、「橘」などの柑橘類をシンボルにした、「ミカングループ」です。
地球文明においては、アジアを拠点にしたグループで、ユートピア信仰です。
このグループは、「ミカン」が御神体なのです。
古代史においては、聖徳太子などが、リーダーだったみたいです。
聖徳太子の生誕地は、奈良県の「橘寺」とも言われています。
家紋は、「橘」です。
「橘」の紋です。
「リンゴ」と「ミカン」、この二つのグループについて、もう少し書いておきますね。
大切なことは、日本においては、この二つのグループは、全く違う国家だったということです。
日本という国家には、大昔から、二つの国が存在していたということです。
だから、「二本立て」の意味で、「日本(二本)」という名前なのです。
繰り返しますが、具体的には、「弥生」と「縄文」です。
「弥生」のシンボルが、「日の丸」です。
「縄文」のシンボルが、「菊家紋」なのです。
日本に、シンボルが二つあるのは、こういうことなのです。
二つの国家で構成されているのです。
詳しいことは、現在、全国で開催中の「悪の根源」でお伝えしているので、ブログでは割愛させていただきますが、結論だけ書きます。
幕末の時代の本質は、この二つのグループの内戦だったのです。
「海の民(縄文)」である、「天照派(南朝)」が、自分たちは戦わないで、裏から、アメリカの「ペリー提督の黒船」やイギリスの「グラバー商会」などと協力して、「山の民(弥生)」である、「神武派(北朝)」をやっつけて、お灸をすえたというのが、真相なのです。
当時の日本国内では、誰も逆らえないほうどの権力を握り、世界を支配しようとするほど傲慢になり、調子に乗りそうになった、「弥生」を、「縄文」のグループが、より強力な軍事力をもつ欧米人のグループを使って、叩きのめした。
これが、幕末の真実なのです。
傑作なのは、名前が暗号になっているということです。
「縄文」は、「海の民」でしたね。
その総大将は、「勝海舟」です。
ハイ!
「舟に乗って海を渡ったグループを勝たせた人物」
こういう意味です。
その側近が、「坂本龍馬」であり、「海援隊」です。
「海のグループを応援する部隊」
この意味です。
面白いでしょう~!(笑)
「太平洋戦争」も、実は、この二つのグループの内戦です。
日本が、この戦争の中心だったのです。
太平洋戦争も、日本が発祥の地です。
全て、日本が仕掛けていたのです。
幕末が終わって、しばらくは、大人しくしていた、「弥生人」が、また昭和の時代になって調子に乗ってきたのです。
そして、江戸時代の末期のように、日本国内では、絶対的な権力を握り、世界制覇を企んだのです。
それで再度、「縄文人」のグループが、より強力な軍事力をもつ「アメリカ軍」と組んで、「弥生人」のグループをを叩きのめした。
これが、太平洋戦争の真実なのです。
結果を見れば、それは文字通り歴然としています。
一番わかりやすいのは、「東京裁判」です。
ご存知のように、この裁判で処刑されたのは、ほとんどが、「陸軍」ですね。
そうです。
この裁判は、連合国側の理不尽な裁判なのではなかったのです。
日本人同士の殺し合いに、「連合国」を利用したのです。
「海軍が、連合国を使って、陸軍を処刑した」
これが、東京裁判の真実です。
ここでも、詳しいことは省きます。
だから、太平洋戦争というのは、全て、「海軍」と「アメリカ軍」が組んでやった、「八百長」だということです。
「真珠湾攻撃」なども、この両者が台本を見ながら、プロレスをやっていたということです。
ちなみに、「八百万の神々」のグループは、原則、「戦わないグループ」でしたね。
だから、このグループは、「戦略」や「戦術」は使いません。
その代わり、もっと凄い、「知略」で勝負してくるのです。
そして、彼らの得意技が、「八百長」なのです。
悪い意味ではありませんが、他にも、「嘘八百」とも言われている、頭脳戦が得意なのです。
「八百」という表現は、このグループの特徴をよく表しています。
江戸時代の江戸の町は、彼らの理想郷でしたね。
「八百八町」ですね。
他にも、昔は、野菜や果物だけでなく、現代のコンビニのように、なんでも売っていた、「八百屋」も、彼らが発祥だと思います。
「八百万の神々」=「八百長」=「嘘八百」=「八百八町」=「八百屋」
こうなるのです。
繰り返しますが、悪い意味ではありませんよ。
ここでは、いったん、善悪の判断はやめてくださいね。
「弥生」は、「武闘派の神々のグループ」なので、逆に、「戦略」や「戦術」を練りますが、案外、シンプルでわかりやすいのです。
「縄文」の戦い方のほうが、より高度で視野が広く、しかも陰に隠れるので、わかりにくいのです。
実は、世界中の陰謀や謀略は、彼らが仕掛けていることが多いのです。
「天岩戸」の「天照大神」の存在のように、陰に隠れたり出てきたり、神出鬼没なのです。
「愛と平和」のグループである、「縄文」が、この地球の本当の支配者であり、黒幕だということです。
誤解しないでほしいのですが、彼らは悪人ではありません。
それどころか、完全な善人であり、皆、良いひとたちばかりです。
だから、地球が滅びるようなことには、ならないのです。
ちょっと考えてみれば、わかると思いますが、もしも、地球で一番の支配者が、悪人であれば、とっくの昔に、この惑星は滅びています。
小さな紛争や国同士の戦争などは、「力と支配」のグループの「弥生」が、起こしています。
つまり、シュメール文明から発祥している中近東や欧米のグループです。
「アヌンナキ」の一族ですね。
一般的な陰謀論では、ここまでしか追及していません。
でも、第二次世界大戦のように、世界中を巻き込むような大きな戦争は、この「縄文」が、陰で動かしているのです。
これは、宇宙存在である、「バシャール」からの情報です。
太古に時代、火星と木星の間に、「マルベック」という名前の惑星が、存在していたそうです。
そこには、人間のような生命体が住んでいたそうです。
ある時期に、全面核戦争を起こして、木っ端微塵になり、現在のような「アステロイドベルト(小惑星帯)」になったそうです。
その時に、宇宙の根源的なシステムまで、悪影響を当たるような深刻な事態になり、大変なことになったようです。
それで、現在の地球は、「宇宙連合」と呼ばれるグループの管理下におかれ、「全面核戦争」だけは避けるように、指導がされているそうです。
これをやったのが、前述したように、「力と支配」のグループの「弥生」、つまり、「アヌンナキ」の一族だったそうです。
このグループは、このような前科があるのです。
そのために、彼らの暴走に歯止めをかけるために、宇宙の根源神から地球にやってきたのが、「愛と平和」のグループである、「縄文」、つまり、「イザナギとイザナミ」の子孫たち、「八百万の神々」だったというわけです。
こういうことを書くと、スピリチュアル業界の多くの人たちは、
「じゃあ、弥生がいなくなって、縄文だけになれば、地球は、素晴らしい惑星になるんじゃないですか?」
という意見を述べたりします。
そうではありません。
全ての歴史に言えることですが、長く存在しているものは、皆、意味があって存在しているのです。
たしかに、「戦争」の弊害は、たくさんあります。
しかし、メリットもあるのです。
それは、「文明が進化する」という利点です。
一方、あまりこれを指摘する人はいませんが、「平和」は利点も、もちろん多いのですが、地球にとって、致命的な弊害もあります。
それは、「文明がいつまでも進まない」ということです。
「縄文時代」は、1万2千年間だったといわれています。
その間、何か大きく進歩したかというと、何も進んでいません。
同様に、日本の「平安時代」や「江戸時代」も、文明の進化は、あまりありませんでした。
部分的に、文化的な発展はあったのですが、特に軍事力は、必要なかったせいもありますが、ほとんど進みませんでした。
しかし、明治時代になって、「文明開化」や「富国強兵」が始まってからは、日本の文明は、劇的に進化しています。
車に例えますね。
地球文明においては、こうなります。
「弥生」=「アクセル」
「縄文」=「ブレーキ」
だから、
「どちらが正しのか?」
ではなくて、
「状況に応じて、両者を適切に使いこなす」
これが大切なのです。
そして、この車で、適切な判断をして、ハンドル操作までする、「ドライバー」の視点をもつという姿勢が、これからの地球人類には、必要なのです。
次回に続きます。
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日本ピースツアー 1 ニコニコマーク
進化する人と停滞する人、この二つのグループが、交わることは、もうないのかもしれません。
いつの時代でも、進化というのは、
神様からの知能テストにより、選別が始まっているのです。
いろいろな分け方がありますが、その中の一つに、世界の民族を、三つに分けるという考え方があります。
一つ目は、「狩猟採集民族」、二つ目は、「農耕牧畜民族」、三つ目は、「牧畜民族(遊牧民族)」です。
この中で、最初の二つの民族は、古代から日本にもいました。
「縄文人」=「狩猟採集民族」
「弥生人」=「農耕牧畜民族」
こうなります。
「縄文人(狩猟採集民族)」は、生態系のバランスを保つという、自然との「調和」を大切にしたようです。
そして、「弥生人(農耕牧畜民族)」は、皆で力を合わせて働くという、「協調」を大切にしたようです。
「日本」という国は、この二つの民族で成り立っています。
だから、「二本立て」で、「二本=日本」というのです。
三番目の「牧畜民族(遊牧民族)」というが、日本にはいなかったようです。
なぜならば、この民族は基本的に、「砂漠と草原の民族」だからです。
「牧畜民族(砂漠と草原の民族)」は、世界観が全く違います。
彼らは、
「自分たちだけが人間で、ちょっと賢い動物、例えば、犬などは家来にする。そして、それ以外の賢くない動物は羊であり、毛皮を使おうが殺して食べようがかまわない。むしろ、そうやって、自分たちが支配してあげることが親切でもあるし、世界のためでもある」
こういう価値観をもっているようです。
だから、彼らにとって、一番大切なことは、「支配」なのです。
日本人には、どうしても、この感覚がわからないようです。
彼らは彼らで、先祖代々、これで生きてきたので、それが当たり前なのです。
特に、中近東を源流にした、「アヌンナキ」という宇宙人グループの流れ、聖書に登場する神々、「エロヒム」や「ヤハウェ」などは、この系統です。
他にも、人類の中でも、昔から現在まで、世界を支配してきた権力者たちは、この民族の子孫が多いということです。
現在の「ディープステート」や「カバール」、それから、「イルミナティ」、「ロスチャイルド」や「ロックフェラー」など、悪魔崇拝主義のグループも、この「牧畜民族」の子孫たちだということです。
世界の民族には、この三つがあり、日本には、二つだけしか存在しなかったために、もう一つの異質の存在である、「牧畜民族」の思考パータンが読めないのが、日本人だということは、頭の隅っこに置いておいてください。
彼らは、世界はもちろん、日本を支配しようとするときでも、「政治」や「メディア」や「教育」などのトップたちを、文字通り、「犬」にして、国民である「羊」を思のままに動かすというテクニックに長けているのです。
それは、数万年くらいかけて、構築したものなので、とても良くできています。
わかりやすい例をあげまますね。
「新型コロナウイルス騒動」が始まってから、政府が、いろいろな方針を発表しましたね。
「ステイホーム」
「GoToトラベル」
「GoToイート」
この中の「STAY」や「GO」という単語に、注目してください。
まさに、「犬」に命令する時の言葉ですね。
つまり、欧米人の権力者たちが、日本の政治家に、そう言えと命令して、「犬」である、日本の政治家たちが、「羊」である、日本国民に、メディアを通して、また命令する。
こういう構図になっているのです。
自分の頭で考える癖がある日本人は、これらの図式を見抜くことができますが、普段から、自分の頭で考える習慣のない日本人は、簡単に騙され、支配されてしまします。
そして、恐ろしいのは、本当に騙されて洗脳された人々は、自分が洗脳されているという自覚もないのです。
支配する方も悪いとは思いますが、同時に支配される方も悪いのです。
そもそも、支配している側には、罪の意識はないのです。
文句も言わず、従順にしている人々は、「家畜」や「奴隷」だとみなすのです。
それが、彼らの世界観なのです。
例え話ですが、支配者であり、「人間」である欧米人にとって、日本人の政治家や大企業のトップは、「犬」のポジションになります。
そして、日本国民やアジア人が、「羊」なのです。
だから、「犬」に、「羊」の世話をさせるという発想です。
そして、「犬」が、ご主人様である、「人間」に逆らったり、生意気な姿勢を見せると、「原爆」などで脅します。
これは、犬を躾ける時に、叩いたりする行為です。
そして、反省して従順になり、服従の行為であり、「お手」をすると、許してあげます。
これが、「ポツダム宣言」であり、無条件降伏になります。
すると、支配する側は、ニコニコしながら、笑顔で、
「オオ! グッドボーイ!」
こう言って、餌を与えるのです。
そうです。
戦後の、GHQ占領時代の日本の子どもたちが、
「ギブミーチョコレート!(兵隊さん、恵まれない僕たちに、チョコレートをください!)」
こう言うと、
アメリカ兵は、チョコレートやガム、キャンディーなどを与えましたね。
あれはまさに、
「服従した犬に、餌を与える」
という行為だったのです。
命令を聞かない犬、逆らう犬には、口輪をしますね。
それが、現在の「マスク」なのです。
「オマエたちは、静かに黙っていろ!」
こう命令しているのです。
まあ、全くの悪意でもありません。
善意も含まれています。
現在は、何度も繰り返し、書いているように、
「人類」 VS 「悪魔」
この最終戦争の真っ最中です。
だから、国民の安全のためにも、「戒厳令」のような状態にしておく必要もあるのです。
つまり、「真実」の情報を知った庶民が、勝手にデモをやったり、復讐の行為にはしると、戦闘のプロである軍隊の軍事作戦に、支障をきたす可能性もあるからです。
なるべく、一般庶民は、家の中で、特に夜間は、大人しくしてもらいたいため、この目的もあると思います。
では、ここからが本番です。
2019年の11月に、長崎県に「第二次世界大戦」の調査に行きました。
この旅では、大好きな土地、島原半島にも滞在しました。
友人の松下先生が、
「島原は、登竜門になっていて、ここに来た人たちは、その後、皆、運気が急上昇するのですよ」
と言っていましたが、たしかに、この土地には、6回ほど行きましたが、そのたびに面白い流れがやってきます。
島原では、友人のタウリンさんに、車でいろいろ案内していただきました。
たくさんまわったのですが、特に面白かったのが、この神社でした。
「玉峯寺」です。
この寺の隣に、「八雲神社」という小さな神社がありました。
ちなみに、「八雲(やくも)」という名前の真の意味は、「焼く者(やくもの)」みたいです。
つまり、「戦争などで、街を破壊する神様」であり、インドのシバ伸のような、「破壊の神」だと思います。
これは、旅行記の中で、詳しく解説しますね。
この神社の奥宮のような所に、階段を登っていきました。
古い神社がありました。
いつも、不思議に思っていたのは、
「どうして、こんな誰も来ないような神社が、取り壊されずに、残っているのか?」
ということです。
最近、この意味がわかりました。
「いつの日か、この神社の意味がわかる人が来るまで、待っていてくれた」
ということです。
つまり、かなり昔から、私たちが訪れるのを、ここで、ずーぅと待っていてくれたということです。
「神社の本堂や神社の拝殿、そこの90度の角度に、本当に意味のある御神体がある」
その時も、その法則をもとに、あたりを見まわしたのですが、近くには何もありませんでした。
しかし、遠くに面白いものを発見しました。
保育園があり、そこに、黄色の水タンクがあったのです。
「ニコニコマーク」のような絵が、描かれていました。
どうやら、この神社の御神体は、これみたいです。
必ずしも、境内にあるとは限らないのです。
タウリンさんと二人で、車で近くまで行きました。
この球体のタンクの表と裏に、二つの顔が描かれていました。
私には、これは、「両面宿儺」に見えました。
一説によると、これは、
「ある時代の権力者は、最初は、とても良い人だったのに、ある時期から、とても残酷で悪魔のような人物に豹変した。人間というのは、常に二面性をもっているから、気を付けましょう」
という教訓を忘れないように、土偶を作ったともいわれています。
私には、このタンクを見ていると、
「平和といのは、綺麗ごとだけでは維持できない。平和な時代でも、人々の見てないところで、その世の中を維持するために、物凄い努力が行われている」
こういうメッセージを受け取りました。
2018年から2020年にかけては、都内に滞在している時は、太平洋戦争、その中でも、「東京大空襲」の調査しました。
これを調べると、「戦争」というものの本質が、よくわかるからです。
その時期に、「東京大空襲・戦災資料センター」にも行ってきました。
場所は、都内の江東区です。
資料が充実していて、素晴らしかったです。
そこで、細かい地図を見たら、いろいろと意味深な場所も、ほとんど無傷だったことを知りました。
その中でも、「巣鴨プリズン」があった土地も、無傷だったことを知り、この日に、そこにも行ってきました。
場所は、池袋の「サンシャイン60」の隣です。
サンシャイン60です。
このビルの隣にある「東池袋中央公園」が、戦後、A級やBC級戦犯などが処刑された場所だそうです。
ちなみに、A級戦犯7名、BC級戦犯53名、合計60名が、ここで処刑されたため、「サンシャイン60」の「60」という数字は、この人数だともいわれています。
これは、初めて知りました。
その慰霊碑です。
この場所は、戦犯たちの処刑台があった場所だそうです。
ここからすぐの場所に、気になる所がありました。
ひっそりと静まりかえっていました。
直角に曲がっている道があるのが、わかりますか?
ここが、絞首刑の場所だったと思います。
その先には、ホースがありました。
おそらく、「縛り首の場所だった」という意味だと思います。
園内には、噴水もあります。
この裏が気になって、行ってみました。
緑色のペンキで塗られた絵が、石に描かれていました。
絵に気が付き、背筋が、ゾーッとして悪寒が走りました!
なんと、「ニコニコマーク」の絵が描かれていたのです!
アメリカでは、「スマイリーフェイス(Smiley face)」と呼ばれています。
一般には、黄色い円形で、笑顔の描かれたキャラクターグッズ用キャラクターです。
日本では、「ニコちゃんマーク」、「ニコニコマーク」、「スマイルマーク」などとも呼ばれていますね。
あとから調べてみると、この公園そのものが、「ニコニコマーク」の地上絵になっていました。
アメリカのテレビドラマシリーズ、「メンタリスト」で、「レッドジョン」という殺人犯が、このマークを使って、メッセージを送っていましたね。
島原半島で見た、「ニコニコマーク」は、ここに繋がっていたのです。
つまり、「ニコニコマーク」というのは、戦争を起こす神様、「破壊の神」のグループの中では、「処刑」の意味だということです。
気が付きましたか?
そうです。
今年の3月31日(水)に、東京の空に浮かんでいましたね。
テレビで見た方も多いと思います。
表向きの理由では、
「新型コロナウイルスの影響で、うつむきがちになる状況も多い中、空を見上げることで気分をリフレッシュし、少しでも明るい気分になってもらえたらという想いを込めて、曲技飛行パイロットが、東京の空にスモークで、ニコニコマーク」を描きました」
こう報道されていました。
しかし、真意は違います。
つまり、
「日本における、闇の側の人々の大量逮捕が、ひと段落して、特に東京においては、ある程度の処刑が終わった」
この意味だったのだと思います。
わかる人だけにわかるに、秘密のメッセージを、テレビで流していたのだと思います。
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ペンダントの体験談集
新しい読者の方も、たくさん増えたので、また紹介させていただきます。
「不思議なペンダント・アセンション」の話題です。
このペンダントの体験談が、たくさん届いているのですが、その中から、掲載許可をいただいたものを、シェアさせていただきます。
これは紹介して、もうすぐ、14年になりますが、ずーっと静かなロングセラーを続けています。
このペンダントに惚れ込んで、
「このペンダントを、ぜひ、世界中に広げましょう!」
と言って、仲間たちとチームを組んで、いろいろと活動してきました。
たくさんの人に感動してもらって、とっても嬉しいです。
全部手作りなので、大量販売できないのですが、できれば世界中の人に首から下げてもらいたいくらいです。
何も感じない人もいますが、エネルギーは確実に魂レベルに流れています。
感じる人は、首から下げた瞬間に、感動して泣きだすくらいです。
これくらいの完成度のヒーリンググッズは、これだけです。
今まで、いろいろな人に、試してもらいましたが、やはり、スピリチュアルに関心のある人は、8~9割の人が、何かを感じるみたいです。
スピリチュアルに関心のない人でも、3~4割の人が、何かを感じるみたいです。
どうして、この割合なのかは、わかりません。
あと、やはり、男性よりも、女性が感じやすいみたいですね。
以下が、約14年間の体験談の一部です。
皆さんの感動を、シェアします。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
○Oさん(東京都・男性)の体験談
おくればせながら「アセンション」のお礼と感想を送らせていただきます。まず、届いてすぐに胸からさげて感じたことは、とてつもない優しさと、とんでもない強さのエネルギーでした。この二つあれば正に最強じゃあないですか?! 即効的に感じたのは視界が明るくなったこと、と嗅覚が異様に鋭くなったこと。これだけでも相当にすごいのですが、まだ先がありました。自分はタバコも酒もやるほうなのですが、この二つがてんで受け付けなくなってしまったのです!! これには驚きでした。身体のほうが完全に拒否しているのがわかるのです。タバコを吸うと今まで吸ってきたのが嘘みたいにマズイし、お酒も本当にチビチビやって一、二杯で十分、なのです。いやーーーーーー、驚きですよ。素直になるっていうのは本当ですね。自分に無理を強いることが全くできないのです。で、またその自然体でいる自分がなんとも、気持ちよくて好きになるのです。最強の格闘家、究極の武道家、の行き着くところが、自分が争いをする場面に遭遇しなくなる、相手の闘志がなくなってしまう、という境地にある…何故か、そういう言葉を思い出してしまいました。トーマさん、本当にありがとうございます。アセンションライフを楽しませていただきますね。自分の周りの人にも試してもらいましたが、感じる人は凄くエネルギーを感じますね。感じない人は、ほんとに感じないし、疲れが溜まっているのに気張って過ごしていた人は、その場で急に、すっごく眠くなってきたそうです。ほんとに、ほんとに、素晴らしいですね。また何か面白いことがあったら連絡しますね!
○Kさん(女性・沖縄県)の体験談
ペンダント届きましたよ。こんなに早くありがとうございます。アセンションすぐにつけてみました。しばらくすると、手足にびりびりした感覚がありました。今でもずっと身に付けています。ここしばらく風邪の症状があって気分良くないこともあったんですが、以前より風邪の症状が気にならなくなっています。この夏休みは、快適に過ごせそうです。作って頂いた方や、宇宙の協力してくれている方にも感謝ですね。では、トーマさん、これからもお仕事頑張って下さいね。
○Nさん(女性・東京都)の体験談
こんにちわ。先週ペンダントが我が家に届きました。早速の手配をありがとうございました。先月、私はフラダンスをやっている縁で有楽町に「ハワイの心…」だったかなあ?お話を聞きに行ってきたのですが、そのときにたまたま前に座っていた方がアセンションをされていました。帰りに声をかけたら、トーマさんのお友達とのことでした。去年キネシオロジーをうけられたそうです。 なんだか嬉しかったです♪ 1つアセンションをさげていて面白いなあと思ったのが、私は以前アトピーや花粉症だったのですが(今は体質改善して大丈夫なんですが)お酒を飲むと節々が赤くなっちゃってアトピーを思い出させてもらうのですが(笑)アセンションをして飲んだらそれがでませんでした!!初めてのことでびっくりしました。四年生の長女がとても欲しがっています…♪ それで私の母が欲しいとのことなので、もう1つお願いします。ありがとうございました。。。
○Hさん(女性・埼玉県)の体験談
ペンダントの感想ですが・・・ デパートなどで買い物するときは、いつも疲れてしまって1時間ごとくらいにお茶をしていたのに、アセンションをつけてからは、気づいたら2、3時間平気で歩き回っていました。本当にびっくりです。人の多い休日のショッピングセンターやデパートは苦手で、覚悟して出掛けていたんですが、これからは臆することなく、買い物をおもいっきり楽しめそうです!ありがとうございました!
○Iさん(女性・静岡県)の体験談
トーマさんこんばんは。アセンションが届きました!ありがとうございます!! 毎日首を長くしてとても楽しみに待っていたのですが、予定で教えていただいてあった日よりも早くお送りいただけて、また、「そろそろアセンションが届くかもしれないから、トーマさんがオススメしていためがねふきを買わなくちゃ!」とめがねふきを探しに行ったけど見つからなくて、そしたら、めがねふきも磨きクリームもつけてくださってあって、 そういったお心遣いがとてもうれしかったですっ ありがとうございます!! わたしは、波動の高いお水や神社のお守りとかを持つと、何か全身をゾクゾクゾクゾクーーッと走るものがあるのですが、玄関でこのアセンションの封筒を見つけ、駆け寄ってちょっと手をかけたとたん 、ウオオオッ ビビビビーーッときましたっ。 封筒をちょっと触っただけなのにっ!!(>∇<)そのままビビビビくる封筒を持って、部屋に置いて、離れてても、ビビビビきてましたっ トーマさんが、つけてみる前に磨いてねって書いてあったのにすっかり忘れて それからすぐにつけてたのですが、つけたときはビビビビ特にこなかったのですが、意識がふわーっと広がった?気が。つけててそんなにビビビビないのですが、あと気がついたら、夜寝るときにアセンションのあたりを中心に からだがほわっとあったかいような感じが。それから、着け始めた翌朝、いつも駅まで自転車で信号もスムーズに全力でこいで最短16分の道が、その日、信号で止まったり、そんなに全速力ではなかったのに、13分で着いてたのが、アセンションのミラクルかっとオドロキましたっ笑 あと、ストレッチをやるようになって基礎代謝が1119kcalに上がったのが最高値だったのに、今ストレッチもサボっていて何にもしてないのに、昨日1121kcal!!という 最高値を更新していて、あーっこれが基礎代謝が上がるっていう効果なのねっ!!と思いましたっ それから、体脂肪が25%台に落ちていて、どっちも見たことのない数字を更新中ですっ(>∇<)スゴイっ! また、体重が50.2kgになっていて、もうずっと太ってしまって40kg台だったのが53kgまで増えて なっかなか減らなくて困っていたのが、オオ!!40kg台にもうすぐ戻れそうじゃあないですか!!!(>∇<)会社につけていったら、お気に入りの人が1日横に座ってる時間がなんだかいつもより長かったなーとかそんなことですが、そういう、なんだかほんわかなものたちはアセンションがもたらしてくれてるものなのかなー(゜∇゜) また何か発見したら、ご報告します!
○Uさん(男性・東京都)の体験談
どうも、こんばんは! 先程、仕事から帰りましたら、ペンダントが届いていました。ポストから封筒を手にとった瞬間から、ビリビリと電気のような感覚(これがプラーナというんでしょうか?)が手に伝わってきて驚きました。そして、すぐには開けずにテーブルの上において着替えや洗濯やらと雑用をしていたんですが、もう部屋中に気が溢れているみたいで、ペンダントに触ってないのにビリビリきていました。(?_?) 凄いですね。このペンダント。先日、セミナーのお昼の時に、お借りして身につけた時と同じ感覚が、全身に感じました。さっそく明日から身につけて行こうと思います。2ヵ月前、初めてトーマさんのセッションを受けて、心身ともに体調がよくなり、それがきっかけでキネシオロジーと出会い、また、この不思議な世界の探求者にもなったんですが、今でも、信じられないぐらいに、日々、いろんな変化が起こっています。つい2ヵ月以上前までは気とかエネルギーとか「そんなん、嘘とちゃうん?」と疑っていたことが、それこそ「嘘」のように感じられる毎日です。これからはポジティブに、ワクワクして、この自分が体験した事を元にして、何か人のお役に立てるような事が出来たらいいなと思っています。
○Mさん(女性・東京都)の体験談
おはようございます!昨日、お品物が届きました。昨日は仕事が忙しくバタバタしておりました。ネックレスを掛けて、必死に仕事をして気が付くと、手足がホカホカです。私は冷え性で、しかも昨日はエアコンをガンガンに入れている場所にいたので、手足が冷えてしょうがないのが普通です。それなのに、手足がホカホカです。そして、ネックレスを掛けて寝ました。朝起きましたが、同じく手足はホカホカしています。まず感じた第1の効果です!これからの効果が楽しみです^-^本当にありがとうございます!発明家の方にも、大事にします!ありがとうございました!とお伝えくださいませ。それでは、よい1日を!
○Dさん(女性・群馬県)の体験談
昨日届きました。早々に送っていただきありがとうございました☆まだ少し先だと思っていたので・・ つけてみた感想・・ なんだろう?? いや~~、なんなんですか~~~~これは~~の一言でしょうか(笑) エネルギー活性しまくり??? 本当に一体このペンダントの何がどうなっているのでしょう?? 昨日は一日暑い中を走り回っていたのでかなり体が熱を持っていたのもありますが、冷房の利いた中にいても芯から心地よくポカポカ、疲れているはず?のところへ調子に乗って夜も遅くまで遊んでしまったので、今日は脱水症状気味でダルダルでもおかしくないハズ???が、疲れもなく楽ちん~~で一日仕事をこなせました!! いや~~もう怖いものナシですよぉ~~(爆) 考えただけで愉快です。それから昨日は、自分の中でひっかかってる事柄の浄化日だったのか、それに関連することに総ざらいで、一日これでもかと直面しなくてはならなかったのですが、ややネガな複雑な心境で仕事から帰り、ポストを見ると、ペンダントが!! このタイミングのよさに、本当に驚きました。すべて、なるべくしてなっていたのだ・・と思いました。素晴しい計らいです。それを仲介してくださるトーマさんに改めて感謝感謝です(*^^*) 神妙から一転、嬉しくて嬉しくて、なんだかずーっと心の底から笑いがこみ上げてくるような感じでした。昨日はドタバタしていたので、今度ゆっくりペンダントをして瞑想してみたいです。その他色々楽しんでみます。ありがとうございましたm(__)m 健康=体が軽いって、どれほど大事なことか。そして、体が軽いと、どれほど心も軽くなるか改めて実感できますね♪ 面白いくらい、いろいろがトーマさんおっしゃるとおりで(私は暗示にかかるタイプじゃないですから~)これからの時代にピッタリですね!!
○Nさん(男性・神奈川県)の体験談
アセンションについてお知らせいたします。先日同僚の送別会で、5,6人にアセンションを試しにつけてもらいました。はっきりとアセンションのエネルギーを感じ取れたのは、一人だけでした。すでにご存知かもしれませんが、アセンションは、光るそうです。近くでアセンションを見てた同僚の一人が、その光を見て驚いていました。何とも不思議なアクセサリーです。私が感じるところでは、説明書に記載されていたとおり、少ない睡眠時間でも疲れがとれています。また、ネガティブな考えがあまり、出てこなくなりました。(出てきてもあまり苦じゃありません。)これからも、いろいろな人に身に付けてもらってみます。以上、よろしくお願いいたします。
○Iさん(女性・東京都)の体験談
まず最初に封筒からペンダントを出して手を触れた後、急に汗が出てきました。さっそく首にかけてみると、途端に足の裏が床にぴたーっと密着したような感覚があり「???」そして部屋を見渡してみると、「視力とは別に」ものが良く見えるようになった感じがしました。何と言うか、、、この物理次元の現実が、よりはっきりリアル感じられるようになったような、私は今まで半分寝ぼけていたのでしょうか?(笑) 何か、この現実世界から見えない薄い膜が1枚剥がされたような、もしくは、感覚によって現実を把握する脳の働きからノイズが除去されたような感じでした。アセンションすると、かえって、よりグラウンディングしたような感じがする、ということなのでしょうね! 着用を続けて、また何か気づいたことや体験があったら、ご報告いたしますね。ありがとうございました。
○Mさん(女性・東京都)の体験談
トーマさん、こんにちは。ペンダント、今日届きました。ありがとうございます。こんなに早く身につけられるなんて、感激です!首からさげてすぐ幸せ気分が全開で、鏡で見る自分のイキイキとした表情に癒され、元気がもらえます。母と妹にも、早く効果を実感してもらいたいです。発明をされた方、紹介をしてくださった方に感謝です。素敵なペンダントを紹介してくださって、ありがとうございます。ペンダントの効果は人によって違うのでしょうけど、自分の家族や大切に思っている人など、身近な人にも知らないうちに良い影響を与えているのではと、感じます。ペンダントが自宅に届いた今日、購入したのを全く知らない彼が、会社帰りの電車の中から何度も御機嫌なメールを送ってきたり(いつもは無いです)、毎日のようにグチ電話をかけてきていた母が連絡をしてこなかったりと、自分が変化することによって良いエネルギーが距離を越え、伝わり広がっているようです。パニック障害の症状も、キネシオロジーの治療&ペンダントの効果で軽減しているように思います。時間とともに、どのような症状の変化が現れるのか楽しみです。このペンダントが購入希望者の皆さんの手もとに届き、たくさんの場所に広がることによって、そう遠くない日、世の中に大きな変化が起こるのでしょうね。1人のひとが変わることによって、その周りの10人、100人、1000人の人たちが変わっていくのですから。なにかまた、気になる変化があったら報告させてください。では!
○Tさん(男性・岡山県)の体験談
ペンダント届きました!ありがとうございました。^^ 感想は、、、、初日は、眠くて、車を運転して催眠状態になり危なかったです。笑 それから第七チャクラが時々うずきました。夜は枕の下に入れて寝たのですが、体が熱くてしょうがなかったです。テンションが上がりすぎたのか、なかなか眠れませんでした。今日は二日目なのですが、睡眠不足なのに、いたって元気! 疲れ知らずなのです!これだ~トーマさんが言われていたのは、と思いました。私睡眠不足だと本当に、最悪と言って良いほど人と喋るのも億劫だし、何もする気が起きないんです。スゴイです、考えもポジティブだし、エネルギーに満ちあふれています。確かに、こんなに効果が顕著に表れるパワーグッツはなかったかも。これから使っていくのがとても楽しみです。素晴らしい商品をありがとうございました!^^
○Hさん(男性・兵庫県)の体験談
こんばんは。本日(日付が変わったので正確には昨日です)アセンションが届きました。 さっそく取り出して、手に取ってみたら体中にゾクゾクした感じがあって全身が震えだしそうでした。それに体温も少し上昇したように感じました。なんだかよく分からないですけどすごいです! また何か起きたり感じたりしたら連絡します。取り急ぎお礼のメールです。今回はどうもありがとうございました。今後もよろしくお願いします。
○Yさん(男性・東京都)の体験談
こんにちは。アセンションが届きました。思っていたより大きく、重さがありました。存在感あるな、といった感じです。さっそく身につけると…あれ、あまり変化が無いかな?もっと、炭酸の泡の様な、エネルギーの動く感覚があるかなと思っていたのですが…。少しじっとしていると、だんだん体が暖かくなってきました。そして、最近よろしくなかった肩こりが、溶けるように和らいでいきました。これにはビックリ!さすがアセンション。今のところ、はっきりと感じることは、体が軽くなる、体がじんわりと暖かくなるです。血行がスムーズになり、代謝が良くなるみたいです。冷え性の自分にはありがたい効果。体が軽くなるのも良いです。心が自然と晴れやかになります(笑)。あと、寝覚めも良くなりました。今までは起きた時に、なんか中身がずれてるなぁ、という事が良くあったのですが、スッキリ目が覚めるようになりました。やっぱり一日の始まりは爽やかに行きたいですね。予想外にも、パソコンにも効果がありました。このところ調子が悪く、ファンが動くと、ひどい雑音が入ったのですが、それが、すっかり良くなりました。そろそろ危ないかなと思っていたので、これには驚きました。アセンションの効果に境界無しですね。たった一つのペンダントでこれだけの効果があるのは凄いですね。まだまだ3日目、これからどんな変化があるか楽しみです。発明した方、紹介して、届けてくださったトーマさんに感謝です。ありがとうございます。
○Iさん(女性・東京都)の体験談
トーマさん、いきなり暑くなりました。これからやっと夏ですね。と思ったら台風で吹く風もそこはかとなく秋のかおりがします。アセンションいただきました。ありがとうございました。お作りくださった人にも宜しくお伝えください。ヒーリングを終えて帰宅したら届いていました。なんだか嬉しくてね。早速首にかけてみましたところ「ぐぁん!」と体中が揺れた感じでした。んん、んっ? 暫らくは心臓が物凄い速さで鼓動を打ったのでおそらく悪い概念が固まっていたのかもしれません。あとは、クライアントさんからいただいてきたエネルギーが強くて真っ黒な煙が出て行くのが分かりました。本日は快調に跳ばしています。そうそう微量ですが・・・1,000円ほどお財布の中の金額が増えました。嬉しいですよ(*^^)v家計簿が買い物に行く前と行った後ででの差額ですから。もちろん領収書は全てあっています。だって、合わせてからでかけたんだもん! 取り急ぎ御礼と報告まで。
○Oさん(女性・東京都)の体験談
ペンダントの件ですが、ハンズで磨き剤見つけました。よかったです。ちょうど、友人に会えたのでペンダントを見てもらったら興味津々でした。友人にあうまであちこち歩き、ちょっと疲れていたのですが、そのうち身体がポカポカしてきて、すっきり元気になりました。いつもならヘロヘロで帰るのですが、今だに元気です。うれしいです。o(^-^)o しかし、ペンダントの汚れはすごいんですね。あんなに布が真っ黒になるなんて… 今までそのエネルギーをそのまま受けていたと思うとぞっとします。トーマさんに磨いて頂いて、セッションが終わってからペンダントをつけたときの、あのぴりぴり感、鳥肌はホントにプラスのエネルギーが入って行く感じでワクワクしました。ただ、ペンダントが来る少し前から、私の周りの状況がうまく回っていない感じを受けていて、これはこれから何かいいことの前触れだなと思っていたら、ペンダントがきたので、思わずこれだ!と確信しました。今は身体の浄化にきているようで、目やにや喉の痛み、刺されていないのに、所々蚊に刺されたようになってます。これからもペンダントのサポートを受けながら、今、ここに生きていきたいと思います。また変化が出てきましたら、メールします。ありがとうございます。
○Sさん(女性・群馬県)の体験談
トーマさま、梅雨もあけ、急に暑くなってきましたがお元気でお過ごしですか? お蔭様で、一昨日アセンションが無事届きました。この度は大変お世話になり、ありがとうございました。8月下旬か、場合によっては9月過ぎになるかもと考えていたので嬉しさも倍増でした。^^ なるべく直に触れないほうがいいとのことでしたが、手に持ってみたところ、手がジンジンしてきて体が温かくなり、その後猛烈に眠くなったので、お昼寝ならぬ夕寝?をしてしまいました。(笑) 10歳の息子は、ジンジンピリピリするとのことですぐ離してしまいました。不思議です。子どもの方が感度がいいのでしょうか? アセンション、大切にします。ご縁をいただいたトーマさん、また発明・製作下さった方に感謝申し上げます。ありがとうございました。アセンション、教えて頂いたとおりに一日に最低一回は磨いていますよ。心を込めて大事にふきふきしています。^^(ピカールという製品を使っています)これからどんなことが起きるのか、進んでいくのかとても楽しみです。でも、何も起きなくてもいいかな。このペンダントを着けてるだけで、何故か幸せな気分でいられるので。(笑)あっ、でも脳腫瘍の後遺症の視覚のハンディは良くなったらありがたいです。今度息子にも着けさせてみようかと思っています。何か変化があったら、またメールしますね。ではでは、この辺で失礼いたします。トーマさんの益々のご活躍をお祈りしております。
○Hさん(男性・静岡県)の体験談
まず、つけてみて感じたのが味覚が増したのか口の中が金属の味がしました。一番の効果が、気力が20歳くらいに若返った事です。20歳の学生の頃は平日は大学に行き、土日はバイトをしていたので休んでなく更に、スポーツもやっていました。現在は、平日は会社に勤め、土日はバイトをしています。それくらい働ける様に気力が充実しています。次に、装着している時に感じるのが、よいイメージばかり浮かぶという事です。よいイメージばかり浮かぶという事はスポーツ等でイメージトレーニングをする時にも効果大だと思いますし、普段の生活でも潜在意識にプラスイメージを植え付ける事によって、行動がポジティブに変わってきました。とても面白いペンダントです。ありがとうございました。
○Bさん(男性・東京都)の体験談
以下感想です。まず到着した時に首からかけてみたところ心臓の鼓動が異常に早くなりびっくりしました。このまま次元上昇してしまうのかと。(笑)あと、お盆に乳癌のリハビリ中の母にペンダントを手に持たせたところ持った方の肩があったかくなっているといいました。さらに、首からさげてもらうと額の真中が痛い!びりびりする!といいました。それはプラーナ(宇宙エネルギー)が急激に入ってきてオーラやチャクラの修復をしているんだよ。と説明しました。こちらの世界を知らない人なのでなんのことやらでしたが。まあ、その後いい調子みたいです。
○Aさん(女性・徳島県)の体験談
アセンション有難うございました。アセンションを身に付け始めて20日程になります。最初は何の変化も見られず期待外れと思っていたのですが、ここ1週間急に変化が現れ始めて驚いています。まず、自分の身体の変化では疲れなくなったこと(夜勤をして一晩中寝ずに仕事をしても眠くも何ともありません)。不眠症で悩んで薬を飲んでいた私が毎晩熟睡できること。それから、心の病気になっている娘の担当医に今日話を聞く機会があったのですが、先生がおっしゃるには「先月に会った時とは全く別人みたいに明るくなっています。自分の病気のこともよく分かって行動できるようになったみたいです。お母さん、娘さんはもう心配いりませんよ」と話されました。目の前が急に明るくなったように感じられました。それから不思議なのですが、先日職場でのことなんですが、ツバメの巣から雛が熱いセメントの上に落ちていてピクリともしなかったので、同僚が土に埋めてあげましょうと言い土に埋めようとしました。私はこんな暑い時にこんな熱いとこに落ちてしまって可哀想にと思って、手に冷たい水を取り身体にかけてあげたのです。すると、ピクリと動き始め何回か水をかけてやるとすっかり元気になってしまったのです。今、その雛は巣に戻してやり元気に成長しています。これは偶然なのでしょうか。それからまだあります。先日、私は仕事でミスをしてあちこちに連絡して訂正できないかと手をつくしたのですが無理だということが分かって落胆していたところ、思いがけなくしたこともないようなもうひとつのミスを犯していて、そのミスのおかげで正しい答えになっていたのです。ミス(ー)+ミス(-)=(+)といったところでしょうか。今だに不思議でたまりません。
○Yさん(女性・海外)の体験談
一ヶ月の日本一時帰国を終え、昨日の夜遅くに、無事ベネズエラに着きました。また、ここでの、ゆっくり時の流れる(危なくてあまり外にでれないので、一日が長くゆっくりと過ごせます)生活が始まります。セミナーではお世話になりました。たった一ヶ月の一時帰国の間に、このようなセミナーに参加することができて、すごく幸せです。ペンダントも、さっそくグラノールを買ってきて、せっせと磨いてます。初めて磨いた時は、あまりの黒さに驚きました。悪い波動などを吸収してくれて汚れてしまうのでしょうか?磨いた後の、ぴかぴかになったアセンションをつけたときの気持ちはなんともいえません。本当に貴重なものを短時間で手に入れることができて、ありがとうございました。
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なんか、皆さんの感動が伝わってきて、こちらまで、ワクワクしてきますねー。
感想メールを送っていただいた方、ありがとうございました。
多すぎて全部は、掲載できませんでした。
また、いつか、何かの時に、体験談をシェアする機会も、つくりたいと思っています。
☆なんの変哲もない普通のペンダントに見えますが、凄まじいヒーリングパワーを放っています。
敏感な方は、写真からもエネルギーを感じるみたいです。
大切な人への誕生日などのプレゼント用に、購入する方も多いそうですね。
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