精神世界の鉄人

UFOやチャネリング、霊、輪廻、超古代文明などの不思議な話題から、ビジネス、経済、政治、歴史、文化などの社会問題、そして、恋愛や結婚、ダイエット、旅などの現実的な話題まで、幅広く、日々感じたことを、書き綴ってみますね。

関西ピースツアー 6 非核平和宣言

大阪府枚方市にも、調査に行きました。

実は、今回の旅では、この街がメインだったのです。

 

この街には、先月2回訪れたのですが、両日とも天気が良かったです。

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街中にある、小松製作所です。

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近くには、関西外大もあります。

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「瀬戸内ピースツアー」と「九州ピースツアー」でも書いたので、詳細は省きますが、日本という国家は、実は、一つではないのです。

「神武派」と「天照派」という二つの国家から、構成されているのです。

だから、南北朝時代には、それぞれ、二人の天皇がいたのです。

「日本」は、「二本」なのです。

二本立てで、できているのです。

 

源氏と平家、関ヶ原の合戦、幕末、太平洋戦争など、日本は、定期的に、国を二分して、内戦をやるのです。

太平洋戦争においては、それが、

「陸軍」 VS 「海軍」

だったのです。

 

そして、原爆なども、アメリカ軍は、ただ単に使われただけだったのです。

「アメリカ」は、ダミーなのです。

実際の本質は、日本人同士の戦いだったのです。

その証拠に、東京裁判においても、処刑されたのは、ほとんどが、「陸軍」ばかりで、「海軍」は、ほとんど処刑されていません。

こういう結果を、冷静で客観的に見ることによって、真実が見えてくるのです。

太平洋戦争は、「海軍」が、「連合国軍」を使って、「陸軍」を処刑することが、目的の内戦だったのです。

 

そして原爆も、少なくとも5~10回、日本国内で使われたようです。

驚くことに、最初の爆破が、この大阪府枚方市みたいです。

こんな街中で、そういう出来事があったことを、つい最近知りました。

ちなみに、ウィキペディアでの一般向けの説明では、こういうなっています。

 

禁野火薬庫とは、現在の大阪府枚方市禁野本町にあった、日本陸軍の火薬庫の通称である。
大村益次郎が構想、1896年10月に完成し、綿火薬庫、弾薬庫等の建物が、20数棟建てられた。

1933年には、43ヘクタールの規模となる。

1938年、禁野火薬庫に隣接して、陸軍造兵廠大阪工廠枚方製造所が開設、砲弾・火薬製造の一大拠点となる。

2度の爆発事故により、1940年には、新しく開設した大阪陸軍兵器補給廠祝園支処へ一部の施設が移転された。
1956年跡地には、中宮団地が造成された。

現在は記念碑として、火薬庫を囲んでいた延焼防止用の土塁が残されている。

軍用鉄道跡は、枚方市の愛称道路「中宮平和ロード」と名付けられ、軍用電柱や陸軍用地の石柱が保存されている。

枚方市立中央図書館1階平和資料室に、禁野火薬庫の詳しい展示がある。

 

大規模爆発(1回目)
1909年8月20日午前2時過ぎ、ダイナマイトの自然発火による爆発事故が発生した。
被害は家屋の破壊と軽傷者で済んだ。
負傷 10人
家屋の全半壊 約1495戸

 
大規模爆発(2回目)
1939年3月1日14時45分、禁野火薬庫の第15号倉庫で砲弾解体中に不意に発火し、てん薬弾に引火し、大爆発が起こった。

その爆発音は京阪一帯に響きわたり、19時までに計29回の爆発を起こし、爆発による火災は3月3日の正午まで続いた。

弾丸の破片は半径2キロにわたって飛散し、禁野・中宮など近隣の集落に延焼した。

これにより殿山第一小学校は焼失、 又、爆発の起こった3月1日は、1989年に枚方平和の日に制定された。
死亡 94人
負傷 602人
家屋の全半壊 821戸
被災世帯 4425世帯
京阪電気鉄道京阪本線も、降り注いだ砲弾破片などで送電線・電車線・電気供給施設が破損して運転不能となる。

3月4日午後8時に運転再開するも、光善寺駅から牧野駅までの駅の再開は、同月6日までずれ込んだ。

 

ここに、爆弾や兵器の工場があったのです。

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当時の爆発現場の様子です。

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爆風で崩れた禁野火薬倉庫だそうです。

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爆発後の薬莢の整理をしている写真みたいです。

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非難する人々です。

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いろいろ調べると、この爆発は実際には、ただの事故ではなくて、原爆などの新型爆弾が、爆発していたようです。

 

私が、独自に調査した結果、実際の年表は、こうなるようです。

 

〇ニコラ・テスラが、1898年に人工地震の実験に成功した。

1890年代に行なわれた実験では、 ニューヨークを壊滅させかけた。 

〇1909年8月20日、大阪府枚方市で、日本で最初の新型爆弾の爆破実験が行われた。

〇長崎県佐世保市の針尾送信所が、世界初の「 地震兵器HAARP」の施設であり、1922年に完成している。

〇翌年の1923年(大正12年)9月1日11時に、関東大震災が起こっている。

〇1939年3月1日14時、大阪府枚方市で、日本で2回目の新型爆弾の爆破実験が行われた。

〇1944年12月、東海地方を、マグニチュード7.9の巨大地震が襲った。

これも、人工地震だったみたいです。

死者1200人以上に達した大震災で、被害が集中したのが、軍用機工場だった。

建物の倒壊により、工場で働いていた10代の少年少女が命を落とした。

〇1945年(昭和20年)8月6日午前7時40分頃、日本製の新型爆弾が、広島市の地上で起爆された。

〇1945年(昭和20年)8月9日午前11時頃、同じく日本製の新型爆弾が、長崎市の地上で起爆された。

 

どうですか?

裏の歴史は表とは、だいぶ違うのではないですか?

最近では、戦後70年以上経ってから、真実の情報が、どんどん出てきています。

たとえば、

「戦前に、日本海軍とアメリカ軍が共同で、硫黄島で核実験をやっていた」

という当時の海軍将校の証言も出てきています。

また、

「私は、8月6日の午前7時40分頃、広島上空を偵察機で飛んでいたが、すでに広島市は、真っ白な光に包まれて燃えていた。B29など、どこにも飛んでいなかった」

という証言も出てきています。

 

表向きは、「爆発事故」だと言われている、この枚方市の事件が、どうやら、日本初の原爆実験だった可能性もあるのです。

私は、最近では、この「核」も、一般的に知られているような爆弾ではなく、まだ未知のエネルギー、いわゆる、「フリーエネルギー」を使ったような兵器ではないかと、考えています。

いずれにしろ、直接、爆心地で亡くなった方たちは、いわゆる、死人に口なしで、正確な目撃証言など、皆無なのです。

そして、最近では、石灰岩や海水や鉄など、安価でシンプルな材料を組み合わせるだけで、超高熱の爆発を起こせることも、わかっているようです。

 

枚方市では、私を含めて、5人での調査になりました。

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この近くには、戦争当時の建物の焼け跡など、貴重なものが展示してありました。

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ここにもありました。

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図書館の資料室も、資料が充実していました。

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枚方市には、こういう看板が、たくさんあります。

「非核平和宣言都市」と書かれていますね。

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隣の八幡市にもあります。

こちらも、似たような表現で、「非核平和都市宣言」と書かれています。

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わかりましたか?

そうです。

「平和」を願うだけならば、単純に、「平和宣言都市」や「平和都市宣言」でいいのです。

わざわざ、「非核平和宣言都市」や「非核平和都市宣言」などという看板を、あちらこちらに掲げているということは、ここが、

「核爆発や核実験のあった街だから」

ということです。

こういう状況証拠から、裏の歴史を推察するのです。

 

 中宮西之町にある、「引込み線跡の平和ロード」です。

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香里ケ丘8丁目にある、「妙見山配水場の煙突」です。

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記念撮影しました。

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ここの前に、石碑が建っていました。

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ここが、爆発したと言われている場所です。

爆発を想定して、最初から、土塁が積まれていたようです。

現在は、普通の団地になっています。

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場所は、上野2丁目です。

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トンネルの跡が、あちらこちらに残っています。

運搬用だったのかな?

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 ここが、爆発の中心だと思われる所です。

「枚方製作所の土塁」です。

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記念撮影です。

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案内板がありました。

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枚方市をまわって、一番感じたのは、静けさでした。

80年くらい前に、酷い爆発があったことなど嘘のように、平和で静かな住宅街になっていました。

 

 

オマケの話題です。

 

今回の旅では、京都府京田辺市にも行ったのですが、ここでは、「酬恩庵 一休寺」というお寺にも、立ち寄りました。

 

ここは、有名な「一休さん」の住んでいた寺だそうです。

深い緑に包まれて、落ち着いた空間でした。

ここで、一休さんが暮らしていたのですね。

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綺麗な庭です。

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一休さんの像です。

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なんと、自分の髪や髭を、この像に植えてあるそうです。

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記念撮影しました。

有名なトラの話を思い出しました。

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本堂です。

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この後、皆で集まっての記念撮影もやりました。

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一休さんは、「後小松天皇」の落胤、つまり、父親に認知されない庶子、私生児だったと言われていますね。

「後小松天皇像」は、なんと、記念すべき、第100代天皇だったようですね。

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子供の頃、アニメでやっていましたね。

大好きでした。

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昔、一休さんのモデルである、一休宗純というお坊さんの生涯を描いた、ドラマもやっていましたね。

 
うろ覚えなのですが、その時に、一休さん(一休宗純)が、応仁の乱の後の京都を歩いていた時に、町全体が荒廃して、草花がほとんどない道を歩いていたときに、道端に咲いていた一輪の花に目が留まり、涙を流して感動したそうです。
「こんな最悪な状況でも、花は咲いている…」
おそらく、その花から、未来への希望などを感じ取ったのだろうと思います。

あまり知られていないようですが、一説によると、一休さんは、荒廃した時の京都の町で、いわゆるサロンみたいな場所をつくったそうです。

いろいろな人を集めて、そこで自由に楽しく、おしゃべりする空間をつくったということです。
その時に、現代の日本でも人気のある、「茶道」、「禅」、「能」などの文化の下地が生まれたそうです。
それまでにもあったと思いますが、これらの文化がその時期に、ボンヤリと形になってきたのだと思います。

特に有名なのは、茶室を考案した茶道の祖、村田珠光という人物が、一休さんの禅弟子だったそうです。
座禅の時の眠気防止に、一休さんから茶を薦められたのが、茶との出合いだったそうですが、座禅を繰り返すうちに、「茶禅一味」の悟りに達したそうです。

彼が始めた、「侘び茶」は、従来の派手で形式中心の「大名茶」とは、全く異なるものだったそうです。

小さな四帖半の茶室の中では、人に身分など関係なく、そこにあるのは、亭主のもてなしの心だけです。
この心が、「仏」だと考えたそうです。

 

一休さんから学んだ、「仏は心の中にある」という教えを、珠光は、仏の教えをお経を通してではなく、日常生活(茶の湯)を通して、具現化したのだそうです。
この思想は、武野紹鴎を経て、千利休へと受け継がれていったと言われています。

私は、「茶道」は、やったことがないので、詳しいことは知りませんが、茶室に置く花のほとんどは、「一輪挿し」だそうですね。
これは、前述したように、一休さんが、応仁の乱の後に、京都で見た一輪の花が元になっていると思います。

 
一休さんは、前述したように、当時の天皇の隠し子だったとも言われています。
「庶民でもなければ、天皇家の人間でもない」
という中途半端な立場だったそうです。
だから、周囲も困って、お寺に小坊主として、あずけられたのだと思います。

そういえば、アニメの中でも、一休さんは、お母さんのことを、「母上様…」と呼んでいましたね。
とても高貴な身分だったから、そう呼んでいたのですね。
将軍である足利義光とも、子供のくせに対等な口をきけたのも、天皇の子供だったからだとわかったら納得ですね。

 
前述のドラマの中でも、面白い逸話が紹介されていました。


一休さんさんは若い頃に、悟りを開こうとして苦悶していたようですが、ある日、とうとう、それに疲れ果てて、

「もう悟りなんか開かなくても、いいや!  開いても、開かなくても、どっちでもいい。中途半端なままでいいんだ。中途半端なこの状態で一休みしよう」

こう悟って、そのことを師匠のような人に言ったら、

「そうじゃ! それこそが悟りじゃ! オマエは悟ったのじゃ! よし、今日から、名前を、一休と名乗りなさい!」

こう言われて、「一休さん」という名前になったそうです。

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もしかしたら、現在の「精神世界」の教えの中に、取り入れたほうがいい教えって、この一休さんのように、

「中途半端のままでも、いいですよ」

という教えなのかもしれません。
覚醒や悟りを開こうとして、くたくたに疲れている人も、たくさんいますね。

 
一休さんは晩年、ある女性に惚れて、その女性と10年間くらい、深く愛し合ったそうですが、その女性が現代に生まれ変わったのが、「シャーリー・マクレーン」だそうです。

こう考えると、一休さんが、現代の「精神世界」や「スピリチュアル」の開祖なのかもしれませんね。

一休さんは、なにもにも、とらわれない、本当の自由を追求していた人のように感じます。

本当の意味での、「自由人」だったと思います。

一休さんの残した名言の中には、
「宗教や思想の違いに関係なく、どんな人でも、いつかは同じ境地に到達できる」
というような、「ゆるい教え」もあります。
私は、こういう肩の力が抜けた、「ゆるい教え」が好きです。

 

私たちは、大阪府枚方市を2回目に訪れた時に、凄いものを目にしました。

次回、「関西ピースツアー」、衝撃と感動のフィナーレです。

 

 

 

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